5


『家出少女。


『私は、ロシアのお家から飛び出してきたの。


『パスポートは持っていたから。


『私が家出したのは、ママに会いたかったから。


『パパとママね。離婚したの。


『パパがお仕事忙しくて、お家に帰って来なくて。


『でもパパは、ママにお金を渡して、ごめんね、って。


『たまに帰るたびに言ってた。


『それがママは嫌だったんだって。


『お金はパパの変わりにはならないって。


『それで離婚しちゃったの。


『ママはね……私には話してくれなかったけれど、かけおちして結婚したの。


『もともとお金持ちのお家に生まれたって、聞いたけれど、私はあまり知らない。


『ジーヤが少し教えてくれたの。


『ジーヤはね。ママのお家でずっと執事をしている人なんだよ。


『だから、ママがかけおちして、家を出た後もそのお家で執事をしていたんだけど。


『ママが日本に戻ってからは、執事をしながら、ママが暮らすお家にお世話しに来てたんだって。


『そのお家は、私が今住んでるお家。


『あのお家は、日本に戻ったママはお金がなかったから、ジーヤがプレゼントしたんだって。


『ジーヤ、ママのこと好きだったのかな?


『そこは聞いても教えてくれないんだ。


『話を戻すね。


『私が日本に来たのは、約二年。


『詩色くんと初めて会った日が、実は二日目だったんだよ。


『えへへ。


『思い出したら、嬉しくなっちゃった。


『えへへ。


『ママを追って家出をした私は、ママが暮らすお家に着いて、一緒に暮らしたの。


『私の引き取りはパパなんだけれど、私もパパがお仕事で帰って来ないから、寂しくて……。


『ママが日本で一人で寂しくしてたらやだなあ、って。


『そう思って、ママのお家におしかけちゃったの。


『それからジーヤとも初めて会って、高校に入学して。


『授業参観で、わがまま言っちゃって……なの。


『私が声が出せなくなっちゃったのは、さっき話したから、私がロシアに戻ることになった話をするね……。


『あのね。私のパパ、って。


『結構なお金持ちなの。


『自慢じゃないんだよ……?


『だって自慢だと思えないもん……。


『おっきな会社のお偉いさんなの。


『その会社のね……。社長さんのね。


『そのね……。


『息子さんとね……。


『私ね……。お見合いさせられてるの……。


『家出したのは、それも理由だと思う。


『結婚したくないわけじゃあないけれど。


『でも……パパが選んだ相手とするのは嫌なの。


『悪い人じゃないんだけど。でもやっぱり、どこか社長の息子、って雰囲気があって……。


『私はその人が苦手なの。


『だから家出しちゃえば、なかったことになるかな。ならないかな、って。逃げたの。


『そう思っていたけれど、でも。


『詩色くんとデー、ううんっ!


『お買い物! お買い物したとき!


『その帰りにジーヤが待ってたの覚えてる?


『うん。その時、ジーヤから言われたの。


『ジーヤに連絡があったんだって……。


『私と息子さんの結婚の日取り。


『パパもね……。社長の息子だから、私に結婚して欲しいんだと思う。


『私って、ハーフでしょう。


『言ってないから、ママがロシア人で。


『パパが日本人だと。そう思っているよね?


『ううん。それであっているんだけど。


『ママは日系ロシア人なの。


『この髪はね。ママとお揃いなの。


『日本に来て、黒髪が多かったから黒にしたこともあったけど。


『詩色くんと初めて会ったとき、黒髪にしていたのは、私が日本でお友達が出来るように、って。


『ママが染めてくれたの。


『でも、今はこのままにしてるの。


『ママと、お揃いだから。


『日本に来たばかりの頃は、日本語が喋れなかったし、書くのも苦手だったの。


『だけど、意味はお勉強してわかるから、聞き取ることはできた。でも。やっぱりそれだとコミュニケーションが難しくて。


『日本の学校に行っても、お友達が出来なかったの。


『でも、ママに日本の学校で頑張ってるところを見てもらいたくて。


『だからわがまま言っちゃったんだけど……。


『ママが死んじゃって……、私、学校お休みして。


『ずっとお休みして。でもこのままじゃダメだ、って。


九旗くばた先生にも励ましてもらったりしながら。


『私は学校に行ったの。


『それが今年の四月。


『詩色くんとまた会えた日だよ。


『だからあの日、すっごく緊張してて。


『不安で。怖くて。


『でも、そんな私に話しかけてくれた詩色くんのおかげで、私は学校が楽しみになったの。


『無鳥さんや、矢面やおもてさん。


『学校は違うけれど、しぃるさんも。


『だんだんとお友達が増えて、すごく楽しいの。


『でも、私は日本に居られない……。


『そう思ったら、みんなが私を忘れてしまうんじゃないか、って。


『不安で。やっぱり怖くて。


『なかなか言えなくて……。結局、言えなくて……。


『それで、引きこもりに戻ったの……。


『毎日。毎日毎日。


『本当は学校行きたいのに。行ってみんなと楽しく部活したいのに。


『でも、行ったらみんなともっと一緒に居たくなっちゃうから……。


『それが怖くて。つらくて。


『だから、詩色くんが今日来てくれたとき、本当は泣いてたの。


『来てくれた瞬間に、いっぱい泣いちゃったの。


『会ったらつらくなる、って。


『わかってても。嬉しかったの。


『こんな弱虫の私なんかと仲良くしてくれて、嬉しかったの。


『ありがとう。詩色くん。


『私はもうすぐロシアに戻るけれど、詩色くんやみんなに会えたことは、宝物なの。


『ずっと大切にするの。


『ありがとう。本当にありがとう。


『今まで言えなくて、ごめんなさい。


『私がいなくなっても、筆談部は続けてね。


『あとね。門限がある、って。


『それ嘘なの。ごめんなさい。


『放課後のお話がもっともっとしたかったから。


『無鳥さんに言ったら、無鳥さんが詩色くんに部活を作らせちゃおう、って。


『それで嘘ついちゃったの。ごめんね。


『筆談部は——みんなは、私の宝物なの。


『だから、私がいなくなっても、なくさないで。


『お願い。お願いします。


『それが最後のわがままなの』

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