4
4
『少し、休憩させて……、絶対話すから』
と。涙を拭ったフウチは、呼吸を荒くしながら、書いた。
「ゆっくりでいいよ……」
頭に手を置き、なるたけ優しいトーンで僕は声を出す。
話さなくても良い——と、言ってあげたい。でも、それではダメだ。優しくすることだけが、優しさじゃあない。だからと言って過去と向き合う場所を
それにわかったことがある。二つある。
ひとつはフウチと僕の共通点。母親の失い方。
まあ、僕とは少し違いはあるけれど。
フウチは来て欲しいと言った。
僕は、来るなと言った。
意味こそ変わってくるが、どちらもきっかけは声だ。一歩違っていたら、僕も声が出せなくなった可能性だってある。
僕がそこまでに落ちなかったのは、しぃるのおかげだろう。支えが居た。僕には妹が居たから、だから、こんな兄貴でも、兄らしく生きよう——と。
弱いながらにも強くあろう——と。そう思えたのだ。無意識的に、なのかもしれないか。そうだとしても、兄という立場。折れるわけにもいくまい。妹を不安にさせるお兄ちゃんは、お兄ちゃん失格だろう。
僕がフウチほど思い込つめることがなかったのは、紛れもなくしぃるのおかげだろう。
「なあ、フウチ。僕も同じなんだ……」
僕は言った。僕も同じ。僕も同じような理由で、母さんを死なせている。
と言っても、僕は来るな、と。言ったのだが。
僕が母さんに来るな、と。そう言ったのは、僕の入学式——高校の入学式だ。
「その日、僕の母さんも休みを取っていたよ」
僕の入学式に来るために。だけれど僕はそれを拒絶した。
たぶん、見せたくなかったんだと思う。
息子が浮いてる姿を——母親に見せることが恥ずかしかったんだろうと、思う。
今まで、この共通点に思い至らなかったことは、僕が弱いからだろう。やはり無意識のうちに、遠ざけていた。
考えることを拒絶していた。拒否していた。
でも、忘れていたわけじゃない。忘れられることでもない。
忘れていい——はずがない。
もうひとつわかったことは——僕がどうしてフウチに声を掛けたのか。その理由が、僕の中ではっきりした。
生徒指導室で、
人見知りで、会話が苦手で、小心者の僕が、なぜ異性。女の子に話しかけることが可能だったのか——と、僕の中で疑問が残っていた。
言ってしまえば共感だろう。
シンパシーだ。事情を知らずに、雰囲気だけでシンパシーを感じたのだと思う。
だから九旗先生は、生徒指導室で僕に——お互いの痛みを理解し合える、と。言ったのだろう。
同族嫌悪ではなく。まるで傷を舐め合うライオンのように——僕はフウチにシンパシーを感じたから、話しかけることができたのだろう、と。僕の中ではっきりとした。
『詩色くんのこと、私も知りたい……』
不思議だ。今まで僕は、この話題を避けていた。親友の
「わかったよ。僕も話すよ」
フウチになら、話しても良い——と。そう思えたことが不思議だ。僕だけが聞いて、フェアじゃあない。ズルい。そんな気持ちがなかったわけじゃないけれど、でも、素直に聞いて欲しいと思う。
フウチに聞いて欲しい。僕を知って欲しい。
葉沼詩色を教えたい——と。素直に思う。
これが人を好きになるってことなのか、と。改めて感じながら、僕はフウチに入学式でのことを話した。
僕が母親に来るなと言ったこと。僕が拒絶しなければ、母さんがあの日死ぬことはなかったはずだ。
僕が母さんを入学式に呼んでいれば。
来るなと言われた母さんは、その日の休みを取り消し、仕事に向かった。その向かう途中で、事故にあったのだ。交通事故——という部分はフウチと一緒だが、母さんの場合はひき逃げだった。
その犯人は既に罰を受け、きちんとお金も受け取っている。僕としぃるが生活出来るのは、そうやって母さんが残してくれたお金のおかげなのだ。
そして、僕が大人を苦手になったのも、無関係とは言えない。
端的に言うと支払われた金額が、大き過ぎたのだ。
親戚は僕たちを引き取とろうと、次々と手をあげたよ。親戚関係が悪化するほどまでに。母さんが死んでから、僕としぃるを訪ねて、色んな親戚が来た。顔すら知らない遠い親戚から、付き合いがあった親戚まで。週に来ない日はないくらいの勢いで。
うんざりした——けれど、それが大人ってことなのかと割り切ろうともした。
引き取られることが、僕たち兄妹が生きていく道なのか——と。そう思った。
だけど、お爺ちゃんとお婆ちゃんは違ったのだ。
唯一、僕たちを引き取る話をしなかった。
変わりにしてくれた話は、兄妹で生きていくことも出来るんだよ——という可能性を話してくれた。僕としぃるが二人で生活するのなら、自分たちが保護者になるよ、と。言ってくれたのだ。お金は僕たちの生活費にしなさい、と。
他の親戚からは、誰一人聞けなかった言葉を言ってくれたのだ。
むしろ他の親戚は、お金の話をして来なかった。わざと避けて、印象を良くしようとしていることが丸わかりだった。それで大人が苦手になっただけで、大人に失望せずに済んだのは、間違いなくお爺ちゃんお婆ちゃんのおかげだと断言できる。
もともとしぃるは転校を嫌がっていたし、そんな可能性を与えてくれたお爺ちゃんお婆ちゃんに感謝して、今の生活に落ち着いたのだ。
無論、お爺ちゃんお婆ちゃんの家に住んでも良いよ——とも言われた。だがその場合、お金は自分たちの年金から出してやる。進学から働くようになるまで、しっかりと面倒を見てやる、と。
そう言われては、年金暮らしのお爺ちゃんお婆ちゃんに頼るのも申し訳ないだろうしな。
あるいはそう言ってくれることで、僕たちの背中を押して、勇気をくれたのだと思う。不安はあった。兄妹二人で生活することに、不安は隠せない。
最初の頃はめちゃくちゃだったしな。ご飯とか二人してコンビニ弁当ばかり食べていた。いつしかこれではまずい、と。二人して話し合い、今のように役割分担をして、生活するようになったのだ。
しぃるが、洗い物。洗濯。買い物。ご飯。
僕が、ゴミ出し。風呂準備。米買い出し。
掃除は二人で——というルールを決めて、僕たち兄妹は今の今まで生活して来たのだ。
『そうなんだ……詩色くんもそうなんだ……』
僕の話を聞き終えたフウチは、そう書き、もぞもぞ動いて、半身を振り向き、僕の方を見た。
『よしよし。がんばったね。偉いね』
と。そう書き、フウチは僕の頭に手を乗せ、優しく撫でてきた。
恥ずかしいけれど、嫌じゃない。
頭を撫でられたのなんて、いつ振りだろうか。きっと小学生、低学年振りくらいだろうな——と、思いながら、頭を撫でられる。
「ありがとう」
僕は言いながら、フウチの頭に手を置く。
互いに頭を撫で撫で。なんか照れ臭い。
しばらく無言で頭を撫で合い、フウチは座り直し、タブレットに書き始める。
『じゃあ、私も続きを話すね……』
「……わかった」
そう言ってから書き始めたのは、フウチが日本に来た理由。そして、退学した理由に繋がる言葉だった。
ゆっくりとフウチは、書いた。
私ね——と。ペンを動かす。
『私ね——実はね……家出少女なの』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます