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とは言え、ノープラン。
正直、お見合いだの結婚だの。僕がどうこう出来る話ではないのかもしれない。
けれど、助けて——と。そう言われては、動かないわけにもいくまい。燃えないはずがあるまい。
メラメラボーボーだ。
燃えたぎっているぜ。
そんな風に燃えたぎる僕は、一人、扉がなくなった部屋で考える。
フウチはしぃるとコンビニに行った。夜も遅くなったので、急遽お泊まりになったのだ。
いや、ジーヤさんが居るのだから、送ってもらえば良い——のだが。そのジーヤさんが本当になぜか、
「今晩泊めていただけますかのお?」
と。お泊まりを申し出てきたのだ。
そう言われては、断る理由もないし、個人的に大いにお世話になってしまったので、むしろそんなことで少しでも恩返しが出来るのなら、と。承諾した。
だから帰る手段がなくなったフウチも必然的にお泊まり。もちろん、僕の部屋で寝泊まりするわけじゃあないけれど、ジーヤさんに恩返しをするつもりなのに、さらに恩を受けてしまった感は否めない。
ジーヤさんとしては、フウチを一人にすると、また悩んでしまうのでは——と。そんな理由を語っていたのだが、それはまあ、その通りなのだろうが、なかなか素直にその言葉だけを信じることも難しい。
僕のため——ではなく。あくまでもフウチのため。だろうとも。僕も普通に感謝してしまう。
そんなジーヤさんは、リムジンを移動しに行った。さすがに僕の家には、リムジンを停車させるスペースがなかったのだ。リムジンが長過ぎた。
だから、歩いてすぐの駐車場にリムジンを置きに行ったのだ。
きっと明日、駅前の駐車場を利用する人は驚くだろうな。
リムジン停車してんだけど! って。絶対に驚くだろうな……。
僕がそんなことを考えていると、ジーヤさんが戻って来た。
玄関から真っ直ぐに僕の部屋に来て、常にオープン、ザ、ドアになってしまった出入り口をコンコン、と。ノックしてから、
「失礼いたします」
と。入室。
「駐車場は平気だった……?」
「ええ。ガラガラでしたので、二台分のスペースをお借りして置いて来ましてのお。ほっほっほ」
「そりゃ良かった」
「ところで詩色さま。どうされるおつもりですかな?」
「それは今、頭をフル回転させて考えているよ。なあ、ジーヤさん。フウチの父親って、どんな人なんだ?」
「ふむ。良くも悪くも、堅物——と、言ったところですかのお。わたくしめからすれば、ライチさまを連れ去ったお人。それくらいしか言えませんがのお」
「やっぱりジーヤさん。フウチのお母さんのこと、愛していたのか?」
「ほっほっほ。内緒ですじゃ、詩色さま。じじいにも秘密はございますので。ほっほっほっほっほ」
「わかったよ。これ以上は深く聞かないよ」
「ありがとうございます」
「でも、フウチの父親のことは教えてくれ。どんなことでも良い。なにが好きで、なにが嫌いとか、そんなことで構わないから、ジーヤさんが知っている限りのことを教えてくれ」
「ふうむ。でしたら紙を一枚いただけますかのお?」
「えっと、これで良い?」
ありがとうございます——と。僕から受け取った白紙の紙に、スーツの胸ポケットからボールペンを取り出し、サラサラと何かを書いていく。
「わたくしめが知る限りのことを、ここにお書きします。少しばかりお時間をくだされ。あとテーブルをお借りしてもよろしいですかの?」
「もちろん。この部屋にはパソコン机しかないから、リビングのテーブルを好きに使ってくれて良いよ、ジーヤさん」
「ありがとうございます。では、じじいは一度リビングに戻らせていただきます」
「うん。よろしくお願いするよ」
「かしこまりました」
そう言ったジーヤさんは、そのまま出入り口で一礼して、リビングに向かった。
さて。僕も考えるか——と、いきたいところだが、しかし現状ではなにを考えれば良いのか、それすらよくわからない。
どうすればフウチを救えるのか。
どうすれば僕はヒーローになれるのか。
まずはジーヤさんが書き終えてから、それからにするか。
出来ることからしよう。
今僕に可能なのは、上手くいった場合のその後だ。
だから僕はスマホを手にして、電話を掛けることにした——時刻は十時前。まだ掛けても平気な時間だろう、と。
そんな風に電話を鳴らす。
「もしもし。なんだこんな時間に」
「夜分遅くすいません。
「構わんよ。元気になったようだな」
「はい。おかげさまで」
「で、お前が電話をしてくるとは、たぶん頼みでもあるのだろう? 晴後フウチ関連の頼みごとなのだろう?」
「見透かされてますね……僕」
「見透かしてなどいないさ。ついさっき、同じような電話が来たからな」
「同じような? ついさっき?」
「ああ。無鳥からな」
「無鳥から……」
「ふむ。おおかた、お前も同じことを言ってくるだろう、と。無鳥が言っていたので、私はそれを踏まえてお前に見透かしたように言ったに過ぎない」
「……無鳥が。じゃあ無鳥も、フウチの退学を待ってください——と。そう言ったんですか?」
「その通りだよ。たくっ。本来ならそんなことは生徒の言葉でどうにかなる問題ではないのだが、今回は特別だ。私も晴後フウチから事情を聞いていない。だからきちんと知ってから退学を受け入れるつもりで、預かっている退学届けは、学校に提出していない。だから戻ることは可能だ」
「さすがですね」
「だが、戻るならきちんと補習は受けてもらうがな。無論、期末試験を休んだお前もな、葉沼」
「…………さすがですね」
「補習担当は私だ。だから、お前が責任を持って、晴後フウチを連れてこい」
「それは励ましですか?」
「励ましではない。教師として——だ」
「了解です。ありがとうございます」
「どういたしまして。では私はこれから大人の時間を過ごすから切るぞ」
「大人の時間?」
「勘違いするなよ。酒だ」
プツン——と。切られた。宣言通りに切られた。
晩酌の邪魔をしてしまったようだが、これで上手くいったその後の心配はなくなった。仮に上手くいっても、フウチが退学じゃあ面白くないからな。
どうやら僕は、親友からの信頼が厚いようだし。失敗は出来ないな。ほとほと重い信頼だぜ。
なにをすればいいか——それすらわからない僕が背負うにしては、重たい信頼だ。だけど、そんな風に親友が、僕を信じてくれているなら、裏切るわけにもいくまい。
そんな風に思っていると、どうやらフウチとしぃるがコンビニから帰宅したようだ。玄関から扉の開け閉め音がすると、足音がひとつ。こちらに近づいてくる。どたどた。
「いそいそ。ごそごそごそごそ」
「なかなかいないだろ。いそいそって言いながら、こっそりといそいそ部屋に侵入して、ごそごそ言いながら堂々とごそごそとクローゼット漁るやつ……」
足音のどたどたで、部屋に近づいてくるのはしぃるだと判明したけれど、まさかそこまで馬鹿みたいな入室をして、アホみたいにクローゼットを漁るとは思っていなかった。
「これでいっか。じゃあお兄ちゃん、これ借りるね」
そう言って、しぃるが持って行ったのは、僕のダサいTシャツと、黒のジャージだった。
どうするんだ——って、質問する前に部屋から出て行くという、盗っ人が僕の妹だった。
まあ、妹はいつもどおりか。しぃるはだいたいこんな感じに僕の部屋に入ってくるし。扉があろうがなかろうが。いつも急に入ってくるし。
妹にマナーを教育する必要があるな——と。僕が妹を再教育する必要性を感じていると、ジーヤさんが紙を持って来てくれた。
「これくらいしか、わたくしめは存じ上げませぬ」
そう言って、僕に紙を渡してくる。ありがとう、と。紙を受け取り、目を通す。
堅物。真面目——と。フウチの父親の性格的なところから、趣味ゴルフ、という部分まで書いてくれていた。
「結構あるんだな……」
「ほっほっほっほっほ」
その量がなかなか多いことにも驚いたのだが、地味に驚いたのは、ジーヤさんの字がやたらと達筆で、逆に読みにくいってところだろう。
かろうじて読めるが、ゴルフって達筆だとスーパー読みにくい。まあ読めるのだが……。
紙を渡したジーヤさんは、リビングに戻った。どうやらしぃるがお茶とお茶菓子を用意したらしく、冷めないうちに、と。戻っていった。そういう気配りは出来るんだよな、僕のシスター。
とりあえず書いてもらった紙にひと通り目を通す。フウチの父親。まずはその名前から。
書かれた紙によると、雪水氏は現在、海外在住で、仕事の都合上あちこちを飛び回っているらしい。そういえばフウチが言っていたな。仕事で滅多に帰ってこない——と。それは海外を飛び回っているからなのか。
——冷たいところもございますが、フウチお嬢さまのことをとても心配しております。お声が出せなくなったことも、特に。
「ふむ」
声が出せなくなったことは、やはり心配しているようだ。だが、その心配が親として娘を心配しているからなのか、あるいは社長の息子と結婚させるために声が出ないと断られる可能性を感じて、言ってしまえば出世のツールとして心配しているのか——そこまではわからないが。後者だったら、いよいよ僕はキレるだろうが、今はまだわからないので、読み飛ばす。
——取り引きで嘘はつかない。
「うーん」
そう書かれても、取り引きなんて出来ない。僕が雪水氏にメリットがある提案を出せれば話は別だが。しかし現状の僕には、取り引きに出せるものがない。お金に余裕がある大人に、子供の僕が出せるお金もない。だけど、取り引き材料があれば……。
「取り引きか…………」
僕が出せる条件はない。が、求める条件ならある。フウチの自由と婚約破棄。それを僕が求める条件として、じゃあ雪水氏にメリットがある提案をするとなると——うーん。億単位の金が必要になるんじゃないだろうか……。
無理だな、それは。
今から死ぬ気で働いたとしても、不可能な金額になるだろう……。
まあ取り引きというワードは使えそうだ。紙にチェックをしておこう。
あとは、問題はタイムリミットなのだが。
早くても夏休みが終わる前に決着をつけねばならない。なにせ僕もフウチも、補習を受けないといけないからな。
そう思い紙を眺めると、どうやらその心配はなさそうだった。少なくとも、決着は夏休みが終わる前につく。
——雪水さまの来日予定は、本日より二日後。明後日の予定です。
そう書かれた一文を目にした。決着はつく。
良くも悪くも——だが。
脈絡もなく発表するけど、実は僕、日本最古の物語、竹取物語が嫌いだ。理由は単純に、バッドエンド過ぎるから。ヒロインが月に帰るとか、そんなバッドエンディングが好きじゃないのだ。
「だから、頑張るか……」
フウチが帰らなくても済むように。日本に住めるように。
僕が出来ることはなんでもやってやる。
そのためになにをすればいいか。相変わらずわからないけれど。
「…………とりあえず」
本当にとりあえずだが、僕はパソコンを起動させ、調べものをすることにした。なにを調べるかと言えば、声が出せなくなった人が声を出せたケースがないか——である。いつか声を取り戻させてやりたい、と。そんな思いから、あるいは願いから、僕は調査を開始した。
ネットを調べてみると、そもそもそんなケースが少なくなかなかヒットしない。
だが、これはこれで僕にひとつの可能性をもたらしてくれた。
「ふふ。これは良いじゃねえか……」
声。出せない。出し方。
これで検索したのだが、どうやら僕は、フウチの父親——雪水氏が、心から娘を心配しているのだと、そう思えることができた。
検索にヒットしたのは、雪水氏のツイッター。いや、名前がスノーウォーター、というユーザーネームだったので、正確なところ雪水氏本人なのかはわからない。けれど、雪水を直訳したユーザーネームだし、九割がた雪水氏本人だと思われる。
そのツイート。いくつもハッシュタグをつけて、こう書かれていた。#トラウマ。#声が出せない。#声の出し方。
#愛しの一人娘。
——情報をください。お願い致します。
と。書かれて、何度も何度も。繰り返しツイートしている。まあ、ツイートを見た限り解決策は見つかっていないようだが、フウチのことを心配している様子はわかる。ツイートの多さからわかる。海外を飛び回っている人物にしては、ツイートし過ぎだ。同じ文を繰り返し。何度も何度も。
自己紹介の欄には、声が出せるようになりましたら、私の出来ることなら、なんでもお礼を致します——と。確かに書かれていた。
なんでも? 本当だな?
「信じるからな、その言葉」
会ったことねえけど、信じるからな?
僕はそのページを証拠として残すため、スマホで写メを撮り、保存した。
じゃあ——僕が。
仮に僕が、フウチの声を取り戻すことが出来たとしたら——出来ることはしてもらうからな、と。
そう思いながら、パソコンを閉じた僕。
考える。考え、考える。脳を働かせる。
一人で考える——ひとり、か。
こういう時こそ、頼るべきか。親友を。
「仕方ねえ。呼ぶか。無鳥」
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