エックスイコール嘘ダイス。

 1


「よお。引きこもり生活はどうだ?」


 フウチ宅に侵入した僕は、フウチの部屋をコンコン——と。ノックしてから、言った。


 返事はない。ならば、と。僕は言葉を続ける。


「このまま引きこもるなら、僕はこの扉をぶっ壊すけれど、いいか?」


 僕の部屋のように。今度は妹が壊すのではなく、僕が壊すしかないのだが。そうなった場合、果たして僕に扉をぶっ壊すだけの破壊力があるかどうか疑問だが、しかしどうやら、この手段を取る必要はなくなったようだ。


 ポケットに仕舞ったスマホが震えた。


 ラインである。開き確認すると、そこには愛しのメインヒロインからのメッセージ。ずっと既読スルーされていたフウチからの久しぶりの返信。


『不法侵入……』


 というライン。確かに不法侵入ではあるが、きちんと玄関からお邪魔している。ろん、扉を壊したりもしていない。ジーヤさんから、この家の合鍵を預かっているからな。実にスマートに不法侵入している——いや。


 厳密に言うと、不法侵入ではない。この家と土地の持ち主は、正確に言えばジーヤさんの所有物らしいので、そのジーヤさんから鍵を預かった僕は、正々堂々、玄関からお邪魔しているのだ。


 まあ、今はそんな言い訳どうでもいい。


 僕が来た——というだけなのだ。本当は怖くて仕方ない。ぶっちゃけ、変な汗かいてるし、足も少し震えている。ノックしてからの開口一番を、良く噛まずに言えたくらいだ。


「不法侵入したことは謝るよ。ごめんなさい」


 どうでもいいと思いつつも、法律上問題なくて、持ち主から合鍵を預かっているとしても、やはり女の子が暮らす家に侵入したのだから、謝る僕。不法侵入ではないけど、説明するのも手間だから、とりあえず不法侵入した僕と思われて構わない。


 今僕がやらねばならないのは、フウチを会話の場に引きずり込むこと——だからな。


 そのためなら、僕が不法侵入したやつだと減滅されても構わない。今の僕は、フウチにどう思われようと関係ない。


 これは別に強がりでも、活動日誌を読んでフウチの気持ちを知ってしまったから——というわけじゃなく。今の僕の役割は、フウチの引きこもりを辞めさせることだからだ。


 フウチが身体を壊さないため。


 安全のため。健康のため。フウチが元気でいるため。今の僕が出来るのは、それくらいだろう。出来ることからする。出来ることがあるなら、そこから始める。


 小さくても。どんな些細なことでも。


 なにもしないよりは、絶対に良い。


 僕は考えなしで動けるタイプじゃあないから。考えてからじゃないと動けない人間だから。


 だから、これが僕の取れる最善策。


『……急に入ってきて、もし私が裸だったらどうするんだあ……?』


「んー。服着ろよ、ってアドバイスを送るかな」


 その前に脳に焼き付けるけど。そんなシチュエーションないだろうけども。ラッキースケベとは無縁の人生だからなあ、僕のライフ。


『じ、じゃあ、私がいま……扉の向こうで裸だったら?』


「んー。風邪引くぜ? って優しく言うかな」


『……想像した?』


「…………しない方が無理だ」


『……えっち』


「健全な男子なら仕方ないだろ。悲しいが僕も男子だからな。そこは見逃してくれよ」


 ただ可愛いだけの女の子じゃなくて、大好きで可愛い女の子からそんなこと言われたら、想像してしまっても誰も僕を責められまい。


 そんなことを思いながら、僕はフウチの部屋の扉に背中を預けて、座った。


「よっこいしょ」


 と。わざとらしく声を出して。ここに座っているよ——というアピールだ。


「どうだフウチ? 扉越しだけれど、僕と背中合わせでトークしないか?」


 狙いはこれ。フウチが部屋のどこに居るのかわからないけれど、布団にくるまっていたり、膝をかかえていたりするなら、それは良くないからな。


 布団に包まっていたら、闇でなにも見えない。


 膝を抱えていたら、下ばかりを向いてしまう。


 元気がない時の闇は、病みに直結してしまう。


 いきなり部屋から出て来いって言っても逆効果だろう。これらは、さっきまで引きこもっていた僕の実体験から得たものだ。


 部屋の中だろうと、景色を変えることが出来れば、なにかが変わるかもしれない。


『……背中合わせ……したいの?』


「もちろん。僕は誰かに背中を預けたことないからな。ほら、僕って友達少ないからさ。同性の友達なんて存在しないからさ」


 自虐ネタもこういう時は使えるな。僕の友達少ないアピールなんて、普段ならされてもウザったいだろうし、しても悲しくなるだけなのだが、このタイミングなら、自分よりも不幸な人が居る——と。前向きになれるかもしれない。あまり褒められた方法とは言えないが。


『私もお友達少ないもん……』


 しかしそれは、相手が同レベルの場合こうなってしまうことを失念した僕のミスである。くそう。僕と同レベルのぼっち出身だということをしっかりと考慮こうりょすべきだった!


「同性の友達は僕より多いじゃん。というか、僕の完全敗北……じゃん…………いないしさ……、同性の友達……一人も……いない……」


 僕が落ち込んでどうする。ミイラ取りがミイラになってどうするんだ。


 なに自虐ネタで本気出してんだ僕。ミスのカバーがマジ過ぎんだろ。残念ながら演技でもないしな(残念過ぎるけど……)。


『えっへん!』


「良いなあ。友達多くて、羨ましいなあ」


 ぶっちゃけ僕の本音だ。フウチをわっしょいしているわけじゃなく、僕は本音をぶつけているだけである。これが僕の本音というのが、何よりも悲しい事実のように思えてしまうぜ。


「僕よりも同性の友達が遥かに多いんだから、僕のお願いを聞いてくれよ。悲しくなるほど寂しい僕に、背中合わせのトークを教えてくれよ」


 ちょっと大袈裟に言い過ぎだろうか。


 でも僕も実際余裕ないからな。スカして喋っているように頑張っているけれど、さっきから変な汗が止まらない止まらない。


 もともとトークが苦手な僕が、トークの場に引きずり込むとか、かなりの挑戦なのだ。


 アドリブだって苦手なのに。今、結構努力している最中なんだぜ、僕。


 僕なりに、精一杯やっている。


『仕方ないなあ……もー』


 僕の努力が認められたのか、フウチがちょろいのか。果たしてそこは不明だが、どうやら背中合わせのトークは成立しそうだ。


「ありがとう。僕のお願いを聞いてくれるとか、ひょっとして世界一優しいハートの持ち主なんじゃないか? 参ったぜ。参ってしまうぜ。まさかこんなところに、世界一優しいハートを持っている人が居るなんて。しかも僕の友達が世界一優しいハートを持っているなんて、ああ……僕はなんて運が良いんだろうか。やれやれ、僕ってやつは、友達に恵まれているぜ。末代まで語り継ぐ自慢になってしまうじゃねえか。僕の友達は世界一優しいハートを持っているんだぜ、って。末代まで語り継ぐしかないぜ。自慢しまくってやろう。ふっふっふ。しかし自慢を語り継ぐ前に、この感謝の気持ちを込めて、僕はフウチにこの言葉を伝えようと思う。スーパーありがとう。これからも世界一優しいハートでいてくれることを願って、ウルトラありがとう」


『久しぶりに聞いた気がする……詩色くんの大袈裟なやつ』


「久しぶりに言ったからな。僕の大袈裟と言われてしまう本音の言葉」


『私はそれ……うん。まあまあ好きだよ』


「まあまあなのか」


『……そこそこ』


「減点されてない?」


『うそ……ほんとは大好き』


「そりゃ良かったよ。それを言ってもらえただけでも、この世に生を受けて良かったと断言しちゃうよ」


『大袈裟だなあ……』


「そうか?」


 大袈裟に言ったつもりはないんだけどな、今のは。


 まあ、会話の場に引きずり込むことは、どうやら成功したようだ。


 あとはどうやってフウチを部屋から出すか——なのだが。


 何にも思いつかないんだよなあ、それ。


 参考にしている実体験。僕のケースは、しぃるが部屋の扉をぶっ壊しやがったから、半ば強制的に引きこもりにピリオドを打ったけれど、僕は引きこもりを部屋から出すスペシャリストでもなければ、トークの天才でもないし。そんな僕がどうやってフウチを部屋から出そうか?


 そもそも、どのようなトークに持っていけば、部屋から出たくなるんだろうか?


 空腹を思い出させる——とか?


 飯で釣るにしても、僕手ぶらだしなあ。こんなことなら、唐揚げでも持ってくれば良かったか。


 むしろそれが一番の方法だったんじゃねえのか?


 部屋に唐揚げの匂いを届けて——的な流れを作れば出てきたのでは?


 いやまあ、まさかそんな古典的な手段でどうにか出来たかはわからないけれど、でも、フウチの唐揚げ好きを考慮すると、あながちなくはないように思える。唐揚げ持ってきてないから、実行出来ないんだが。


 その時点でこの手段はボツだ。


『逆に、控えめに言ったりしないの?』


「性格が控えめだから、言葉くらい大袈裟にしたいのかもしれない。無意識にそれをしているのかもしれない」


 なにか作戦を考えたいのだが、話しながらというのが、また難しい。


 これが器用な人間なら、喋りながら考えたり出来るのかもしれないけど、僕の場合、考えてから喋るから、その手段を実行するには、脳がふたつ存在しないと無理だ。


 僕のスペックはこんなもんだ。


 だがそんな僕でも——頼れる人間はいるんだぜ。


 実はこっそり——座ったときくらいから、アドバイスを求めるラインを送っていた。僕がラインを送ったのは、親友の無鳥なとり。そして後輩の矢面やおもてである。


 考えて喋るタイプの僕は、考えることを二人に託したのだ。と言いつつ、自分でもどうにかしたい気持ちが強いから、僕なりの策を練っていたのだが、なかなか難しいので、ここで二人からの返信を確認することにした。


 無鳥は、


『あんたの気持ちぶつけちまえ!』


 というメッセージ。あるいは僕への励ましか。


 それもアリといえばアリ。なのかもしれないが、しかしこの場合、フウチを部屋から出すことが目的で、仮に気持ちを伝えたとして部屋から出てくるか、それがわからない。


 もしかしたら、伝えることがマイナスになる可能性もある。好きだと言って、でも会えなくなるから——と。余計に塞ぎ込む原因になる可能性も否定できまい。日誌を捨てた理由がそれに近い以上、その作戦はあやうい。


 なら矢面は——というと。


 さすが性格の悪さが僕の妹に次ぐナンバー2だと言わざるを得ない作戦を送ってきやがった。


『他の部屋、漁るって脅せば良いじゃねえっすか。トイレとか、お風呂場とか。それくらい詩色先輩でも簡単でしょう?』


 天才だ。なにが天才かといえば、このシチュエーションをしっかりと説明してからアドバイスを求めたというのに、返事がその案ってとこがもう、天才としか思えない。性格の悪さが天才だ。


 もちろん却下だ。漁れるかよ馬鹿。


 仕方ない……か。


 本当なら使いたくない手段だし、外道な方法だが。


 ずっとこのまま会話をしていても進展はない。楽しいだけになっちまう。


「なあ、フウチ」


 僕は、言った。活動日誌を見ていないことにしたくせに、見ていなければ使えない手段を実行するために。


『なあに?』


「僕さ。フウチに言いたいことがあるんだけど、扉開けてくれない?」


『…………ダメ。そこで言って』


「いやだ。顔見て言いたい」


『…………な、なに?』


「開けてくれないと続きは言わない」


 せこいだろ? 僕の手段。


 僕が告るかも的な雰囲気を演出して、扉を開けてもらおうとしているんだぜ?


 こんな手段、活動日誌を読んでいなければできまい。僕が相当な自信家でもない限り、できまい。


『途中まで……言って?』


「僕はフウチと——ここまでな」


 無理か……?


 と。思った瞬間——扉が開いた。ガチャ、と。


 急に開いたし、あぐらをかいて扉に寄りかかっていたから、僕は後ろにゴロン、と。ローリングしてしまった。なんだか倒れても起き上がれない、ダルマの失敗作みたいな感じでゴロン、ってしてしまったが、たとえ失敗作みたいになろうとも、失敗策にするつもりはない。


 僕は反動を利用して、勢いよく立ち上がった。


 勢いのまま、すぐに振り向き、フウチのことを思いっきり抱きしめた。


 目一杯。力の限り。ぎゅーっと。


 そして、言った。耳元で、そっと囁くように。さっきの言葉の続きを言葉にした——僕はフウチと。


「唐揚げが食べたい」


 ここで告白はしない。僕が告るのは、活動日誌に挟まれた短冊に書いてあったフウチの願いが叶ったとき。僕が願いを叶えたその時——僕は告る。


 僕の言葉に、フウチはため息を吐いた。確実に告白されると思っていただろうし、僕の作戦はせこいと言わざるを得ない。


 言ってしまえば、告白されたい! という乙女心を思いっきり利用した作戦だからな。


 僕もなかなか性格が悪いぜ。なにせしぃるの兄だからな。


 僕はフウチを抱きしめたまま、言葉を続ける。


「今から僕んち来いよ。一緒に飯を食おうぜ」


 なにせ僕も腹ぺこだ。今日は唐揚げの日。帰ったらしぃるがカラッと揚げてくれている。


 僕が言うと、ぐうー、と。フウチのお腹が鳴った。いで、僕も同じく。


「ライオンだな。僕もライオンだよ」


 ハグからフウチを解放すると、フウチは恥ずかしそうに僕を見つめ——無声で。口パクで。


 がおー。と。部屋にカーテンの隙間から差し込む月明かりに照らされながら、言った。両手でポーズを決めて。めちゃくちゃ可愛い。


 がおがおー、と。唇を動かす。照れながら。


 声は聞こえなくとも、そう言った。聞こえなくとも、僕には聞こえた。そんな気がした。

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