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そっと、『筆談部活動記録日誌』を閉じ、顔を上げた。情けなくも読みながらボロボロと泣いてしまった顔を
「……読まなかったことにするよ」
読まなかったことにする——それが僕の答えだ。
「承知しました。ではわたくしめは、この辺で失礼させていただきます」
僕の言葉に肩を落とし(?)、お辞儀をしたグラン・G・ジーヤスナイトさんは、そのまま振り返り、扉のなくなってしまった出入口に向かう——が。
「待ってくれ、ジーヤスナイトさん」
僕は呼び止めた。僕の言い方が悪かった。
あの言い方だと、僕がリタイヤしたように聞こえてしまっただろう。
しねえよ。リタイヤなんか。
出来るかよ。
「なんでございましょうか?」
「読まなかったことにするけれど、でもそれは不可能だ。読んでしまったことを読まなかったことにするのは、事実上不可能」
「……………………」
「読まなかったことにするのは、一部だけ。僕についての言葉の部分だけです」
「なぜですかのう?」
「ズルいでしょう? だって。僕だけ知ってるのはズル過ぎるでしょう?」
僕だけ、知ってズルい。僕はまだ、なにも伝えていないのに。
ださくて、チキンで、ヘタレで、女々しくて、
「卑怯者になるつもりはない」
それが僕の答えだ。
僕が言うと、ジーヤスナイトさんは、その場で膝をついた。まるで騎士のように。
「ほっほっほっほっほっ!」
と。笑った。
「ご無礼をお許しくだされ、詩色さま。わたくしめが、あなたさまを試していたことをどうかお許しくだされ」
「試して?」
一体僕のなにを試していたというのか。
チキン度? ヘタレっぷり? だささ?
それなら、試すまでもなく首席合格する自信がある。
「
「まあ……それなら確かめたくもなりますよね」
なにせ僕だ。活動日誌に書かれているような、ヒーローではないことは、僕が一番知っている。
でも、こんな僕をヒーローたと呼んでくれるのだから、じゃあヒーローが動かない——なんて。そんなわけにもいくまい。
ビビリの本質は変わらないけれど、たとえビビリながらでも、行動してこそ——だろう。
「ジーヤスナイトさん。頭を上げてくださいよ。むしろ頭を下げるのは、ヒーローと呼ばれても全くもってヒーロー感がなさ過ぎる僕のほうでしょう」
皮肉まじりに僕は言った。自分への皮肉。
こんな僕をヒーローと呼ぶフウチの正気を疑ってしまうぜ。やれやれ。
でもそうだな——僕ごときとか、所詮僕とか。
そう言うのは、今日で辞めようと思う。
僕が僕を卑下したら、僕をヒーローだと呼んでくれた、大好きなヒロインに申し訳ないからな。
「ジーヤスナイトさん。フウチはまだ、日本に居るんですか?」
「そのご質問にお答えする前に、ひとつよろしいですかな?」
「はい? なんです?」
「わたくしめに、丁寧語は辞めてくだされ。そして、ジーヤ——と。お呼びくだされ、詩色さま」
「……わかりました。いや、わかったよジーヤさん。じゃあ僕のことも、さま付けしないでくれよ」
「ありがとうございます。しかしながら、わたくしめは、詩色さま、と。お呼びさせてくだされ」
じじいからアイデンティティを奪わないでくだされ——と。そう言われては、拒否れば拒否るほど、自分が小さい人間になっていくような気がしたので、じゃあわかった……と。渋々承諾してしまった。丸め込まれた感、バリバリだけど。
「で、ジーヤさん。フウチはまだ日本に?」
「はい。
「……あのさ? この活動日誌って、そもそもどうやって持ってきたんだ……?」
パクって来たわけじゃないよね?
まさかとは思うけど、パクって来たんだとしたら、それを読んでしまった僕の罪、重くね……?
背負う
「そちらは、お嬢さまが廃棄なさっておりましたので。ゴミ箱からじじいが
「窃盗じゃねえか……」
たとえゴミ箱からだろうと、立派な窃盗行為だろそれ。僕を犯罪に巻き込むなよ……。
「……でもこれ、廃棄されたのか」
捨てられたのか。なんかそれが悲しくなる。
「お嬢さまをお責めにならないでくだされ。お嬢さまは、詩色さまや、筆談部の部員の方々を本当に大切に思っております。そばに
「わかってるよ。責めないし、責められる立場じゃないよ僕は。僕だってきっとそうしてしまう」
なにせ僕は、ちょっと前まで、干からびようとしていたほどだからな。言わないけども。
「でも引きこもってる、って、ご飯とか食べてるのか……?」
「まったく手をつけていないわけではないのですが、しかし本当に極小の……最低限の食事しかお食べになっていないようなのでございます」
「心配だな、それ……」
引き込もり期間が二日の僕。引きこもっている間は、特に感じない。自分の殻に閉じこもっている時は、空腹を忘れてしまう。引きこもりをやめると良くわかる。まあ、厳密に言うと、僕はまだ部屋に居るから、引きこもっているみたいなものだが。でも扉がなくなった部屋だし、僕の引きこもり期間は終わったことにした。
「心配でございます。お嬢さまがお身体をお壊しになりでもしたら、わたくしめは……、ライチさまに合わせる顔がありませぬ」
「ライチさま?」
「はい。フウチお嬢さまのお母さまでございます」
「母親か……」
フウチの母親。フウチの家族。フウチの家庭環境。
今まで踏み込むことが出来なかった。ビビって。ブルって。その話題に踏み込むことを避けていた。
だが、ビビっていようとも、ブルったままだとしても、踏み込む。
プライバシー? ほっとけそんなもん。
好きな女の子の情報は、プライスレス。
「なあ、ジーヤさん。もしかしてフウチの母親。そのライチさんって——」
僕は。きっとずっと気づいていたことを、口にした。
共通点——と。もう結構前に、九旗先生から言われてから、そこに着目していたことを、口にした。
「——亡くなっているんじゃないか?」
共通点。僕とフウチの共通点。
それは、母親を失っていること。
だけど、それだけじゃない。九旗先生が生徒指導室で言ったのは、それだけではなかった。
痛みを理解し合える——と。九旗先生は言ったのだ。
果たしてそれがどう言うことなのか。今の僕にはわからない。
「はい。お亡くなりになられております」
「そうか。わかったありがとう」
僕は言って、ベッドから立ち上がった。そのまま身体を伸ばす。そして部屋の出口に向かって歩き出す。
「どちらへ?」
「シャワーを浴びてくるよ。そしてフウチの家に行ってくる」
ここから先は——直接。
僕からフウチに質問して、直接聞く。
その決意を固めたのだ。
「ほっほっほっ。色気付きましたかのお?」
「いや、色気なんかついてないさ。着いたのは、炎だよ」
「ほほう。炎ですか」
「うん。燃え尽きたって、勘違いしてた。だけど燃え尽きてなかった。今の僕は燃え上がっているよ」
燃えたチキンはただの焼き鳥だ。
「でも、チキンはチキンでも、燃え続けるチキンは不死鳥だぜ?」
「ほほほ。差し詰めフェニックスですかのお」
「日本では、しでの鳥って言ったりするんだ」
燃え上がった僕は、チキンはチキンでも焼き鳥にはならない。
燃えたチキンはなにになる?
僕はフェニックスになってやるよ。
短冊に書かれていた、フウチの願い。星に願うまでもねえ。
僕が叶えてやる。絶対に叶えてやる。
だからまず、シャワーを浴びてこよう。
メインヒロインに手を差し伸べるために、身を清めてこよう。そうやって僕は、フウチのヒーローになろう。
フウチだけの主人公に。それが僕の決意だ。
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