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僕の家に移動。移動方法はリムジンだ。
実はフウチの家に向かったのも、リムジンだ。
ジーヤさんが僕を送ってくれて、僕がフウチ宅から出て来るまで、スタンバイしていてくれたのである。
僕がフウチと一緒にフウチ宅から姿を見せると、ジーヤさんは、すごく嬉しそうに微笑んだ。よほど心配だったのだろう。うっすら涙目だった。
行きの車内でジーヤさんと話したのだが、どうやらジーヤさんは、フウチの母親——ライチさんに忠誠を誓ったらしい。ジーヤさんが何歳なのかわからないけれど、きっとフウチの母親を愛していたのだろう——と。僕は思う。まあ、聞いてもそこまでは話してくれなかったけども。
わかったことは、ジーヤさんが英国出身だということ。話しながら老騎士みたいなものです、とか言われたが、老騎士にしておくにはもったいないほど格好良い爺さんだぜ、まったく。
ライチさんの忘形見——フウチのお世話係をしているのは、やっぱり愛していたから。なのだろうな。
そんなことを考えながら、僕は——僕とフウチは、僕の家に到着した。
すっかりと夜。まあ、僕が引きこもりを早期引退した時点で夜だったので、時刻は八時を迎えている。
出発前にしぃるには、唐揚げをたくさん揚げてくれ、って頼んでいたので、帰宅してリビングに戻ると、
「じゃーん!!! 超揚げたよー!!!」
と。大皿にこんもりと唐揚げが盛られていた。
「相変わらず、揚げ過ぎだろ…………」
大皿にこんもり。それが三皿。
うちのキッチン、業務用キッチン的な造りしてないのに、どんな手際で調理したんだろう。お前マジシャンかよ、って疑問を持ってしまいそうになる。
「ふふん。お兄ちゃんが、お友達をディナーに誘うなんて、それって奇跡だと言わざるを得ないんだもん。そんな奇跡にお応えして、妹として、わたしは持てる限りの調理テクノロジーをフルに発揮したんだよー。三皿の唐揚げ。実は三皿とも、
フウチ先輩いらっしゃいましまし——と。増し増しの唐揚げを作ってくれたしぃるは、そう言った。
前も言った気がするけど、テクノロジーだと、だから科学技術になるんだってば。何度言っても間違うだろうから、訂正するのは諦めるけれども。
『お邪魔します……しぃるさん』
フウチは、久しぶりに会ったからか、少し緊張しているように返した。緊張していようとも、目は唐揚げに奪われている。
「じゃあみんなで食卓をかこもーう! おー!」
元気が良いな、僕の妹。普段は馬鹿だけれど、こういう時はなんだかありがたい。救われた気分にさせてくれるぜ。
ということで、リビングの大きなテーブルを囲み、唐揚げオンリーでご飯だ。
ちゃっかりジーヤさんも参加している。
全員でいただきますをしてから、各自唐揚げをとり、飯を食う。
「ほほう。これは見事なものですのお……」
と。ジーヤさんが言った。唐揚げをひと口食ったジーヤさんが、本当に感心したように呟いた。
「おっ! じーちゃん、その衣がなんだかわかるのかなー?」
じーちゃん。いささかフレンドリー過ぎるだろ。『おっ!』、じゃねえよ。たしかにじーちゃん的な見た目だけれど、せめてお爺さんと言え。
僕が妹の無礼を内心突っ込んでいると、じーちゃんもといジーヤさんは、
「こちらの衣は、もしやきな粉ですかのお?」
と。言った。……きな粉?
「おおー! 正解! さっすがじーちゃん! いよっ! 超じじい!」
「おい。さっきから全部おい」
じじいですら言い過ぎなのに、超じじいは果てしなく言い過ぎだろ。絶対それ、褒め言葉じゃあないから、思わず声を出してしまった。
「ほっほっほっほっほっ」
笑ってるぜ超じじい……いや失礼。ジーヤさん。
「他の二つは、小麦粉、そして片栗粉。きな粉の衣は、カリッとした食感が素晴らしいですのお」
「おおー! 全部ひと口で当てるなんて、味覚が鋭い! じじいやるう!」
「超味のわかるじじい。スーパー味じいとお呼びくだされ、しぃるさま」
本当にそれで良いのか、って思いを禁じ得ないほど、ノリが良い。あるいはこれが英国紳士というやつなのだろうか……。あときな粉って、衣になるのか。初めて知った……。
しかしさすが僕の妹。ジーヤさんとの距離を詰めるスピードが速え。日頃、商店街とかで磨いたおじさんへの対応スキルなのだろうか。
フウチはもう、ずっともぐもぐしてる。
すごい食ってる。ちゃっかりご飯二杯目だし。
『もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ』
タブレット端末はずっともぐもぐだ。
もぐもぐしながら、僕と目が合うと、嬉しそうに微笑む。ニッコリと。
頬張りながら、ニッコリ——凄まじい破壊力を秘めている笑顔だ。ご飯粒つけて、もぐもぐしながらのニッコリ笑顔。一瞬できゅんとしてしまう。
美味しそうによく食べる銀髪。
可愛過ぎかよ。くううううっ!
「ご飯粒、ついてんぞ……?」
きゅんとしながら、僕は言った。
『取って……?』
リクエストされた。だから、しょうがねえなあ、って言いながら、僕はフウチの口元からご飯粒を回収した。
『ぱくり』
と。わざわざタブレットに書いてから、僕が取ったご飯粒に食いついた。つまり僕の人差し指に食いついた。
人差し指が食われた。ご飯粒ごと。
甘噛みされるような感覚。人差し指が、フウチの体内に招待されてしまった。わあ!
「……………………」
人差し指が幸せな感触を味わっている。死にそう。
ちゅぽん——っと。人差し指が解放された。
『えへへ。ごちっ!』
「お粗末さま……」
変態的な考えで、自分の人差し指を自ら口に含みたい欲を我慢した僕の自制心、とても立派だと思う。いやまあ、しぃるとジーヤさんが、まるで愛玩動物でも見るような目で、優しい視線で見てきたから、照れるしか出来なかったんだけれども。
そんなこともあり、僕たちはご飯を食べ終えた。
風呂の準備は、シャワーを浴びた時に済ませているので、問題ない。サボってしまった引きこもり期間の埋め合わせは、あとできちんとしぃるにしよう——と。そう思いながら、僕はフウチに、
「ちょっと僕の部屋で話さないか?」
と。言った。お腹いっぱいになって、幸せな表情をしているフウチに言うと、それを聞いていた、余った唐揚げをタッパーに詰める作業をしながら、しぃるが、
「お兄ちゃん。えっちしたらすぐバレるよ? 扉なくなっているから、色々気をつけてね?」
えろえろ気をつけてね——と。クソ余計なことを言った。
『ぽひゅー…………』
「勘違いすんなっ! トークするんだよ!」
あと色々だろ! えろえろ気をつけるって、何をどう注意すれば良いんだ!
別にリビングでも良かったけれど、僕は、ぽひゅー……、ってするフウチの手を取り、部屋に連れて行く。
いや、なんだかフウチを連れ込んだみたいになっているから、緊張してしまうけれど、しぃるが言ったような行為は絶対にしない。まあ、意識しないことは不可能だけど、僕は鉄の自制心と鉄屑のチキンハートの持ち主だからな。そんなシチュエーションになるはずがあるまい。
『詩色くんのお部屋、初めてだー!』
僕の部屋に入るなり、フウチは辺りを見渡し、結構嬉しそうにしている。ちなみに、ぶっ壊された部屋の扉は、廊下に立て掛けてある。
「椅子とかないけど、好きな場所に座ってくれよ」
『えーと。じゃあ……』
迷いながら部屋のどこに座るか探しているフウチを横目に、僕はついついいつもの癖で、普通にベッドに座ってしまった。
まずい。これじゃあ僕が、まるでいやらしいことを考えているみたいじゃねえか——と。動揺し、すぐさま床に座りなおそうとした、けれど。
それは叶わなかった。
なぜなら、ベッドに座った僕の目の前。
アホみたいにリラックスして、ベッドに脚を開いて座ってしまった僕の目の前、開いた脚の真ん中に、背を向けてフウチが座ったのだ。ちょこん、と。
「……なぜ、そこチョイス?」
『ざいすー!』
僕を背もたれにして、思いっきり寄りかかってくる。重くないし、むしろ軽いけれど、心臓への負担が半端ない。
僕のアゴの少し下に、フウチの頭部。
良い匂いがする髪。少し胸元が開いているラフなTシャツ姿なので、上から見ると、見えそうで見えない。Tシャツがオーバーサイズで、ショートパンツを履いているはずなのに、履いていないように見える。
だが、さすが僕だ。危うく男の子としての反応をしてしまう可能性もなくはなかった。でも、ドキドキし過ぎてそんな感情(エロ感情)を
自制心が強いぜ。もしくはチキンハートがえぐいぜ。
これがまさにヘタレってことなのかもしれないけれど、まあヘタレで良いさ。
そんなヘタレは、ヘタレなりに。
聞けずにいたことを、聞くとしよう。
「なあ、フウチ。どうして——」
どうして退学するんだ——と。僕は言った。声が震えてしまいながらも、怖がりながらも。
僕は質問をした。
『うん……言う……。きちんと話す』
「うん。聞かせてくれ」
『まずね。私、詩色くんにごめんなさい、って言わないといけないの』
「なにがだ?」
『……私、声を出さないことを、詩色くんに恥ずかしいから、って。そう言っちゃったでしょ。嘘なの。ごめんなさい……』
「……気にすんな。そんなこと」
とっくに気づいていた。そんなこと。
初めて会ったとき。中三の頃に会ったとき、喋っていたからな。なにか事情があるんだろう——とは、とっくに思っていた。
本当にそんなこと今更で、気にしていなかったくらいだ。
その嘘については、気にしていない。
が、理由は知りたい。嘘の原因。
声を出さなくなったのではなく——おそらく出せなくなった理由。原因。
まあ、大まかな予想。ざっくりとした想像は出来る。活動日誌に書いていなかった部分。いちページ目から、次ページ。
僕が読んだのは、いちページ目が僕との出会い方だった。そして次に読んだのは、僕との再会のページだった。
読み飛ばしたわけじゃあない。
そこには、ページが存在していなかったのだ。
空白でもなく。まるで切り取ったように——なくなっていたのだ。
無論、活動日誌を読んでいることは、隠す。今はまだ、隠し通す。ジーヤさんとどうやって誤魔化すか、打ち合わせ済みだからな。
「じゃあ、フウチ。フウチは声を出さないのではなく、出せなくなったんだな?」
とっくに気づいていたことを、きっちりと確認するため、僕は訊ねた。
『うん……今は、出せなくなっちゃった……』
つまり、僕との本当のファーストコンタクトから、再会までの時間で、フウチになにがあった。なにかがあって、声を失った。出せなくなった。
「……どうして? って、聞いてもいいか?」
ズバッと質問するには、僕は臆病過ぎた。でも、臆病過ぎながらも、言葉にした。
『うん……、じゃあそこから話すね……私ね。話すことが怖くて出来なくなっちゃったの……』
「怖くて……?」
『そうなの……。今もずっと、怖いの……』
そう書いたフウチの手は、小刻みに震えていた。
無理して話さなくてもいいよ——と。そう言ってやりたい気持ちもある。
けれど、それではいつまで経っても、僕は知れない。知らないままは、もう嫌だ。
僕はそっとフウチの手を取った。震える手を優しく握る。後ろから抱きしめるように。
「わがままだと思うけど、僕は知りたい。フウチのことを、たくさん知りたい」
耳元で囁く。僕に
僕に手を握られたまま、フウチは、
『ありがとう、詩色くん。私、話すね』
と。ゆっくりタブレット端末に書いた。
「ああ、聞かせてくれ」
『でもね……? その……』
「なんだ?」
『今の体勢で、さっきの言い方は、その……ちょっぴり、えっち……だよ……?』
言われて思う——たしかに、と。
晴後フウチを教えてくれ、って。後ろから抱きしめるような格好で言ったら、まあそう言われても仕方ねえな……。
恥ずかしいし、ドキドキするし、緊張しているし。
仕方ないので、どう誤魔化していいのかわからないので結構テンパった挙句、僕は、ふう、と。フウチの髪の毛を手で触り、耳たぶに息を吹きかけてみた。
『あうあうあー!』
「ははっ。びっくりしたか?」
『あうあ…………へんたい!』
「ごめんごめん。でもリラックスできた?」
『うう…………顔が熱くなった……』
「じゃあそのまま、話しちゃおうぜ? 僕が聞いてるから。怖くても、僕が後ろにいる。手を握ってやる。頭を撫でたりもしてやれる。だから、僕に聞かせてくれ」
『……今日の詩色くん……いつもと違う』
「久しぶりにフウチに会えて、たぶん嬉しいんだよ、僕は」
『……あう。……えへへ』
「嫌なら、頑張っていつも通りにするけど?』
『ううん。それで良い。それが良い』
「そっか。じゃあしばらく、こんな感じにするよ」
『うん…………えへへ。ヒーローみたい……』
「サンキュー。そう言ってくれて、ありがとう」
本当は今の僕の顔とか、絶対真っ赤だろうし、ヒーローなんて呼ばれるような人間の顔色ではないだろう。けれどまあ、バレなきゃ良いだろ。
そんな風に思いながら、内心でもう一つ呟く。
僕が
『じゃあ、お話するね……私のこと』
「おう。頼むぜ」
『私の声が、出せなくなっちゃったのは、私が原因なの』
「…………フウチが?」
『そうなの。私が原因。私が言わなければ、ママは、ママは……』
死ななかったの——と。書いた。震える手で。
おそらくトラウマだ。ブルブル震えている。
その背中を僕は抱きしめる。
「頑張れ……」
そう言うしかできない。僕にはそれくらいしかできない。
フウチを抱きしめながら、僕はやっとわかったことがある——ようやく、気づいた。
共通点——そうか。それが僕とフウチの共通点か、と。納得した。
僕とフウチの共通点——それはつまり。
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