6


 しぃるが置き土産にした気まずさを感じつつのお昼休みを過ごして、午後の開店である。


 午後のスタートは、またもやプチ行列が巻き起こったのだが、しかしその理由は、鉄板焼きを求めるというよりかは、お昼休みにしぃるが廊下で色々叫んだことにより、僕とフウチを見に来た客が、ついでに買っていくみたいになっていた——つまり野次馬である。


 お持ち帰り客が、多過ぎた。


 というか午後は、来店する客のほとんどがお持ち帰り客。フウチを見に来た客ばかりである。


 可愛いフウチを見た客のほとんどは、いで僕を見て、肩を落としているようにも思えた(ほっとけ!)。


 僕を知っている男子生徒は、僕を怖がってなにも言っては来ないけれど、たぶんまた不名誉な称号が増えそうだなあ、と予感させる、男子の嫉妬をひしひしと感じた。ここが無法地帯なら、僕は処刑されていたかもしれない。法治国家で良かったぜ。


 法に守られていることに感謝しつつ、さすがにフウチが視線アンド運動量が多過ぎてつらそうだったので、


「フウチ。ちょっとヘルプ頼めるか?」


 と。鉄板焼きのヘルプを頼むことにした。


『ん? なあに?』


 首をかしげ、そう書いたフウチは、いつも顔真っ赤だけれど、プラス表情に疲れが見える。


「キャベツを切って、お好み焼きを混ぜてくれないか?」


 本当なら、お昼休みにストックしておくべきだったのだが、しぃるのせいで忘れたのだ。まあ、そのおかげで、午後スタートから三十分ほど経過した現在、フウチを人目から避けさせることが出来るのだから、結果オーライか。


『うん! わかった!』


 疲れているだろうけど、元気に書くところが健気で可愛い。


 フウチはそのまま僕の隣に来て、椅子いすの上にまな板を置き、キャベツの千切りを始めた。


 鉄板があるので、フウチの姿は客からは見えない。


 だが、隣に立つ僕には、ちょっと視線を下にするだけで、銀髪和メイド(超絶可愛い)が、正座をしてキャベツの千切りをしている姿が丸見えだ。


 正座か。その短めのスカートで正座か。


 上がるぜ。膝枕されたら、と。妄想するだけで上がるぜ。上がるというか、飛べそう(な気すらして来た)。


 そんなこんなで、僕が鉄板焼きをしながら、結構な比率で正座の太ももをチラチラ気にしていると、お持ち帰りの客も落ち着いてきた(お持ち帰り客のヘルプは矢面が担当した)。フウチが居ないとわかったからだろうか?


 だとすれば、店としてはダメな判断だが、僕としてはナイス判断だったぜ。


 と言っても、無鳥なとりの客は時間帯問わずに存在しているのだが。あんなに人気者だったんだな、僕の親友——と。なんだか親友と住む世界が違うことを知ったよ。異世界くらいの距離から、よくもまあ僕の親友にまでちたものだ。


 そう思って矢面やおもての方を見ると、矢面は矢面で、常連(ガリ勉メガネのガリ)だけしか居なかった。めっちゃ好かれたんだな、矢面。


 あの常連(ガリ勉メガネのガリ)は、フードファイターになるつもりなのか? あるいはお好み焼きが世界一好きなのか? どっちでもどうでもいいけれど、今日だけでキャベツ二玉くらい食ってるんじゃねえの……?


 きっとドMだから、満腹感を超えても食べ続けることに興奮しているのだろう——と。非常に雑な考えで片付けた僕。チラッとフウチを見ると、卵を割っていた。美少女って、なにしてても美少女なんだな。なんで卵割ってるだけで、萌えてしまうのだろう。不思議だぜ——と。僕がこの世の不思議を感じた、その時だった。


「げ——っ!!!」


 と。矢面の声がした。この世の不思議を感じたその時に、矢面の声がしたので、僕はそちらを向く。ツインテールで後輩という存在なのに、全く萌えない矢面もこの世の不思議と言えばその通りなのだが、果たして萌えない矢面がなにに対して、声を上げたのか——果たして果たして。


「うはー。客の比率がバラバラだー! 人気者とそうでもない者で、ここまで客数のばらつきがあると、人間って不公平だなー」


 世界は平等じゃないなあ——と。果たして矢面が接点を持ちたがらない、僕の妹。しぃるが来店したのだった。


 性格が悪いことが、開口一番でバレる言葉を言いながら来店しやがった。無鳥の席が混んでるから、空いてる矢面の方に真っ直ぐ向かうしぃる。


 矢面がめちゃくちゃ僕を睨んでいる。


 妹の行動で兄を睨むな。筋違いにもほどがあるだろ。


「店員さーん。人気がない方の店員さーん」


 さすが僕の妹。悪気がなさそうな声色で、悪いことを普通に言うとか、さすがだ。


 呼ばれた店員さん。マニアックな客だけしか居なかった矢面店員は、無言でしぃるのもとへ。


 向かう前に僕を睨んで、殺すって目が語っていたけれど、僕は見ていないことにした。見ていないことにして、内心では、ざまあ——と。嘲笑を禁じ得ない(ぷぷぷ……ウケんすけど)。


「ご注文はなんすか?」


「二種類しかメニューないのに、聞く意味あるのかなー?」


「ご注文は?」


 あー。鉄板焼きしながらでも、よくわかるなあ。矢面がめちゃくちゃイライラしている顔が、見えないけどよくわかる。見えないけどよく見える不思議な感覚だな……。


 なんなら今の僕には——ちっ! せっかく昼はこの女とバッティングしないように上手く避けたのに、なに来店してやがる。マヨネーズ届けたならすぐ帰っとけよ。なにこんな中途半端な時間からお好み焼きと焼きそば食おうとしてんだよ。帰れよ。ぼくはお前と何があっても接点を持ちたくないんだから、空気読んで帰れよ——という、矢面の心の声すら聞こえてくる気がする(僕もエスパーに!)。


「ねーねー、店員さん。あなたわたしと同い年なんでしょ? あ、わたしは鉄板焼きしてるさえないお兄ちゃんの妹なんだけど、ねーねー、あのさー? 高校生にもなって、ツインテールって恥ずかしくない?」


 僕の妹すげえ。高校生のツインテールはアニメや漫画だから可愛いのであって、リアルだと恥ずかしい説をツインテール本人にぶつけている。なかなかその質問をツインテール本人にすることはできまい。僕もこっそりと思ったことはあるけど、ついにその質問をすることは出来なかった。たとえ矢面相手だとしても、僕にはその質問は出来なかった。


「べ……別に……」


 矢面が言った。プルプルしながら言った。もしかしたら矢面も、薄々思っていたのかもしれない。高校生になってもしているツインテールに、恥じらいがあったのかもしれない。妹キャラでもないのに、ツインテールにすることを、無意識のうちに恥ずかしく思っていたのかもしれない。


 これは僕に、とばっちりが来るな……。


 矢面の背中から、死ね——というストレートな殺意が漏れ出している。その殺意を感じたのか、ドMのガリ勉メガネのガリすら、興奮する余裕を失って、席を立ったぞ(ご来店あざしたー)。


「およー? とうとうあなたのお客さん、わたし一人になったねー。るうる先輩の方はたくさん居るのに。あ、注文はお好み焼きと焼きそばね、ツインテールさん。さっきの返答は、ツンデレキャラなのかな? だとしたらデレもあるのかなー? 楽しみだなー、ツインテールさんのデレ。早く焼いて持って来てね、ツインテールさん。あるいはツンデールさん。ツインツンデールさん」


 僕が家で話しているから、しぃるは矢面の性格をある程度知っている。ツンはあってもデレはないことを知っている。知っていてリクエストしている。知らないふりをして、無邪気にリクエストしてやがる。


 しかも頭が悪いくせに、ツンって今時どうなの? 尖っているだけで、デレないとか誰が得するの? という意味を込めると同時に、ヘアスタイルまでもいじるつもりで——二重の意味で、ツインツンデールさんとか呼んでやがる。


 ツインツンデールさん。無理矢理漢字にすると、たぶん——ツインんでーるさん。だろうな。


 僕のところにオーダーを持ってきた矢面は、それはそれは恐ろしいほどに僕を睨んで来たし、てめえの妹どんな教育してんだ、みたいな心の声すら聞こえてきたけれど、しかし、僕はオーダーを受け取って、知らないふりを貫く。


 別に僕が教育して、あんな性格になったわけじゃないし。


 でも矢面そこそこメンタルは弱いんだな。


 僕を睨んでいたけれど、涙目じゃねえか。


 少しだけ萌えたよ。少しだけな。萌えたというか、同情なのかもしれないけれど。


「さえないお兄ちゃーん! 可愛い妹がお腹を空かせているんだよー! 早く焼いてよお!」


 同情して、感傷的にもさせてくれない。


 さすが僕の妹だぜ。今日からしぃるには、『精神メンタル殺人鬼ブレイカー』の称号を与えよう。


 そして、矢面の心の声すら聞いた僕は僕に、自ら『ハート盗聴者ハッカー』って、ちゅうびょう的な称号を与えよう。


「早くー! 焼けー!」


「お客が急かすなよ!」


「お客だけど、わたしは妹だ!」


「だからどうした。身内贔屓はやってねえよ!」


 兄のメンタルすらも疲弊させるなよ。やれやれ。厄介な妹だ。

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