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 僕の予想では、昼がピークだ——と。そう考えていたのだが、どうやらそうでもないらしい。


 一般参加の外部客も、そこそこ落ち着いてきた。学生は学生で、お昼は弁当とか用意していたのかもしれないし、飲食店が僕たち筆談部だけというわけでもないだろう(把握してない)。そりゃあ、客足が全く存在しないわけでもないが、開店直後の状況と比べれば、飲食スペースもお持ち帰り客も、現在はだいぶ少なくなった。


 時刻は、一時ちょい前。このぶんだと、一時には一旦店を閉めて、僕たちも休憩が取れそうだな。


矢面やおもて。これ頼む」


「ういっすー」


 そう判断した僕は、たまたま近くに居た矢面を呼び、視聴覚室の扉に、午後は二時から——という貼り紙をしてもらう。


 現在いる客に対応したのち、開店から四時間以上で、ようやく一息。ようやっとお昼休みである。


「午前はみんなおつかれ。まだ終わったわけじゃあないけど、午後もよろしく頼むぜ」


 タオルで顔を拭きながら、僕は言った。


 顔を拭き終えると、なぜか僕に注目が集まっていた。みんなして僕を見ていた。なんでだよ。照れるだろ。


「……なんだよ?」


 僕が言うと、無鳥なとりが、


「いや、なんかあんたがねぎらいの言葉を言ったから、普通に驚いたんだろ」


 珍しいから——と。呟いた。


「ねぎらいの言葉を言うくらいで、驚かれるほどの性格してるのか? 僕は……」


「だってあんた、そういうことを普段は言わないじゃん。思ってるのかもしれないけど、思ってるだけで口には出さないじゃん?」


「失礼だな」


 まあ、無鳥の言う通りなのだが。


 たしかに僕は、思っていることを思っているだけで済ませることが多々ある。別に秘めているつもりでもないのだが、内心で言っておけば良いか——と。そんな自己解釈で、喋るのをはぶいてしまうことは、少なくない。


 今でこそ、僕は結構喋っているが、もともとウルトラ小心者だったから、話すことがあまり得意ではないのだ。喋っているというか、ほとんどが突っ込みのような気もしなくはないが、中学時代には今のように突っ込むこともなかったし、そもそも突っ込みをする相手が不在だったからな。


 寂しい奴だったからな、僕は。


 寂しく思っていたわけじゃあないけれど、でも、今なら当時の僕は、寂しいやつだった——と、そう思う。楽しさは知らなきゃわからない。楽しさを学ぶと、当時の僕は寂しい奴だったと、そう言わざるを得ない。


 だからと言って、別段感謝の言葉をべるわけでもないが。普通に恥ずかしいしな。それこそ、思っているだけで良いことなのかもしれない。


 そんなことを考えながら、僕は人数分のお好み焼きと焼きそばの調理を始めた。


 せっかく目の前に鉄板があることだし、今日のお昼は、僕が担当してやろう。プチ行列が発生した僕のお好み焼きと焼きそばを味合わせてやるぜ。ふっふっふ。


「……これは僕の奢りだ」


 なんか何も言わずに、急に焼き始めてしまったので、恥ずかしかったから、あくまでも部長として——みたいなスタンスで、休憩するみんなが座る席へ運んだ。小学生みたいに机を四角に並べた簡易飲食スペース。席順は、僕とフウチが隣同士で、無鳥と矢面が隣同士。僕の正面には無鳥が座っている。洋服と和服がそれぞれ向き合っている。衣装的に、和洋折衷の和と洋が机を挟んで、いざ昼食タイム。


「お好み焼きのソースとマヨネーズは、それぞれお好みで追加してくれ」


 言うのを失念していたので、そう言ってから、昼食スタートである。


「そういや詩色。マヨネーズ足りるの? てかもうほぼないじゃん」


「あー、それならそろそろ届くと思うぞ」


 言った僕は、出入り口を向いてみたが、まあさすがにそんな都合よく登場してくれないのが、僕の妹だった。てっきりしぃるは、軽くエスパーみたいな所があるから、謎の(過度の?)期待をしてしまって登場するんじゃねえのか? というのは、どうやら僕の勘違いだった。妹に期待をし過ぎてしまったぜ。


 とりあえずしぃるが届けてくれることを伝えて、僕も昼食だ。しぃるが届けてくれるよ、って言ったら、矢面があからさまに嫌な顔をしたけれど、見ていないことにして、僕も昼食だ。


 ずっと鉄板焼きを担当していて、一歩も歩いていなかったけれど、当然ながら生きているだけでカロリーは消費していたので、自分で焼いたお好み焼きと焼きそばがすげえ美味く感じた。


 これならプチ行列も出来ちゃうよなあ。とか思いながら、まずは焼きそばを完食した——つんつん。


 僕が僕の鉄板焼きを絶賛、自画自賛していると、隣のフウチが、僕の太ももをタブレット端末のペンでつんつんした。


 つんつんされたので、下を向く。


 フウチは太ももにタブレット端末を乗せていた。悲しいが僕も男子だ。ついつい、タブレットの画面じゃなくて、制服よりも短い和メイドのスカート。主に太もも付近に目を奪われてしまう。座ることにより、立ち姿よりもいささか露出している太ももが魅力的かつ魅惑的で、僕の体温を上昇させた。


 しかし、僕は自身をりっして、自分で自分の顔面をぶん殴るくらいの気持ちを強く厳しく持ち、タブレットの画面に目をやる。


 画面には、『この格好……変じゃない?』と、書かれていたので、机の下で僕は拳をグッと握り、親指を立てた。


 変なわけないだろう。どう考えても変じゃない。むしろベストコスチュームだぜ——と。そんな思いを込めて、サムズアップ。そのままスタンダップして、鉄板の近くに置いたかばんを取り戻り座り、マイタブレットを取り出して、僕も太ももの上に乗せてから、


『僕の格好は変?』


 と、筆談で今度はこっちから感想を求めてみる。


『良いと思ったよ! 似合ってる!』


『ベリーサンクス』


 照れたので、返しが軽くなっちまった。


 どうも僕は、照れたり慌てたり、追い込まれたりすると、自分の新たなキャラの可能性を探ろうとするきらいがあるな——とか自己分析してしまう。


『でも、髪型はお見舞いのときの方が格好良かったかなあ……えへへ』


 格好良かった——だと?


 この僕が格好良かっただと。


 そんな言葉、しぃるからふざけたニュアンスでしか言われたことがなかった僕は、気分が良くなってしまった。まあ、フウチが言った(書いた)お見舞いのときの僕の髪型は、寸前に美容室にまで行って、カットとかセットとかしてもらっているので、美容師さんの手腕による技術なのだが、あの美容室にはまた行っても良いかもしれない、とすら思う単純な僕である。なんならあの美容師さんを指名しても良い(名前知らないけど)。


『ハイパー感謝だぜ! ハイパーシェイシェイ!』


 シェイシェイまくらにハイパーを置いてしまうほど気分が良くなっているぜ。今なら、たとえジャイアントパンダと相撲を取っても勝てる気がする。押し出し寄り切りで勝てる気がする。いや、ジャイアントパンダならば、猫騙しを使ってやるべきかな(ジャイアントパンダは、漢字で書くと大熊猫だし)。


 なぜジャイアントパンダと相撲を取った場合を想定しているのか、果たして自分でも全くもってわからないけれど、そんなどうでもいいことを考えていると——無駄なことを考えていると——、フウチは下を向きながら、チラッと僕に視線を投げて、


『今日は、あーんおあずけ……だね』


 と、書いた。おあずけ——そう言われても、毎回リクエストしてくるのはフウチだし、おあずけと言われると、僕が率先してあーんを求めているように勘違いされそうだけれど、既に僕のヘタレっぷりからそのようなリクエストが不可能なことは、今更説明の必要はあるまい。


 しかしこれは、なんて返せば良いのだろう。


 だな、と。同意することがベストだろうか。


 でも、そう返したらフウチに、詩色くんはあーんされたい甘えん坊さんなんだね。それともあーんをしたい人だったのかな。私の奥歯を見てテンションが上がっちゃう変態さんだったんだ——と、誤解されやしないだろうか……。


 たしかに、フウチの奥歯を見て、実はこっそりテンションが上がったことはあるけど、それをバレるのは普通に嫌だな……。


 相変わらずのマイナス思考。ちょっと自分でもそこまで思うのかよ、って思うくらいの思考なのだが、どう返したら良いのかわからないし、あまり返事に時間を掛けるのも、太ももを凝視していると勘違いされるかもしれない。だから仕方なく僕は、


『あーんされたいのか?』


 と。返してみた。


『されたい。って言ったら、詩色くんは、してくれるの……かな?』


 下を向いたまま、横目で僕の方を見ながら、ちょっとからかっているような笑みでフウチはそう書いた。からかっているような笑みだが、頬は赤く染まっているし、すげえ可愛いし(良い匂いするし、可愛いし)。


『どうだろうな?』


 からかわれているのか、それはわからないけれど、逆にからかってみたくなった。いつも後手ごて後手に回ってばかりの僕も、たまには主導権を握ってやろうじゃあねえか、と。そんな思いを秘めて返したら、


『じゃあ、言ってみよう……かな?』


 と、返されてしまった。えっ!?


 ええええええええええええっ!?


 ここで? 見られたらいじられ不可避の人目があるこのフィールドで、そんなこと言ってみようとしているのか? 目の前に僕をいじることが最近の生きがいみたいな親友と、僕を小馬鹿にすることが生まれつきの癖みたいな悪癖を持ち、悪態がアイデンティティみたいな後輩が存在する——このポジショニングで?


 ちょいちょい待てい。お待ちくだされフウチお嬢様——と。結局、後手後手に回っていると、フウチは僕の返事を待たずに、続けて、


『あーん』


 そう書いて、下を向いたまま、片目を閉じてゆっくりと小さな口を恥ずかしそうに、ひとくちぶん——小さく開いた。


 やべえ。なんかセクシーだ。


 昨日矢面に、キスしたいって思わないのとか言われたから、小さな口元の可愛い唇を見て、ドキドキしてしまう。


 というかたぶん僕は今、鼻息が荒くなっているかもしれない。


 フウチがいたずらに片目を閉じているその表情も可愛いし、唇はなんかセクシーだし。衣装もめちゃくちゃ似合っているし——僕をドキドキさせる要素がこれでもか! と、言わんばかりに詰め込まれている。盛りだくさんだ。


 てか、どうするんだよ、これ。


 あーんすべきなの? 今?


 このタイミングで? 無鳥と矢面が目の前にいるこのポジションをキープしている状況下で、あーんをしろと?


 チキンを自覚していて、ヘタレという透明のオーラでコーティングされていると言っても過言ではないこの僕に、このシチュエーションでそのシチュエーションを望むというのか……?


「無鳥先輩、ジュース買ってきましょうか?」


「えー、悪いよー」


「ぼくは無鳥先輩の手足ですので、悪いなんてことは、天地がひっくり返ってもないですよお!」


「んー、じゃあ一緒に買いに行く?」


「わーい!」


 少しだけ顔を上げて、チラッと正面の二人の会話に耳をかたむけたら、どうやらこれから自販機に向かうつもりらしい。あーんチャンス到来の瞬間である。


 そのまま無鳥と矢面は、ジュースを買いに向かった。後輩のくせに矢面は、僕たちにはお二人はジュースいります? すら聞かずに。気が利かない後輩だが、奇跡的に空気を読んだのか、あるいは僕の普段のおこないを神様が見ていてくれたのか。


 まあ前者はなさそうだが。


 どちらにせよ、なんて返せば良いか混乱する前に、フウチのリクエストにお応え出来そうだ。二人が退室したら、フウチはゆっくりと顔を上げて、こちらに体ごと向いた。


 二人が退室したのをしっかりと確認してから、僕はお好み焼きを箸でひと口サイズに切り、フウチの口に運んだ。ソースがれないように、手を添えて、僕も体ごとフウチの方を向く。


 パク——と。フウチが食いついた瞬間。


「ご機嫌よう」


 お兄さま——と。おしとやかな口調だが、雑に思いっきりドアを開けて、急に登場したのは、僕の妹だった。つまりしぃるだった。手にはマヨネーズを入れた買い物袋を持った僕のまいが、兄のデレデレあーんシーンを目撃した瞬間である。ぎゃあああ!


「あらあらまあまあ。お兄さまとフウチ先輩が、なかむつまじく、あーんをしていますわね。お互いにそのような近距離で、お体ごと正面を向き合って。うふふふふ」


「……………………」


 そのうざったい謎のキャラを今すぐに止めろ! 僕たちの向きと距離まで懇切丁寧に言ってくれるなよ!


 ……って言いたいけれど、叫びたい気持ちでいっぱいだけれど、恥ずかしさで何も言えねえ。


 フウチも相当恥ずかしかったのか、口にしたお好み焼きを噛まずに、ごくん——と、飲んで口笛を吹いていた。でも、口笛は下手過ぎて口を尖らせて息を吐いてるだけみたいになっているし、誤魔化しも下手過ぎた。


 だが尖らせた唇は可愛い。


 でも恥ずい……。妹にあーんシーンを目撃されるのとか、超恥ずい。


 そうやって恥ずかしさに押しつぶされていると、しぃるは、すうー、っと。思いっきり息を吸い込んだ。これから僕たちを(主に僕を)、おちょくってやるぜえ——的な顔をして、そして言った。大声で、言った。


「あああー!!! お兄ちゃんとフウチ先輩が、あーんしてるう! ヒューヒュー! なんだなんだあ!? 視聴覚室って書いてあるけど、読み間違ったのかなあ!? 本当はこの部屋は愛の巣だぜえー! ヒューヒューヒューヒュー! キース! キース! ぶっちゅーしちゃえーい! マウストゥマーウス! ……とまあ、顔の色が凄まじく情熱的なディープレッドをしている二人をおちょくったので満足したから——よし。じゃあここにマヨネーズ置いとくから。お兄ちゃん。フウチ先輩。もっともっと、お楽しみくださいませませ。今日は灼熱の日曜日だなあ!!!」


 もしかしてマグマでも降ってるのかなー!!!?


 と。わざわざ声が廊下に響くように、一歩バックステップしてから叫びやがった。


 まるで邪神を絵に描いたように性格が邪悪で、邪心を持つ性根が腐ったしぃる(腐女子)は、そのままマヨネーズを置いてどこかに行ってしまった。マグマが降ってるって、火山噴火してるわけねえだろうが(そもそも近くに火山ねえし!)。そんな災害時に、文化祭を通常通りに開催している学校があってたまるかよ……。


 さすが僕の妹。兄をおちょくるタイミングを逃さない。逃さないどころか、ドアを開けただけなのに、兄をおちょくるチャンスを自ら掴み取りやがった。


 性格は悪過ぎるが、運が良過ぎだ。しっかりと爪痕を残しやがって。くそう……。


 どうしてくれんだ、この微妙な気まずさ。マヨネーズだけを置いていけよ。なに気まずさも置き土産にしてんだ。特にキスコールが余計だ。ディープレッドとか言って、キスを連想させるディープという単語を頭悪いくせに使いこなしやがって。


 やめろよ。やめてくれよ。


 深く意識しちゃうだろ。不覚にも僕が。


「あははは……今日も元気な妹だなあ……」


 あはははは……。もはや笑うしか出来ない僕だった。

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