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やばいくらい忙しい……。いやそれはとてもとてもありがたいことなのだが、それでも言いたくなるくらい、めちゃくちゃ忙しい!
開店から約二時間ちょい。既に何枚のお好み焼きを焼いて、何人前の焼きそばを焼いたのかわからないくらい焼いている。鉄板の熱さで、汗が尋常じゃない……。
まだお昼前だと言うのに、恐ろしいほどの客入りだ。これは僕の計算ミスである。
この学校の文化祭の一般参加人数の目測を誤っていた。てっきり一般参加なんて、他校との繋がりがある友達の多い人間が、その友達を招くくらいのものだと思っていたのだが、しかし。
結構な人数のご近所さんの存在を、計算に含んでいなかったのだ。子連れの奥さんやら、散歩ついでのおばちゃんとか、暇なおじちゃんが、ふらっと足を運び、お昼でも買っていくかな、って思うことを計算に含むべきだったのだ。
その証拠に、視聴覚室に準備した飲食スペースは、現在までで満席になることもなく、なんなら空いているくらい。だけれど、お持ち帰りのお客は多く、なんかプチ行列出来ちゃってるし!
そんな人気店じゃねえよ!
素人が安いキャベツとお得用パックで焼いてるだけのメニューだぞ。ベーコンなんか百枚入りで三パックの超お得セットなんだぞ。お好み焼き三百五十円、焼きそば三百円という、安価に設定した値段に釣られ過ぎだろ。目を覚ませ客! と、叫びたい!
あともっとも計算外だったのは、
んで、ついでにもっと意外だったのは、そんな女子生徒たちに、明らかに不機嫌になってイライラしている様子を隠すことなく——以前僕に向けていた殺意を込めた視線を無鳥の客に向けている
なにせ矢面の客は、端的に言ってしまえばドMの男子が多い(気がする)。不機嫌な矢面の接客は、「まだ決まんねえんすか? 早くしてくれませんかねえ?」と。偉そうに人を見下しながら、腕組んで貧乏ゆすりをしているという最悪の態度で接客をしているのだが、その小さな見た目と整った顔立ち、ツインテールという、ルックスのおかげもあってか、一部の男子生徒がゾクゾクしに来ている気がする……。矢面の舌打ちで、「おお……っ!」という
ここ、そういう目的の店じゃねえよ。
ドMが続々とゾクゾクしに来てんじゃねえよ。肩を
客の食事が終わるとすぐに、「食べたらすぐ消えてもらえます? 二度とその
どちらにせよ、倒れても責任取らねえからな?
暴食だろうが、普通の飲食だろうがどっちでも良いし、ぶっちゃけどうでも良いけれど、自己責任で動けなくなれよな?
あと胃袋のキャパシティとか関係なく、ガリでガリ勉眼鏡くんのお前は、趣味が悪いから病院に行くことをオススメする。これで矢面が百合っ娘だと判明したら、それはそれで、客が増えそうで怖い。進学校の男子生徒はドM説が生まれちゃうだろ。まあ、僕もドMと呼べるじゃあないけど、フウチになら攻められるのも悪くはないなあ、とか思ったことあるから、その説は案外、間違っていないのかもしれない。間違いであって欲しいとは願うけども。
そのフウチはフウチで、お持ち帰りの接客を担当しているので、忙しさで言えば、ナンバーワンである。
さっきから僕のところに、何度も何度もオーダーを運んで来ている。やはり接客は苦手そうだけれど、一生懸命、顔を赤くしながらも笑顔で受け渡しをやっているから素晴らしいし、可愛い。僕が接客を担当していたなら、ストレスで
でもフウチがオーダーに来るたびに、僕は癒されているので、現在まで過酷な焼き地獄を頑張れているのだが。お持ち帰り客のほとんどが一般参加の外部からのお客なので、変な虫がつく心配もなさそうなのは、かなりありがたい。完全に私情だが、僕的には本当にありがたく思う。
そのまま子連れの奥さんとか、散歩ついでのおばちゃんとか、暇なおじちゃんをもてなしてくれ。
まあ、中にはエロじじいみたいな奴も混じってるけれど、そんな僕の癒しもとい僕の天使もとい僕の女神もとい巫女メイドコスチュームのフウチをいやらしい目で見てくる奴は、僕がちゃっかり視線で黙らせている。フウチの方を向かせないように、さりげなく黙々と鉄板焼き作業をしながらも、沈黙しながらも、殺意をぶん投げている。沈黙の殺意は伊達じゃないのだ。僕の仕事は鉄板焼きとエロじじいにプレッシャーを掛けることである。
ただ、こうなると心配になるのは食材の在庫である。まだ昼前だと言うのに、キャベツは半分がなくなってしまった。昼前なのにあと六玉……。
ベーコンやお好み焼きの粉、麺はこのままなんとかなりそうだが、キャベツに不安が残る。あとマヨネーズは足りそうもない。ソースはまだ判断がつかないが。
だけどマヨネーズならまだしも、
とりあえず、キャベツは保留で、マヨネーズは買い足そう。店を離れることは難しいので、こういう時こそ現代人らしく、しぃるにラインをしておいた。来るときにマヨネーズを買って来てくれとお願いラインをしておいた。きっと昼頃には届くだろう。
ひとまず、お昼を過ぎれば客足も少なくなるはずだ。逆を言えば、お昼が踏ん張りどきか。
もう少し頑張ろう。
なにより——忙しさには驚きはしたけれど、それでも僕は楽しいと感じている。
こうして、みんなとお店を開いていることが、単純に楽しい。
この経験——この時間を過ごすことが出来ただけで、この部活を立ち上げて良かったな、と。
そう思えるほどに、楽しい。
脱ぼっちして良かったなあ——と。遅まきながら、そんなことを思った僕は、お昼に向けて、ひたすらに鉄板と向き合う決意を改めて固めた。
一致団結はスポーツチームだけだ——なんて言っていた自分が懐かしいよ。だって、この忙しさでもお店として機能しているのは、スポーツチームでもない筆談部が、きっと一致団結しているからなんだろうな——と。どうやら僕は身を持って学ぶことが出来たらしい。
脱ぼっちした僕の進化は止まらない。
またひとつ、賢くなってしまったぜ。
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