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『うおー! 買い出しじゃあ!』


 と、意気込むフウチは可愛い。いやもう、どんなフウチだろうと、僕の目には可愛く映ってしまう病気なのだが。


 そんなフウチの本日のファッションは、もう暑さがしんどくなってくる時期、六月も終わる頃ということで、白いノースリーブのワンピースに、日焼け防止のためか、薄手のカーディガン。さらに麦わら帽子という装いである。麦わら帽子をかぶっているが、長い後ろ髪をふたつにくくって、肩から前に持ってきているスタイルだ。ついでにタブレット端末は、ストラップをつけて首から下げている。フウチの持ち物は、スマホと財布くらいしか入らなそうな、小さな肩掛けの鞄。


 たぶん、いつまで見てても飽きないと思う。


 業務用の大型店にやって来た僕たちは、早速カゴとショッピングカートを準備して、いざ買い物に出陣——するわけではなく、ひとまず店内を物色だ。


 ちなみに朝は、やっぱり五時に起きた僕のコンディションはベストだ! ベストコンディションだ!


 十時にフウチの家まで迎えに行って、電車で二駅を越えて、ここまでやって来たのである。


 現在は、午前十一時ちょっと前。いささか早過ぎるとも思ったが、お昼を食べたりしたかったので、これくらいが良いだろう。無論、お昼を食べたりしようと提案したのはフウチだが。僕は考えていても、発言する勇気がなかったチキン。チキンスタイルはこのまま崩れることはなさそうだぜ。


 意気込むフウチだが、なにぶん人が多いので、入店してからは僕の横にちょこん、と。並んでいる。はぐれないように(?)、僕のシャツのすそつまんでいるのが、すごく良い。きっと今の僕は、爆発を願われるリア充だと思う(残念だがその願いは叶わないぜ!)。


「しかしすごいな……。いっぱい売ってるし、広いなあ……」


 店内を見渡した僕の感想。感想にセンスがない。まあ、隣町ですら遠出だったのに、二駅も電車移動をした僕だから、場所の感想なんて言い慣れていないからご愛嬌あいきょうください、って感じだな。


『いっぱいあって楽しい! ここ来るといつも元気!』


 テンション高そうだな、フウチ。


 しかしテンションの高さなら僕も負けてはいないぜ。なにせ五時起きでスタンバイしてたくらいだからな。


「ところで、フウチはなにか買いたいものとかないのか?」


 文化祭で使うもの目当てだが、個人的な買い物をしてはいけないわけじゃあないからな。僕も妹に小麦粉買ってきて、って言われているし。きっとお弁当の唐揚げ用に。


『んー。私はたくあんとメンマ買う!』


「三位と二位だな」


『うん! ここのたくあん、おっきいの! メンマもおっきい容器だからお得なの!』


「へえ。たくあんは一本丸々売ってる感じなのか?」


『一本丸々が、なんと五本!』


「そんなに買って、食い切れるのか?」


『平気だよ! お漬物はね? 腐らないから長期保存も可能なの!』


「漬け物って腐らないのか」


 知らなかった。たしかに、保存食的なイメージはあったけれど、腐らないまでは知らなかった。


『お漬物は、冬場に野菜を美味しく保存するために考えられた調理法なんだよ。だから長期保存しても、発酵が進むだけで腐りはしないの。でも味は濃くなったりするから、なるべく早めに食べるのが良いんだよ』


「そうなのか。物知りだなフウチ」


『えっへん!』


 結構フウチから学ぶ雑学は多いんだよなあ。お見舞いの時のマヨネーズのこととかもそうだったし。


 そんなトークをして、僕たちは店内を一周。


 広さが広さだし、時々足を止めて商品を見たりしていたので、一周するだけで結構な時間を使ってしまったぜ。まあ、会話する時も立ち止まっているから仕方ないけども。


 スマホで時間を確認すると、十二時を過ぎていた。


「そろそろお昼食べる?」


『もうお腹ライオンだった……がおー』


「じゃあライオンを大人しくさせないとな」


『がおがおー』


 そう書きながら、シャツの裾ではなく、今度は僕のそでを掴んだフウチ。恥ずかしいけれど、逸れても困るしな。恥ずかしいけれど、悪い気はしない。むしろ心地良いくらいだ。


「じ、じゃあファミレスでも行くか!」


『うん! 腹ぺこライオンはファミレス行く!』


 そんな会話をして、僕たちは近くにあったファミレスに向かった。僕がボンボンの息子とかなら、立派なレストランでも準備しておくところだが、残念ながら普通の高校生なのでそれは無理だ。


 入店して、テーブルを挟んで座る。混んでいたので、案内されたのは二人席の小さなテーブルだが、どの席だろうと目の前にフウチが居れば、格別な景色である。麦わら帽子を取って、髪の毛がぺったんこになっていないか気にしてるのとか、めっちゃ可愛い。その様子を見てた僕と目があって、恥ずかしそうに微笑まれると、きゅんとする。一瞬で体温が上昇した気分だ。


 あと、メニューをテーブルに開き、二人で眺めるのが、こんなにも楽しいなんて初めて知ってしまった。


『詩色くんは、なににするの?』


「んー。僕はそうだなあ……」


 ふと思う。こういう時って、なにを注文すれば良いのだろう——と。ふと思った。


 いやまあ、食べたいものを頼めば良いのだが。


 でもアニメとかで知ってる知識では、まず初めにポテトとか頼むじゃん? それやるべき?


 ポテトとか頼んで、二人で食べるという、あのちょっとした憧れのシチュエーション。あれやっても良いかな?


 良いよね?


「とりあえずポテトとかつまむ?」


『おおナイス! それそれー!』


 合意をいただいた。なのでとりあえずポテト、そしてドリンクバーを注文。


「唐揚げは良かったのか?」


 メニューには唐揚げもあるのだが、フウチはリクエストして来なかったので聞いてみた。


『うん……カロリー的に……』


「そうか。まあ、たまには唐揚げをおやすみするのも良いよな」


 気にする必要ないだろ——って。言うか悩んだけれど、でも、万が一それがセクハラ案件だった場合をビビった僕は、そう言うことしか出来なかったぜ。


 ビビリの僕と、カロリーを気にするほど太っていないし、なんなら少し太れ、って言いたくなる細さのフウチは、ドリンクバーを取って来た。


 僕はアイスコーヒーで、フウチはメロンソーダ。


 メロンソーダとフウチ。なんか相性抜群。それだけで可愛く見えるとか、僕の目は果たしてどうなっているんだか。


 僕たちがドリンクバーから戻ると、テーブルにはポテトが届いていた。さすがのスピードだ。


『詩色くんは、ソース。どっちが好き?』


 ポテトのソース。バーベキューソースとマヨネーズソース。どちらかと問われれば、


「マヨネーズかな」


 である。フウチに合わせたわけじゃあないけれど、僕もマヨネーズは普通に好きだ。


『いえーい!』


「いえーい!」


 これ、周りから見たらどう見えているんだろう。


 フウチは筆談だから、僕一人で『いえーい!』とか言い出したように見えてるんだろうか。頭のおかしい奴、って感じに見えているのだろうか。


 まあ、別に良いか。どう思われようが、どう見られようが、今更気にしても仕方ないしな。友達居ない人だー、って見られていたころよりはマシだろ。


 フウチが唐揚げを休むのなら、僕もたまには被害妄想をお休みしようではないか。


 てかポテトをシェアするって、なんか良いな。


 ぼっちだった頃には、誰かとシェアするどころか、こうして誰かとファミレスにすら入店しなかったからな。ファミレスなんて、しぃるとしか来たことなかったくらいだし。


『私、ファミレス入ったの二回目なの』


「そうなのか? まあ僕も大した回数来たことないけど」


『こないだ無鳥さんたちと来たのが初めてで、今日が二回目!』


「ファミレスって、なんか良いよな」


『うん! 私も好き!』


 それがファミレスに対して書かれた言葉じゃなくて、僕に対して書かれた言葉ならなあ、とか思ってしまう。


「さて。次はなに食う?」


 もはや、僕に対して書かれたわけでもないのに、『好き』と書かれただけで、顔が暑くなったのを確認した僕は、メニューを開き誤魔化した。


『んー。どうしよう……』


「メニュー豊富だと迷うよなー」


 僕も優柔不断だから、その気持ちは良くわかる。ファミレスってメニューが多過ぎだよな。


 カレーとかハンバーグとかグラタンとか。


 ファミレス行けば、だいたいのメニュー食えるんじゃねえのか? ピザとかもあるし。


 散々悩んだ挙句あげく、僕はシーフードドリア。フウチはキノコのクリームパスタを選んだ。


 メニューの注文は、僕の担当だ。さすがにコミュ症の僕でも、注文くらいは出来るからな。それに、筆談で注文されても店員さんも驚くだろうし。こういうところくらいは、頼りになるアピールをしたいお年頃の僕が注文する。


 次のドリンクバーに向かう頃には、それぞれのメニューが揃い、僕たちは食べ始めた。


 半分くらい食べると、なんとなく。フウチがこちらを見ている気がしたので顔を上げてみると、


『じい——————』


 と。書いて見ていた。だが残念ながら、僕を——ではなく、僕のシーフードドリアを。


「…………食う?」


 僕が言うと、ものすごく嬉しそうにうなずく。


 笑顔眩しい! キラキラしてて僕みたいな日陰者には眩しい笑顔!


「どうぞ」


 そんな風に、ドリアを向けると、フウチは、


『むむ〜』


 そう書いて、口を開いた。


 あーんの要求である。まじで? ここで?


 でも、このまま放置していたら、いつまでもあーんスタンバイ状態をキープするかもしれない。


 それは可愛いけれど、周りの目もある。


 こ、この場合……。スプーンはどうすれば良い?


 取り換えるべき? 横にある、新しいスプーンであーんのご要望にお応えすべきだろうか?


 わからない……。わからないけれど。


 ついつい下心で、僕は僕の使っていたスプーンで、そのままフウチの口にドリアを運んだ。


『もぐもぐもぐもぐもぐ』


 うおおおお…………。


 食べたああああ! 僕のスプーンからのあーんを受け入れて食べたああああ!


「……………………」


 なんか僕、馬鹿みたいだな……。


 てか今時、間接キスでここまで意識するやつ、なかなか居ないんじゃねえのか? 僕くらいじゃねえの、意識してるの……。


 現にフウチは、顔は赤いけれど普通に食ってるし。


 そんなに意識することじゃないんだろうな。でも、意識しちゃうんだよなあ……。悲しいぼっち時代の弊害へいがいか。ぼっち時代の悲しい遺産か……。


 僕がそう思っていると、フウチはパスタをくるくるして、僕に向けて来た。手はふさがっているので、無言ならぬ無字で、僕にパスタを向けた。


 まじすか……? 間接キスを意識しまくっているぼっち時代の悲しい遺産を抱え込んだこの僕に、このタイミングであーん返しとか、まじすか?


 しかもそのフォークに食いついて良いんすか?


 まじで良いんすか? レアリー?


「……………………」


 ごくり。いつまでもあーん返しのフォームを構えさせるのも申し訳ないので、僕は意を決して、フウチが差し出すパスタに食いついた。パク。もぐもぐ。


 ごくん——この瞬間、僕の体内にフウチ成分が取り込まれた。わあ! 


 僕の体内に確実にフウチの成分があ! わああ!


 人目がなければ、発狂して走り回って、喜びにむせび泣き、全力で身体を張ってきんじゃくやくをこれでもかと言うくらいに表現するところだが、残念ながらファミレスだし、どう考えても人目バリバリなので、テーブルの下でこっそりと。少し拳を握りしめるだけにしておいた。グッ!


『おいしい……?』


「うん……すごく」


 こう返すのが精一杯。このファミレスで、一番幸せなのは僕だ。間違いなく僕だろう。


 自信を持って、そう宣言できる気がした。


 人生最高のお昼は、どうやら今日。そんなお昼を過ごした僕だった。

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