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 さて。お昼を食べて、舞い上がっている僕だぜ!


 続きのドリアの味なんか、わからなくなったくらい、舞い上がっている僕なんだぜ!


 ファミレスランチを終えた僕たちは、いよいよ、買い物をスタートすることにした。ちなみにファミレスのお会計は高校生らしく、支払いは別々だ。


 店内の物色は、午前に済ませているので、あとはショッピングカートとカゴを準備して、いざ!


 買い物に出陣である! かちどきならぬ買いどきだ!


 昨晩作成した、買い物リストをフウチに渡して、目的のコーナーを過ぎそうになったら、僕のそでを引いてくれる。そでつままれることには、相変わらずときめいている。


 そんな風にときめきつつもカートを押していると、クイっと。袖を引かれた。


『お好み焼きの粉はこちらでーす!』


「おっけー」


 優しく可愛いガイドさんに袖を引かれ、お好み焼きの粉をカゴへ。お得パックどころか、三キロのお好み焼きの粉である。ついでに妹に頼まれた、同じく三キロの小麦粉。でけえ……。


『次はこちらでーす』


 顔を赤く染めながらも、僕の目をしっかりと見て、タブレット端末を向けてくるガイドさん。


 なにこの銀髪ガイドさん本当にすごく可愛い。


 タブレットの文字よりも、どうしても瞳に目が惹かれてしまう。


 僕が照れながら次に案内されたコーナーで、焼きそばの麺をカゴに。お得パックの焼きそばよりも、麺だけの方が安く、ついでにソースも大容量のサラダ油くらいのサイズがあったので、それを買うことにしたのだ。


 ということで、麺とでかいソース。ついでにサラダ油をカゴへ。ドサドサ。


 そして、マヨネーズのコーナーへやってきた。


『おっきいやつだあ……』


 マヨラーがマヨラーの眼差しで、マヨネーズを見つめている。おっきいマヨネーズ。


 一キロって……。マヨネーズだけで一キロって。


 まあ、仕方ない。既に僕が押すカートの総重量は、十キロに迫る重さになったが、必要なのだから仕方あるまい。


『ちょっと寄り道しまーす』


「了解だよ」


 ちょっと寄り道、と。そんな風に案内されたのは、フウチの買いたいもの——つまり、メンマ、そしてたくあんのコーナーだ。


 まずはマヨネーズ売り場から近い、メンマの売り場へ。


 すげえな。メンマだけで何種類あるんだ、ってくらいメンマがずらー、っと、陳列されている。棚がメンマだらけ。しかも容器がみんなでかい。


 てか、メンマってこんなに種類あるのかよ。全部味とかが違ったりするのだろうか。あるいは歯応はごたえだろうか。


 僕には全然わからないけれど、フウチにはお気に入りのメンマがあるらしく、たくさん並ぶ中から、迷いなく容器に手を伸ばしていた。でもちょっと高いところにお目当てのメンマがあるので、伸ばした手が届かずに、背伸びしてプルプルしている。


 さすがに僕の方が身長があるので、プルプルしているフウチの横から、代わりに手を伸ばす。


「これで良いのか?」


『うん……ありがとう』


 頬を赤くして、嬉しそうにしやがって。


 もうだいぶ、僕の目を見てくれるようになって来たな。まだチラチラするときもあるが、たとえチラチラだろうとも、その視線を頂戴するたびに相変わらず僕は僕で、ドキドキしちゃうけれども、しかし悪い気はしない。というか、むしろ嬉しい。


「と、とりあえずカゴに入れておくよ」


『うん!』


 見つめられると、どうしても緊張してしまう。


 まあ、これはフウチに見つめられると——ではなく、コミュ症の僕は誰に見つめられようとも緊張はするのだろうが(無鳥と矢面としぃるは例外だが)、でも、たとえ緊張しようとも、目があって嬉しく思えるのは、フウチを相手にした時だけなんだよな。


 そんなことを考えながら、次のたくあんも回収して、フウチの買いたいものはコンプリートした。


 あとは——と。たくあん売り場から、ほど近い距離に見えたもので、僕は足を止めた。


『どうしたの?』


 フウチがタブレットに書き、向けている。


「いや、あのさ。ベーコンでよくね?」


 話す順番がおかしくなってしまった。発見したベーコン売り場を見て、つまり僕が言いたかったのは、


「お好み焼きも焼きそばも、わざわざ豚肉じゃなくてベーコンでよくね?」


 である。豚肉よりもコスパが良く、ついでに量の計算もしやすい。調理の際、適切な量を使いやすい。


『うん! ありだと思った!』


 買い物パートナーからの同意を頂戴したので、そのままベーコン売り場へ向かう。


 長さ六十センチのベーコンが、百枚。それが三パックセット。これで千五百円ほど。なんてコスパが良いんだ!


 とりあえず即カゴへ。このセットパックがあれば、文化祭は足りるだろう。まあ、どのくらいの集客が見込めるのか——それが完全に読めないので、はっきりとはわからないが、足りなくなったら、ベーコンくらいコンビニでも補充出来る。


 お好み焼きの片面には、カリッと焼いたベーコン。


 焼きそばには細切りにして、キャベツと混ぜれば完璧だろ。ベーコンへの信頼が最近上がったからな。絶対美味いはずだ!


 ベーコンを追加したところで、カゴの中を確認する。


 文化祭で使うものは、お好み焼きの粉。焼きそばの麺。ソース。サラダ油。マヨネーズ。ベーコン。


 僕の個人的な買い物が、小麦粉。


 フウチの買い物が、たくあんとメンマ。


「よし。あとはあれだけだな!」


『うん! 秘密兵器だね!』


「じゃあまた、ガイドさんよろしく」


『はいはーい。ではこちらになりまーす』


 秘密兵器——まあ、秘密兵器と言うほどのものではないが、それがあるだけで、調理工程はかなり楽になるだろう。


『ここでーす』


 と。フウチに案内されたその場所は、果たして、


『こちらがバケツ売り場になりまーす』


 果たしてバケツ売り場である。


 なにに使うのかと言えば、お好み焼きに使うのだ。もちろん、食材としてではなく、調理器具として。


 簡単に言ってしまえば、バケツに混ぜたお好み焼きの粉をストックしておき、すぐに焼ける状態で下準備しておくのだ。


 集客が読めない以上、めちゃくちゃ混む可能性も考慮して、それなりの枚数を一気に焼くだけ状態にしておけば、店の回転率も上がるだろう、って考えである。


 ということで、四角いふたつきバケツ(三リットル)をふたつ。


 これで、リストにある全てのものが揃ったぜ。


 あとはレジに向かい、お会計だ。前日、ばた先生から、一万円を文化祭資金として渡されているので(結局、部員の負担を先生が払ってくれた形だ)、それで購入した。もちろん、自分のものは、レシートを別にしてもらい、フウチはフウチで、自分でレジに並んでお支払いを済ませていた(ちゃっかり、スマホ決済の使い手だった……現代人だ……)。てか、レシートを別にしてもらうの緊張したぜ。


 コスパの良い値段だったので、お釣りで文化祭数日前にキャベツを買って、量が必要なさそうなかつお節と青のりは、スーパーで。あとは万が一のなにかしらが足りなくなった場合にも対応できそうな金額が残った(五千円くらい)。


 帰り道は、ちょっと荷物の重さがしんどかったけれど、電車も空いていたので座ることが出来たし、買ったものは全部バケツに入れて持ち運び出来たので、そこまでではなかった。


 まあ、フウチが買ったたくあんがバケツからはみ出していたけれど。でも、僕が持たないと会話ができなくなるからな。


 会話ができなくなるのは、嫌だったのだ。


 重いほうがマシだと思い、僕が持つことにしたのだ。


 そのままフウチの家まで、送る口実にもなるしな。ふふ。計算高いぜ僕。


 二人で並んで歩き、フウチの家がもうすぐ見える。あと少しでこの楽しい今日が終わっちゃうのか——と。そう思うと寂しくなる。


 もっと一緒にいたいなあ——と。考えながら歩く。二人並んで、歩く。当然ながら歩けばフウチの家が近づくわけで、とうとうフウチの家が見えてきてしまった。


「……ん?」


 フウチの家の前に、車が停止しているのが見えた僕は、思わずそんな声を漏らした。


 車——リムジン。いつもフウチの迎えに来るリムジンだ。


 フウチも僕と同じくらいのタイミングでリムジンに気づき、小走りでリムジンに向かって行った。


 追いかけようかとも思ったが、なにか話があるのかもしれないし、荷物を持って走るスタミナがない貧弱者なので、僕は僕のペースで後を追う。


 じいや(的な人?)と、フウチはどうやら一言二言のやりとりをしていたようで、僕が追いつく頃には、リムジンは去ってしまった。


 フウチの顔を見ると、少し落ち込んでいるようにも見えた。あるいは疲れただけかもしれないが。


「大丈夫か……?」


 なにかあったのか——と。そう聞けない自分の性格が本当に情けなく思う。


 僕が軽い自己嫌悪になっていると、フウチは、


『ううん。大丈夫……だよ!』


 と。僕に笑顔を見せた。若干、いつもより笑顔に元気がないようにも見えるが、やっぱり僕は深入りしようとせず——そうか、と。小さくうなずく。


『ねえ……詩色くん?』


「なんだ?」


『文化祭……最高の思い出にしよう……ね?』


「もちろんだ」


 僕は言いながらバケツを置き、フウチの頭に手を乗せる。優しく頭を撫でると、いつもの表情に戻ったフウチ。いつもの恥ずかしそうで、でも嬉しそうな顔を僕に見せてくれた。


 そのまま、しばらく頭を撫でて、フウチの荷物を渡して、僕は帰宅路につく。


 最後に、また学校でな——と。そう言って、帰宅路につく僕。


 しばらく歩いてから、振り向くと、まだフウチは立っていた。どうやら僕が見えなくなるまで見送りをしてくれるようだ。


 振り向きついでにバケツを置き、大きく手を振ると、フウチも同じく手を振ってくれた。


 名残惜しい気持ちはあるけれど、僕は家に帰る。


 帰り道——ふと、思った。


「最高の思い出にしよう……か」


 思い出。そんな言い方されると、不安を感じてしまう——だって。


 そんな言い方されたらまるで——フウチがどこかに行ってしまうみたいじゃねえか。


 そんなのは、嫌だ。


「絶対、嫌だな……そんなの」


 だけど、もしそうなった場合、果たして僕はどんな行動が出来るのだろう?


 チキンの僕は嫌だと思うだけで——思うだけで終わってしまうのかもしれない。


 わからない。僕が動くのか。果たして動けるのか——僕でもわからない。


 まるで確定したかのように考えてしまったが、フウチがどこかに行く——と。そう決まったわけじゃあないのだ。ならば心配しても仕方ないだろう。まず持って、僕がやらねばならないのは、当面ことだ。目の前のこと。


 文化祭を楽しむこと。


 フウチと——筆談部と。


 楽しい文化祭を過ごせるように、僕は専念しようではないか。

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