文化祭に向けて!

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 文化祭というものがある。


 文化祭——それは学生ならではのイベントであり、ともすれば学生生活において、もっとも盛り上がるイベントと言えるのかもしれない。が、それは人付き合いがそれなりに出来る人が文化祭にのぞむ場合であり、僕みたいなコミュニケーション能力にいちじるしく欠ける人間にとって、文化祭なんて行事は、いっそこと世界からほろびれば良いのに——とさえ思える行事であり、なんなら当日風邪を引く(引いたことないけど)予定にしているくらいなのだが、しかし人付き合いが苦手ではない人間には、とても待ち遠しく、楽しみなイベントのひとつであると言えよう。


 六月中旬。


 文化祭は七月の頭なので、約二週間後には、文化祭当日である。


「絶対、お店だよ! だって儲けは部費として使えるんでしょ!? ならお店しか考えられないっしょ!」


 六月中旬の放課後。部活の時間。


 僕たち筆談部のメンバーは、文化祭に向けた出しものの話し合いをしている。文化祭に向けたディスカッションの最中である。この学校は進学校なので、受験シーズンの三年生の参加がなく、文化祭は二年生がメインに盛り上がるイベントなのだ。就職希望の三年生も、就活に時間をついやす時期なので、不参加である。


 今、とりが発言したように、出しものをお店にした場合、儲けは部費として活用することが認められているのだ。もともと部費が存在しない我らが筆談部にとって、部費を得る絶好のチャンスなのだが、しかし。


「いや、それは難しいだろ」


 それが僕の率直な意見である。


 もちろん、僕も部費を得ることが出来るメリットは、理解している。部費があれば、部内に必要なもの(たとえば、電子辞書など)を購入出来るやもしれない。


 だが、そのメリットよりも、まず持って考えなければならないのは、部員の構成である。


 現在の部員数は、僕を含め四人。


 部長の僕——葉沼はぬま詩色しいろ


 副部長の——無鳥るうる。


 部員——晴後はれのちフウチ。


 同じく部員——矢面やおもて仁尾にお


 以上の四名が、我らが筆談部のメンバーである。なぜ僕が、この構成を問題だと思っているのか——それはすなわち、僕とフウチが圧倒的にコミュニケーション能力が低いこと。それをこうりょした結果、お店は難しい——と、そう判断せざるを得ないのだ。


 お店を開くということは、少なからず、コミュニケーションは不可欠だろう。その不可欠なコミュニケーションが、僕とフウチは絶望的に苦手なのだ。


 フウチはここ最近、朝のコンタクトも授業の合間のメガネも外し、視線が苦手問題と向き合っているのだが——どう考えても特に僕が問題だ。もう、自分でも自負するくらい、コミュニケーション能力が絶望なのだ。知らない人と話すなら、どんな目で見られようともネコに話し掛ける方がマシ——とさえ思えるほど、僕はコミュ症である。


 無論むろん、僕だけの意見、もといわがままを貫くなんてことは難しい。なので、それとなく反対しつつ、店を開くなら、どのような店を開くのか。それとなーく話を広げつつ、やんわりと反対することにした。


「仮に店を出すにして、どんな店を開くつもりなんだ?」


「んー。やっぱり定番はメイド喫茶とか?」


「しかしそれだと、僕の役割はなくなるけど?」


「あんたもやれば良いじゃん?」


「やだよ! 全力で嫌がるよ!」


 嫌がっている僕だが、しかしメイド喫茶ということは、フウチのメイド姿を見れるということでもあり、僕の心の天秤てんびんは早速、結構揺さぶられている。シーソーみたいに行ったり来たり状態である(ぎーこぎーこ、だ)。


「詩色先輩のメイド姿とか、笑っちゃいますね」


 矢面が言った。そう言ったくせに、全然笑っていない。むしろ無表情とさえ感じる。というか棒読みだった(僕と話すとき、もはやこいつは心をロストする)。


「ちなみに矢面は、なにかやりたい出しものとかないのか?」


「ぼくは無鳥先輩と同じでーす!」


 無表情を笑顔に即チェンジした矢面は、そう言いながら、無鳥にくっつく。


「良い子良い子。仁尾ちゃん良い子ー!」


「えっへへへへへ〜」


 ダメなやつに意見を求めてしまったぜ感は否めない。矢面が無鳥に賛同することなど、確認するまでもなかったのだろう。


「フウチはどうだ? なにかやりたい出しものあるか?」


『う、うーん……私もメイドさんやってみたい……かも』


 まさかの裏切りである。まさかまさかである。


 僕的に、フウチは完全に僕側(コミュ症側)だと、思っていたのに……。


「ほら! フーちゃんだってその気じゃーん!」


 無鳥が言った。味方を見つけるスピードが速い。勉強は出来ない癖に、こういう場面では頭の回転が速い馬鹿だった。まあ、だからこそ友達が多いのかもしれないが……。


「本当にやりたいのか? フウチ?」


 無鳥に合わせている可能性もあるので、僕は再度フウチに確認する。


『うん! だってメイド服、着たい!』


 僕はフウチのメイド服だけを見たい!


 おっといけねえ。危うく、本音を暴露しそうになった。危ねえ危ねえ。


「でも、メイド喫茶はなあ……」


 と、渋る僕。フウチのメイド服はどう考えても見たいけれど、でもなあ。そもそもフウチに接客なんて出来るのだろうか……。いや、筆談だろうとも会話が成立する以上、出来ないことはないのだろうけれど。でもなあ。


 というか、もはや僕が賛成しない理由としては、僕がコミュ症だから——という理由よりも、フウチのメイド服姿を来店した野郎どもに見せたくない、という気持ちが強くなっている。


 僕だけが見たい——なんて、わがまま過ぎるとは思うけれど。どんな立場から、そんな独占が許されると思ってんだ僕は。


「でもフー先輩、接客出来るんすか?」


 矢面が言った。なかなか僕からは言えない質問だが、フウチを軽く敵視している矢面は(無鳥と仲良しなフウチに敵対意識があるようだ)、半目でフウチに問い掛けた。


『が……がんばる!』


「へえ、がんばるんすか。なら良いんじゃないんすか?」


 どうなんすか詩色先輩——と。僕に話を振る矢面。フウチに対しては半目だが、僕に対してはもはや、自慢のツインテールを指でくるくるしながら、もう僕を見ることすらもない失礼な後輩からの言葉に、僕は、


「……わかったよ」


 と。折れた。だが、単に折れたわけではない。


 もちろん、僕がメイドをやるつもりもない。


「女子陣は、メイド服を着ることには反対しないが、喫茶店という部分は変えようぜ?」


 僕なりの交渉術である。ひとつの提案を呑むかわりに、僕の提案も受け入れて欲しい——と。そんな思惑での提案である。まさか日頃妹相手に使っている交渉術が、こんなところで活躍の場があるとは、思っていなかったぜ。


「喫茶店じゃなきゃ、なに店にするのさ? コーヒーショップ?」


 と、無鳥。


「いやそれは喫茶店だろ……」


 というか、それが喫茶店だろ。さすが僕の親友は馬鹿だった。


『じゃあなに屋さん? お寿司?』


 と、フウチ。


「握れねえだろ? 誰か一人でも、寿司を握るスキル持ってるやついるのか……?」


『私、海苔巻きなら!』


「手巻き寿司か。たしかにそれなら誰でも出来そうだけれど、でもなフウチ。いくら手巻き寿司が可能だろうと、材料費がかかると無理だぞ?」


 材料費の負担は、部員が出すのだ。


 刺身とか用意するのは、さすがにコストが高くつく。


「しかも、どのくらいの集客が望めるかも未定だ。コストが高過ぎたら、部費として使える稼ぎも減ることになる」


『そっかあ。じゃあ、どうしよう……?』


「そこで提案だが、鉄板焼きはどうだ?」


 鉄板焼き。それなら、コストも抑えられて、なおかつそれなりのお客を望めるだろう。最初から僕は、儲けが部費として使える場合、ならばどうせ無鳥は、儲けようと言ってくることを予想していた。なので、あらかじめ九旗くばた先生に確認を取り、鉄板焼きの鉄板があるか確認済みなのだ。九旗先生からは、数年前の文化祭で使用した鉄板焼きの道具があるらしく、今年の文化祭で使うところがないようなので、借りることが可能だ——と、返事を頂戴している。


 さらに鉄板焼きならば、最低限のコストで済む。


 鉄板に使うガス。そして食材だけである。


 その食材も、メニューを二種類にすることで、かなりコスト削減することが可能だろう。


「で? 鉄板焼きにするとして、何を焼くの? 詩色」


「それはな無鳥。お好み焼きと焼きそばしかないだろ」


 ここまで来れば、後は交渉をクロージングするだけだ。つまり僕は、どうせ無鳥が接客系を提案してくるだろうとあらかじめ予想し、そしてその提案に、矢面は乗る。フウチはどちらに転ぶかわからない状態だったが、どちらに転んでも良いように、答えを準備していたのだ。


 賢いぜ、僕。アドリブは苦手でも、用意していればどうにかできるのだ。


「簡単に言えば、僕が鉄板焼きの調理を担当する。接客は無鳥、フウチ、矢面に任せる。それでどうだろうか?」


 苦手な接客を僕は何としても回避するぜ。


 この提案なら、無鳥も文句はあるまい。


「なるほど。でも詩色。あんた鉄板焼きなんて出来るの?」


「そこは任せろ無鳥。その辺の心配はいらないぜ。なにせ家でホットプレートを使う日は、僕の日だからな。僕の独壇場だからな」


 嘘ではない。家でホットプレートを使って焼肉とかお好み焼きをやる日は、妹ではなく、僕が主導権を握っているのだ。僕の特技はお好み焼きをひっくり返すことなのだ。


「なら良いんじゃない? あたしはそれで良いよー」


『うん! 私も!』


「無鳥先輩が良いなら、ぼくも賛成でーす!」


「なら、鉄板焼きってことで決まりだな」


 僕が言うと、三人はこくり、と。小さくうなずいた。


「あと、必要な材料費は割り勘になるけど良いか? もちろん、儲けが出たら、そこから材料費だけは各自分担するが、初期コストは割り勘で良い?」


 僕がそう言うと、全員同意した。


「じゃあ、一人当たりの金額は、僕が計算しておくよ。そんなにかからないと思うけど、一人当たり二千円くらいは考えておいてくれ」


 なにせ部員が四人だからな。


 多ければ割り勘の一人当たりの金額も減るのだが、四人ではざっくりと、このくらいだろう。


「よし。じゃあこれで、文化祭の出しものミーティングを終わりにするぜ」


 解散——と。本日の部活動は、これにて終了である。


「じゃああたしたちは、メイド服をどうするか話し合おっか。まだ時間も早いし、ファミレスでも行って話し合おうよ!」


「はーい! ぼく行きまーす!」


「フーちゃんは平気?」


『うん! まだ平気だよっ!』


 無鳥の意見に賛成した女子たちは、そのまま視聴覚室を出て、ファミレスに向かった。


 僕はとりあえず、コストの計算でもするか。誘われなかったし。メイド服の話し合いに参加するのもなかなか難しいので、誘われても困る気がするから、悲しくはない。


 強がりじゃない! 念のため。


 と。僕がそんなことを思いながら、必要な食材リストを書き出し、コストを計算していると、フウチが戻ってきた。


「どうした? 忘れ物か?」


 僕の問い掛けに、フウチは、


『……うん。忘れ物……だよ』


 と。恥ずかしそうに僕をチラッと見て、そして僕の側にてくてく——と、歩いてくる。僕の目の前で停止して、フウチは、中腰になった。


『最近……されてないんだもん……』


 そう書いたタブレットを僕に向け、上目遣いのコンボだ。


「お、おう……じゃあ……」


 言いながら、僕はフウチの頭に手を乗せる。優しく頭を撫でると、頬をより一層に赤く染め、嬉しそうな表情を見せてくれる。


「フーちゃん! 置いてっちゃうよー?」


 無鳥からのそんな声が、廊下から聞こえた。


『じゃあ、行ってくるね……』


「うん。いってらっしゃい」


 僕が言うと、フウチは小走りで視聴覚室から退室した。


 お見舞いに行ってから、フウチは結構甘えてくるのだ。それに対して、僕はデレデレである。


 誰も居ない視聴覚室で、ひたすらにニヤニヤしながら、僕は計算を始めるのだった。

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