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『そ、そういえば詩色くん。なにかお買い物してきたの?』
僕に頭を撫でられながら、フウチはタブレット端末にそう書いた。顔は真っ赤だけど、僕の目をチラチラッ、と。気にしながら。見ながら。
「あ、ああ、うん」
対する僕もこんなである。ずっと顔面灼熱。
きっと僕も顔真っ赤だろう。チラチラ見られると、その
僕は、名残惜しい気持ちはあるが(名残惜しい気持ちバリバリだが)、フウチの頭から手を離し、買ってきた袋からタブレット端末を取り出して、フウチに見せる。
「これ、買ってきたんだ……」
果たして、自分のタブレット端末の色違いを見せられたフウチが、どのようなリアクションをしてくるのか——小心者でビビリの僕は内心、引かれないだろうか、ドン引きされないだろうか、と。相変わらずの小物っぷりを発揮していると、フウチは、
『お、お……おお! 私のと同じやつだあ!』
そう書いてから、両手を大きく上げたり下げたりしていた。なんだろうか。選挙で当選した後のバンザイみたいなアクションである。というかバンザイである。
『お揃いだあ! わーい!』
ふう——と。そのリアクションを見た僕は、どうやら引かれなかったようだ、と。心底安堵の息を漏らし、安心をした。良かったあ……。
「……引かれるかと思ったよ」
『ん? なんでなんで?』
「だって、勝手にお揃いとかされたら嫌かなあ? って思ってたから……」
『そんなわけないよっ! 嬉しい! はいふぁーいぶ!』
書いたその手で、フウチは手を出して来たので、僕も「はいふぁーいぶ!」と。出された手に、ハイタッチ。
『いえーい!』
「
『おお! やったー! わーい!』
本当に嬉しそうだ。その笑顔を見れただけでも、タブレット端末を妹におねだりした
「そうだ。せっかくだから聞くけどフウチ。どうせなら、タブレット端末を使った遊びを考えたいんだけれど、なにかあったりするか?」
筆談部の部長として、僕はきちんと活動しようとしている。結構真面目なのだ、僕。良い機会だろうし、タブレット端末の先輩から、アドバイスを頂戴することにしようではないか。冷静になるついでに、って感じだが。
『んー。じゃあ、こういうのはどうかな?』
と。僕の言葉を聞いたフウチは、タブレットにそう書いてから、続けて、
『朝起きて、鞄を履いて、靴を背負って出掛ける』
と、そう書いたタブレットを僕に五秒ほど見せて、隠した。
「もしかして、間違い探しか?」
『そー! さっすがあ!』
「なるほど。それは結構面白いな」
間違い探し。そのままの通りで、間違い探しである。
さっきのフウチが書いた文章には、見てわかる通り、間違いが含まれているのだ。練習問題みたいなもので、今回は簡単なものだが、一応答え合わせをすると、次のようになる。
フウチが書いた文章が——『朝起きて、鞄を履いて、靴を背負って出掛ける』だった。
一瞬だけだと見落としてしまうかもしれないが、よく見ると、言わずもがな。だろう。
鞄と靴が逆になっているのだ。
この文章だと、カバンを履いて、クツを背負うことになる。とんでもねえ変人のバースデーだ。
なるほど。このように、
ふむふむ。今考えるのは難しいが、探せば結構バリエーションは豊富だろう。帰ったら漢字を探して、早速僕も制作に乗り出そう。
「よし、それ採用」
『いえーい!』
「他にもなにかあるか? あるなら聞きたいんだけど」
『うーん……。犯人当て!』
「なんだそれ?」
『えとね……説明が難しいなあ……。上手く整理出来たら、部活でやってみようよ?』
「確かに、それが一番わかりやすいのかもな」
『うん!』
「それにしても、もしかしてフウチ。タブレットを使った遊びを考えるの得意だったりするのか?」
『得意と言うか、いつかお友達とやってみたいなあ、って。ぼんやりと考えてたの』
「じゃあそれ。どんどん部活でやろうぜ」
『わーい! やったあ! 楽しみ!』
「部員も増えたし、遊びのバリエーションも増やしていきたいからな」
『あ、でも。その進入部員の人、タブレット持ってるかなあ?』
「んー。持ってなくても、あの後輩ならすぐ買うと思うぞ」
おそらく無鳥と同じやつ。僕と思考がそっくりだけれど、
『みんなお揃いかあ……えへへ』
本当に嬉しそうに笑うなあ。
筆談メインのフウチは、人とのコミュニケーションに飢えていたのかもしれない。会話が可能だと言っても、なかなか筆談で会話をし続けるのも難しかったりするのだろうな。
でも——どうしてなんだろうか。どうしてフウチは筆談なのだろうか。今更ながらの遅まきな疑問かもしれないが。
だが、中学生の時——初めてフウチと会ったとき。
あの時のフウチは——声を出していた。
僕がナンパしていたやつを怒鳴り散らして、そのナンパ男が立ち去ってから、あの時のフウチは僕に言ったのだ。もちろん、筆談ではなく、声で。音声で。
片言だったけど、よく覚えている。
ありがとざます——と。片言で僕に言ってきたのだから。あの時の声を僕は良く覚えている。
だって印象が強いからな。ありがとざます、って。そりゃあ忘れねえだろ。片言じゃあなかったら、どこのセレブだって思ってしまうぜ。
それに対して、僕は格好をつけ——また何かある前に、ひとまずここから離れた方がいいぜ。とか言ったっけなあ。我ながらいい格好しいだな。コミュ症のくせに。まあ、声が裏返った記憶があるが……。
おそらく、フウチが休学した理由と、筆談になった理由は、なにか関係があるのだろう。
たぶんそれが、
なら、それに関しては、今の僕にどう訊ねれば良いのかわからない。そもそも、訊ねて良いことなのかもわからない。
共通点——とも言ってたか。九旗先生は。
果たして僕とフウチの共通点とは、なんのことだろうか。現状では、ぼっちだったくらいしか思い浮かばない。
まあ、それもいずれ——訊く時が来るのかもしれない。
あるいは、僕から訊かずとも、フウチから話してくれることがあるかもしれない。チキンの僕的には、話してくれるのを待つことになりそうだが。
どちらにせよ、今焦って訊く話でもあるまい。
まだまだ、これからも部活とかあるしな。
僕がそんなことを考えていると、フウチは急に立ち上がり、小物入れサイズの引き出しから何かを取り出し、取り出した何かに、何かを書き出した。
『どーぞ』
と。僕に渡して来たのは、果たして、
「お名前シール……」
だった。幼稚園児とか、小学生が筆箱などの持ち物に貼るようなシール。お名前シール。
『みんなお揃いだと、わからなくなるかもしれないでしょ?』
渡されたお名前シールには、平仮名で僕の名前。『しいろ』と。フウチの可愛い直筆の僕の名前入りのシール。
シールを受け取った僕は、自分のタブレットの後ろに、お名前シールを貼った。
なんか地味に恥ずかしいな——と、そう思っていると、フウチからペンと新しいお名前シールを渡される僕。
『私の名前は、詩色くんが書いて?』
「了解だよ」
受け取った名前シールに、僕もフウチの名前を書く。フウチが僕の名前を平仮名で書いたので、僕も同じく平仮名で、『ふうち』——と。なんだか平仮名で書くと、より一層、可愛い名前に見えてしまう。平仮名の魔法である。
僕が書いたそのシールを、フウチも自分のタブレットに貼った。僕と同じように、裏側に。
『これで私たち、お揃い……だね』
そう書いたタブレット端末を、抱きしめるように持ち、フウチは照れ臭そうに笑った。
「お揃いだな」
僕が言うと、フウチは、無言のまま——チラチラと僕を見て、嬉しそうにハニカム。
くそう。可愛いなあ。僕が行動力のある人間なら、今すぐにでも抱きしめたいくらいだ。
チキンの僕はその笑顔を、顔面が熱くなるのを感じつつ、ニヤニヤを
その後は、しばらくタブレットで筆談をしたりして結構遊んで——そろそろ日も沈む時間である。
残った唐揚げは、タッパーに移して。
いよいよ、帰宅する時間だ。
名残惜しい気持ちはあるが、さすがに泊まり込むわけにもいかないし、なによりお見舞いでここまで長居したこと自体、マナーとしては悪いだろう。
「長居して悪かったな」
玄関で靴を履きながら、僕はフウチに言った。
『ううん。来てくれて嬉しかった! 楽しかった!』
「そっか。そう言ってくれると、僕も嬉しいよ。僕も楽しかったよ」
『また学校で……ね?』
「うん。また学校で。お隣でな」
『うん! 今日はありがとう!』
「どういたしまして」
こうやって返すことが先生からの教えだったか——と、そんなことを思いながら、僕は玄関を開けた。
「お邪魔しました」
『ちょっと待って……』
と。玄関を閉めようとすると、フウチはそう書き、僕の近くへ。
「どうした?」
僕が言うと、フウチは、恥ずかしそうに僕を見上げながら、ドアノブを掴んでいない方の僕の手を両手で持ち上げ、自分の頭に乗せた。
「……甘えん坊さんだな」
僕は小さく呟き、彼女の頭を撫でる。
なんだかネコみたい。恥ずかしそうな顔してるくせに、甘えてくるのが、とても可愛くて。より一層、帰るのが名残惜しい気持ちでいっぱいになる。
まあ、本当に帰らなかったら、僕は僕で朝まで生きていられる自信がない。たぶん心臓発作とかで死ぬ気がする……。
いつまでドキドキするんだ、ってくらいに。今も高鳴る鼓動を感じながら、僕はゆっくりと。優しく頭を撫でた。
「頭撫でられるの好きなのか?」
ふと訊ねた僕の言葉に、フウチは、
『詩色くんの撫で撫では……安心する』
と。やっぱり顔を赤くして、書いた。
『で、でも! みんなの前でされたら恥ずかしいからだめ! あと、みんなには内緒!』
「わかったよ。僕もフウチに勝るとも劣らない恥ずかしがり屋だからな。今もたぶん、顔真っ赤だろ、僕?」
『……うん。私も……そう?』
「真っ赤だな」
『お揃い……だね』
「ああ、お揃いだな」
『あのね……?』
「なんだ?」
『みんなの前じゃなければ、いつでも撫で撫でしても……良い……よ?』
「わかった。じゃあみんなの前じゃないときは、僕はフウチの頭を撫でさせてもらうよ」
まったく。どれだけ僕を萌えさせるつもりなんだよ。このお姉さんは。
そんな風に思いながら、やっぱり名残惜しい気持ちを胸に秘めつつ、またな——と。そう言ってから、僕は帰宅路に着く。
それにしても、やはり気になってしまう。
果たしてフウチが喋らなくなった理由。
あるいは、喋れなくなった理由——だろうか。
声を出さないのではなく、出せない可能性もある。
僕とフウチの共通点というのも、気にならないと言えば、もちろん嘘になる。
いつか、知る日がくるのだろうか——と。知りたいけれど、知るのが怖い気持ちは隠せない。それを知って、僕になにかしてやれるのか。なにも出来なかったら、チカラになれなかったら、と。そう思うと怖くなってしまう。ビビってしまう。
でも、今日は本当に楽しかった。
手のひらに残る、フウチの頭の温もりを思い出しつつ、すっかりと日が沈んだ帰り道を、ニヤニヤしながら歩く僕だった。
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