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はるか
僕が(精神的に)ドロドロになっている間にも、フウチは唐揚げを食べている。重箱なので、当然のように二段なのだが、上の段は普通の唐揚げ。下の段は、たぶん風邪を引いたフウチのために、レモンが一個丸々とやっぱり唐揚げだった。おそらくビタミンを補給させようとしたのだろうけれど、唐揚げ以外の選択肢はなかったのか、と。思いたくなる。
あと、レモンを丸々一個そのまま入れるのは、どうかと思うが。カットしてくれても良いんじゃねえか、って思っちゃうけれども。
そして今更だけれど、作りすぎだろ。二段の重箱に、二段とも唐揚げとか。何個揚げたんだよ僕の妹……。あとすげえ食ってるし。もはやマスクを完全に外して食ってるくらいだし。
レモンを発見したフウチは、キッチンに向かい、レモンをカットして来た。ついでに取り皿二枚と、マヨネーズも。どうやら必然的に、あーんタイムは終了したようである(ガッカリ)。
「やっぱり、唐揚げにはマヨネーズは欠かせない存在なのか?」
『ううん。そうでもないよ。しぃるさんの唐揚げは、そのままでも美味しいやつ! マヨネーズを持ってきたのは、単に私がマヨネーズが好きだから……だよ!』
「じゃあ四位はマヨネーズか?」
『バレたか……さては心を読んだなあ!?』
「ふっふっふ。まあな」
全然読めていないけれど、僕は謎の笑みとともにそう言った。
『うう……えっち』
えっちって書かれた。
なぜかキュンとした。
えっちと書かれて、キュンとしている僕がいた。どう考えても不名誉な称号だと思うけれど、すげえときめいてしまった。本当は調子に乗って、『僕の前では、フウチの心は丸裸だぜ。すっぽんぽんのハートを一気読みしているぜ!』って、ギャグで言おうと思ったけれど、ときめきの衝撃で、言うタイミングを逃してしまった。言った後に確実に後悔するやつだと思うから、タイミングを逃した後悔はない。むしろ安心するくらいである。
「まあ、本当に読めていたら、もっと早くにマヨネーズ好きってことを見抜くだろ」
結局、そんなコメントしか言えない僕は、やはりコメディアンには向かないだろう。コメディアンなら、言うタイミングを逃していようとも言っただろうし、あるいはもっと面白いコメントを探すだろうし。反省反省。いやまあ、別に僕、コメディアンを目指しているわけじゃあないんだけれど……。
なぜ反省しているのかもわからない(本当に)。
『日本のマヨネーズって、すごいんだよ!』
「え? そうなの? 味が?」
『味もだけど、この容器がすごいの!』
「それそんなにすごいのか?」
僕からすれば、生まれたときからその容器だから、いまいち凄さがわからない。というか、その容器でしかマヨネーズをほとんど見たことがない。あとはお弁当サイズの使い切りのやつしか見たことがない。
『海外だとね? マヨネーズはほとんど瓶詰めなの。使うぶんを、スプーンでお皿に取るんだけれど、なかなか保存には向かないの。それは酸化しちゃうからなんだけど、でもね! この容器は酸化も防いでくれるし、それに使いたいぶんだけ、すぐ使えるでしょ! これは天才的なアイディアだよ! アメイジングだよ! 瓶よりゴミ捨てが楽なのも素晴らしいんだよっ!』
「マヨネーズに詳しい!」
『えっへん!』
マヨネーズに詳しいというか、容器に詳しいな。酸化防止能力の高さとか、意識したことなかったぞ僕。てか海外でマヨネーズが瓶だと言うことすら、今知ったくらいなんだけど。
海外か。ふとそんなワードが出たけれど、たぶんフウチは、海外での生活が長かったんだろうな。改めて部屋を見渡すと、日本的なグッズがちらほらある。赤べことか、小さい
「日本が好きなんだな、フウチ」
『うん! だって……』
「だって?」
『ううん、やっぱりなんでもないよ!』
「日本人の僕としては、嬉しく思うよ。日本を勝手に代表して、お礼を言いたくなるくらいだよ。むしろ言っておくよ。ありがとう」
『えへへ』
可愛い。サングラスしてても可愛いもんは可愛い。
「そういえば、メガネ壊れて平気か? ないと困るんじゃないのか?」
『……うん。困る』
「だよなあ」
視線が苦手なフウチには、欠かせないアイテムだもんな、あのメガネ。僕が瞬時に修復できる異能力でも持っていれば、修復してやれるのだが。残念ながら無能力な僕なので、それは無理である。
『でもね。いつまでもそれだとダメ……だよね』
「視線が苦手なことがか?」
『それもあるけど、目を見てお話しなきゃ、って』
「んー。それは確かに大事なのかもしれないけれど、でも、必ずしも必要なのかと言われると、僕は違う気がするんだよなあ」
『そーなの? どうして?』
「なにか本当に伝えたいことがある時なら、それは必要だろうけれど、雑談とかならそうでもないだろ? たとえば就職面接とか、そういう場面だけ、頑張れば良いと思ってるからな、僕」
僕も人の目を見て話すことが得意じゃあないし。そもそも人との会話が苦手なのだから。
午前中の美容室での僕なんて、それが丸出しだっただろうし。
『なるほどー。詩色くんも苦手なんだね』
「僕の場合は目を見る以前に、コミュニケーション能力の低さをどうにかすべきだろうけどな」
『でも……私に話し掛けてくれたよ?』
「かなりぎこちない感じだっただろ……思い出すと恥ずかしいくらいだ……」
『嬉しかった!』
「なら、ぎこちないあの日の僕も満足だよ」
『今日さ? 詩色くん。いつもと違う……よね?』
「そうか? いつもこんなだぜ?」
嘘である。
服は新品だし、美容室に行ってヘアースタイルまでカットとセットをしてもらっている。完全なる嘘である。どこが『いつもこんなだぜ?』なのか。いつもの自分自身を知らなすぎなのか、あるいは、恥ずかしいからそう返したのか。もしくは詐欺師としての才能に目覚めたのか。
それとも——気づいて欲しいから。だろうか。
なんだか最後のは乙女チックな願望だが。まあ、気づいて欲しい感は否めない。詐欺師は絶対にないとして(顔に出る時点で才能のカケラもないと思う。もしあっても捨てるが)。
『違うよ。いつもと違う』
「…………変かな?」
『良いって……思った』
良いと思われたああああああああ!
ありがとうしぃる! お前のおかげで今日の僕は、良いと思われたぞ! イイねを押されたぞ! サンキュー妹よ大好きだ!
「…………ありがとう」
照れるー。照れる照れるー。マジ照れるー。
「でも、良く僕の変化に気づいたな」
ほとんど僕を見ていない感じだったけれど、それでも気づけるくらい、今日の僕がいつもと違っていた——ということだろうか。
『実はね……サングラスのおかげ』
「サングラス?」
『うん……これしてるから、見ててもバレないかな、って。ほんとは、今も……ずっと見てるの』
「……………………」
体温の上昇を確認した。
顔はもう、焼けてる。焼け野原だと思う。
ずっと見てるの。って。ずっと見てたの?
うっそーん。見られていないと思っていたのは僕の勘違いで、ずっと見られていたの僕?
「どっひゃー! うっそーん!」
こうやっておちゃらけた発言で誤魔化さないと、気絶しそうなのだ。
『ほんと……だよ』
そう書いたフウチは、顔を持ち上げた。その顔に装着したサングラスの内部では、僕を見つめている——ということだろう。ミラーレンズなので、僕が見ても僕しか写っていないけど。
『ずるい……かな?』
「え? なにが……?」
『私だけ、目を隠して……ずるい?』
「ずるいって言ったら、どうするんだ?」
『がんばる……かも』
「じゃあ、ずるい」
そう書かれて、そう返した僕の方がずるいのかもしれない。だけど、ずるいって返したくて仕方なかったのだ。べつに本当にずるいと思っていたわけじゃあないけど。でも、そう返すことで、フウチがどう頑張るのか——知りたかった。あるいはストレートに、下心と言うべきか。
『…………わかった』
そう書いたフウチは、少し下を向いて——サングラスを外した。そしてゆっくりと。
ゆっくりゆっくり。赤く染まった頬で、顔を上げる。口はもう『〜〜〜』みたいな形で。
そのまま、まっすぐに。
僕を見つめた。
「……………………」
互いに無言。もともとフウチは無言だが、僕も無言。初めてまっすぐに見つめたその瞳は、とても綺麗で——全部が綺麗で。
およそ三秒。無言のまま見つめ合った。
「ふはっ!」
と。僕は吹き出してしまった。なにに笑ったのか——自分の馬鹿さに。だろう。ようやくわかった。
ようやく気づいた——なんだ。そういうことか。
だからか。だから
気づいた。今、気づいたよ。
「なんだ。そうか。そういうことか」
自分の馬鹿さに面白くなった僕は、そう言いながら、
「……久しぶり」
と。言った。久しぶり。果たしてこの言葉にフウチは、
『バレちゃった……かな?』
と。書いた。
「隠してたのか?」
『ううん。隠してるつもりじゃなかったの。でも、やっぱり怖いとは思ってた……でも気づいて欲しいなあ、とも思ってたの……覚えててくれたんだね、詩色くん』
「覚えてたよ。記憶力には自信があるからな。どうやら洞察力には欠けるけど」
中学三年の頃。無鳥がナンパされてる女の子を助けに行くのを止めて、僕が止めに行ったあの女の子。
沈黙の殺意と呼ばれていた僕が、沈黙を破ったと噂になっていたらしい、あの時の女の子。
果たして今、どうしているのかな——と。そんな風に思っていた自分がアホらしいよ。
だって——目の前に居るじゃねえか。
「でも、あの時は黒髪だったもんな」
『うん』
「ショートだったし」
『うん! そこまで覚えてるんだあ!』
「覚えてるよ」
だって、僕があの時止めに行ったのは、本当はナンパ行為ではなく。
ナンパされていて、困っていた——フウチの涙だったのだから。
我ながら、洞察力のなさに笑えてくるぜ。
全く。もう少し早く気づいてれば、フウチがどうして、クラスに急に現れたのか。
それに関しても、謎にするほどでもなかったんじゃねえか。なんてことはない。そこにはなんのトリックもない。
「心配はないよ、フウチ。不安はなくていい。僕はフウチがどんな存在でも、態度を改められるほど、器用じゃあないからな。今までと同じにさせてもらうよ」
おそらく無鳥もここまで気づいているのだろう。きっと、だから無鳥は、フウチが急に現れたことについて、フウチに聞かなかったのだろう。たく、僕に言わなかったのは、僕が自分で気づいた方が良いから——だろうな。惚れた相手のことくらい、自分で気づけよ、という親友からのメッセージみたいなものだろう。
『うん……』
ありがとう——と。フウチは口パクで、そう続けた。
フウチがなにに怖がっていたのか。それは、単純なことだ。
単純なことだが、確かに——先生が言ったように、先生の立場ではなかなか言えるものでもないことだと思う。
あの時の女の子——あの時のフウチを僕は、年上だと思った。間違いなくそう思った。教師の立場から言えないとは、わざわざ言う必要がないからである。
言う必要は、ないだろう。僕もそう思う。それを言わないことで、平穏無事に暮らせるのなら、それが一番だろうからな。言うリスクがあるのも事実だからな。
つまりフウチは——年上なのだ。
ここに居る、僕の目の前に居る彼女は、僕と同級生でありながら、年上なのだ。
それがわかった。気づいた。気づけた。
おそらくフウチは、高二に進級後、なにか事情があって休学していて、今年から復学した。その事情がなんなのかはわからないが。
だから急にクラスに現れたのだ。
僕があの時のフウチを年上に感じて、現在では同い年だと思い込んだことについては、簡単に説明できる——それは単に僕が育ったからである。
中学三年といえど、中学年から見た高校生と、高校生から見た高校生では、年齢以上に大人と子供に感じるものだ。そしてそれは、僕が高校生になったことで、年上に感じなくなっただけなのだ。
クラスのみんなが知らないのも無理はない。だって、入学と同時に休学した上級生を知ってる下級生なんて、普通居ないだろうしな。転校生でもないから、
「これからもフウチはフウチだよ」
きっと、心配だったんだろうな。自分が年上だとわかったら、どうなるのかわからなくて不安だったんだろうな。
「泣くなよ」
でも、勇気を出して、フウチの頭に手を置いた。
優しく頭を撫でると、フウチは恥ずかしそうにチラッと僕を見上げた。でも年上だと僕にバレたから複雑なのか、頬を膨らませたりして。
それがとても可愛くて、とてもとても——愛おしくて、本当に大好きだと。再認識した僕だった。
あるいは再々認識か。きっと中三のあの時から、僕は惹かれていたのだろう。そうでもなきゃ、僕が単なる人助けをするはずもないだろうし。たとえ泣いていたとしても、僕の性格なら見て見ぬ振りをしている可能性が高い。だってチキンだし。
甘えたがりで。可愛くて。それだけで僕は、こんなにもメロメロだと言うのに、更にそこにプラス要素で——実は年齢的にお姉さん属性持ちとか。
ああもう。参ったな。困ったな。ちくしょう。困ってしまうな。頭を抱えてしまうな。
だって——最高に萌えるじゃねえか。
好きが止まらなくて、本当に困ってしまうよ。
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