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 キャベツに豚肉、お好み焼きの粉。焼きそば。


 卵にソースとマヨネーズ。かつお節。


 青のりは……、まあ、歯につくリスクがあるから、少しで良いか。


 キャベツは、何玉くらいだろうか。千切りカットされてるやつよりも、ひと玉で購入した方が安いだろう。とりあえず、十玉として、足りなくなったら、近くのスーパーで買い足せばいいか。


 豚肉は、そうだな。豚肉に関しては、僕よりも妹の方が知識があるので、相談してみよう。卵も相談だな。というかキャベツも相談だな。じゃあほとんど相談だな。なんなら焼きそばも相談だな(僕は妹を頼り過ぎているきらいがある)。


 ソースとマヨネーズは、とりあえずふたつずつで良いだろう。足りなければ、これも買い足せる。かつお節も青のりも同じく。


 ざっくりだが、やはり一人当たり二千円ほどになりそうだな。豚肉や卵は、妹の買い出しについて行って、タイムセールを狙えば安く済むと思われるので、上手く行けば二千円もかからないかもしれないな。


 あとはメイド服のコストだが、それは読めないなあ。女子が着るからと言って、僕が負担しないわけにもいかないしな。そこは平等にすべきだろう。


 なんならフウチの分は僕が全額負担しても良いくらいだぜ。まあ、そんな提案が許されるはずもないけども。そもそも僕にそんな提案を提案出来るとも思えない。発言する勇気がない。


 果たしてどのようなメイド服なのだろうか。


 いやまあ、いち男として、いち男子として期待しちゃうのは、やっぱり露出度が高い感じだけれど、でもなあ。いかんせんそれを望むと、来店した野郎どもにもフウチのメイド姿を見せちゃうわけだし、それは嫌だなあ。


 あまりスカートが短いのも嫌だなあ。


 これが僕の目の前だけのことならまだしも、来店した野郎どもに見せるとなると、話は変わってくる。大きく変わる。


 無鳥なとり矢面やおもては、別にどんな格好でも良い。てか、矢面はなんだかちっちゃくてメイドとか似合うかもしれないが、無鳥はどうなんだろうか。


 あいつ、身長一七〇くらいあるだろ。てかそれ以上あるだろ。だって一六九センチの僕よりも普通にでかいし。僕を高みから見下ろしてきやがるし。


 まあ、すらっとしているから、案外なんでも似合ってしまうのかもしれないが。


 にしても僕、とことんフウチ以外の女子を女子として見ていないよな。


 ある意味、この部活の環境だけを指せばハーレム部活とも言えるのだろうけど。外から見ればハーレムなのだろうけど。


 内部から見れば、とてもハーレムとは言えないが。ポンコツと悪態のツーコンボをハーレムと呼べるわけない。


 ここでもフウチをべつにしている僕は、もうどうしようもないくらいだろう。我ながら。


 だってだって、最近甘えてくるから、以前よりも遥かに可愛く感じてしまうのだ。


 てかもう、ぶっちゃけ。


 あれ? 僕のこと好きなんじゃね? って思ってたりする。


 ただまあ……、そうは思っても、なかなか確信までは持てないのだが。


 確信が持てればなあ。僕はフウチが好きだって、素直に言えそうなものなのだが。しかしどんなにわずかな可能性だろうとしても、振られたら——と。そう考えると、やはりチキンの僕は好きだって言えないのだ。


 言えるかよなあ……。振られたら、この今の関係がなくなるかも——って思ったら、チキンの僕は臆病おくびょうにならざるを得ない。


 そもそも、僕はフウチとどうなりたいのだろうか?


 付き合いたいのだろうか。それもよくわからない。


 だって僕がフウチを好きな理由って、ほとんどの要素が外見なのかもしれない。もちろん、話していて楽しいことも認めるけど。


 でも、それも含めて可愛いから——なんだろうと思う。


 可愛いから、好き。果たしてこれは純粋な恋心と呼べるのだろうか。いや別に好きなら好きで良いのかもしれないとは思っている。もちろん。


 だけれど、その好きが本当に恋愛感情なのかどうなのか——それがわからない。


 単に可愛いから好きと思っているだけじゃあないのだろうか。だとすれば、そんな下心を好きと錯覚さっかくしているのは、失礼ではなかろうか。


 わからない。わからないわからない。


 なにせこれが本当に恋愛感情なのだとしたら、僕にとって紛れもなく初恋なのだ。


 僕には恋愛のキャリアがないのだ。圧倒的にキャリア不足が否めない。もはやかいなのである。


 恋愛って、なんなのだろう。


 果たしてどこからが、恋愛感情と呼べるのだろうか——と。相変わらず僕は、うだうだぐちぐち考えていると、視聴覚室のドアが開いた。


「失礼するよ。なんだ葉沼一人か」


 と。入室したのは、九旗くばた先生だった。


「どうかしたんですか? 先生」


「いや、ただの報告だよ。鉄板を借りることが出来たとな」


「ありがとうございます」


「どういたしまして——それよりお前は一人でなにしているんだ? 一人で?」


「僕が一人な部分を強調しないでくださいよ」


「はは。ちょっと前のお前なら、僕が一人なのはいつものことですよ——とでも言っただろうな」


「……ですかね」


 まあ。そうだろうな。部活を始めてからの僕は、部活に精を注いでいる感も否めないからな。我ながら真面目に部長をやっていると思う。


 僕がそう考えていると、九旗先生は近くに来て、僕が書いていたコストの計算を覗き込み——ほほう、と。うなった。


「必要初期金額の計算か」


「はい。ここに書いてあるのは食材だけですけれど」


「食材のほかに何が必要なんだ?」


「メイド服です」


「なぜだ……?」


 それは無鳥に聞いて欲しい。言い出しっぺは、僕の親友なので、僕にはわからない。


「着たいから——らしいですよ」


 とりあえず、わかるところに答えておく。


 思えば、九旗先生への苦手意識もだいぶ減った気がする。というか、九旗先生から見られる目が、以前よりも柔らかくなった気がするのだ。


 その理由は僕の中ではっきりしていて、無論、あれ? 僕のこと好きなんじゃね? ではなく。


 単純に僕が普通の生徒だと——そう思われてきたからだろう。


 なにせ僕は、中学時代の噂で(肥大した迷惑な噂のせいで)、不良生徒だと思われていただろうからな。噂を鵜呑うのみにしていたわけではないのだろうけど、しかしながら教員という立場から、僕に対してそれなりの警戒をしていたことだろう。万が一、僕が噂通りなら、暴力事件とか起こす可能性がある——と。そんな疑いを持たれていたのだろう。僕としてはそんな迷惑な話はないが。


「ところで、この『相談』というのはなんだ? 誰に相談するんだ?」


「出来るだけコストを抑えるため、僕の妹に相談しようかな? と、思いまして」


「ああ、お前の妹か……」


「僕の妹に、なにかトラウマでもあるんですか……?」


 他校の先生にまで、我が愚妹ぐまいはトラウマを植え付けたというのか?


 だとしたらある意味、本当にすげえ。全く尊敬出来ない凄さを僕の妹は持っているじゃねえか。


「いや、そんなものはないが。この間、そのお前の妹さんが参加している風紀委員と、うちの学校の風紀委員が互いの学校の風紀について話し合ったんだが。お前の妹すごいな。私も教員として立ち会ったのだが、うちの風紀委員はお前の妹に、ズタボロに言われていたぞ」


「さすが僕の妹ですね」


 果たしてどんなことを言ったのか。


 まあ、ズタボロ、と。先生がそう言ったことから、あまり褒められた内容ではないことは予想できるが。あまりどころか、全く褒められたものじゃあない可能性すらある。というか、後者の可能性の方が高いくらいだ。


「さすがお前の妹だから——なのかはわからんが、うちの風紀委員に対して、『へええ。風紀委員会なのに、ずいぶんとスカート短いですねー。それ、自己満足だってわかってますー? わかってないから短くしてるのかなー? そうなのかなー? どうなのかなー?』とか言って、うちの風紀委員の女子の心を刻み、男子には『うはは。あ、失礼しましたー。だって香水つけているんですもん。ナルシストかなー、って思って笑っちゃいました。はーウケる。そんなのつけたってモテるわけじゃあないのに、それ。どうしてつけているんですかー? カッコイイと思っているのかなー? 香水つけてる俺お洒落とでも思っているのかなー?』と、男子の心をへし折っていたよ。一年生であそこまで自己の意見をしっかりと言えるのは凄いぞ。あの子は社会に出たら出世する」


「あるいは上司に嫌われて、出世ルートを自分からフェードアウトする可能性も高そうですけどね……」


 本当にズタボロに言ってるな、僕の妹。


 兄として、誇らしく思えないけれど。


「今の時代、発言できる若者が減っているからな。発言が出来る若者を社会が求めているのも事実だ。お前の妹は、出世すると私は思うよ」


「ずいぶんと評価してくれているみたいですけど、でも僕の妹。言いたいことを普通に言ってるだけですよ? そこに出世とかそんな思惑は含まれていませんよ?」


「欲が無いから、心に響くのかもしれないな」


「響かせ方がトラウマって、どうなんです……」


 感動とかで心を響かせろよ感は否めない。


 まあ、どんな形であれ、妹が褒められると嬉しい気持ちはあるけども。


「悪意がないから、お前の妹は友達が多いんじゃあないか? 私が見たお前の妹は、会議の中心だったし、風紀委員の中心だったよ」


「さすが僕の妹ですね。自慢の妹です」


「お前はどこの中心にいるんだろうな」


「自分の中心にだけ、存在していますよ」


「単なる自己チューじゃないかそれ。まあ……」


 さすがにお前の妹だからなのかは知らないが——と。先生は微笑びしょうしながら言って、続けた。


「ところで、葉沼。一人当たりはだいたいどのくらいの金額になりそうなんだ?」


「まだ正確な金額は出せてませんけど、ざっくりですとだいたい一人当たり、二千円くらいになりそうですね。メイド服が読めていませんが」


「それは現在の部員数四人で——ということだな?」


「はい」


「じゃあ、私も計算に含めよ」


「え? 先生も含めて良いんですか?」


「当たり前だろう。私はこの筆談部の顧問だからな。むしろ、こういう場面こそ、先生がチカラになるところだろう? 大人の頼り方を学ぶといいさ」


「……………………」


「今お前、そんな金づる的な頼り方して良いのか? って思っただろ?」


「いえ! そんなまさか!」


 嘘である。まさにその通りのことを思った。だってまさにその通りだと思わざるを得ないだろ、そんな頼り方。


「大人と子供の違い。それを葉沼——お前はなんだと思う?」


「……年齢や経験値。あるいは、価値観でしょうか」


「ふむ。私は金を持っているかいないかの違いだと思っているよ」


「先生が堂々と言って良いんですか? ……それ」


「構わないだろう。生徒と出来るだけ対等な立場で、しかし教育指導をする立場。それが私の先生としての働き方だよ」


「そういう考え方、したことなかったです」


「お前はひねくれているからな。それに、これは気分を害したら申し訳ないが、お前は大人と接する機会が少ないだろう?」


「まあ、ですね。家でも子供だけで生活している環境ですので」


「そのライフスタイルを否定するつもりはないし、お前たち兄妹は実際に凄いと思っている。私がお前の年齢の頃、お前たちのような環境だったら、生きていくことも難しかっただろうさ。だけど、大人への頼り方を学ぶ機会が少なくなってしまうのも事実だ。だから、その点をしっかりと学ぶといい」


「先生に母親の愛を感じろと……?」


「……そこまでの愛情を求められても挨拶に困るが、年上への頼り方——それを学ぶ機会を作ってやれればな、と。私は思っているよ」


「ありがとうございます」


 僕は、改めてこの先生は、いい先生だと思った。なかなかここまで言ってくれる先生もいないのではないだろうか。もちろん、この世全ての先生を僕が把握している教員マニアでもなければ、教員萌えでもないので、九旗先生が世界一の先生だ、世界一萌える先生だ——なんて言えないけれども。お世辞でも言わないあたり、僕は気が利かないのかもしれない。萌えが褒め言葉なのか、否か。そこはいまいちわからないが。萌えると言われても困るかもしれないが……。


 それでも、やっぱりいい先生だろう。


 少なくとも、僕にとって。僕にとっては、唯一無二の先生なのだろう——と。そう思った。


「どういたしまして」


 そう言った先生は、


「もう遅くなるから、そろそろ帰れよ」


 と。言葉を残して、視聴覚室を去って行った。


「わかりました」


 僕は先生の言葉に返し、言われたように帰る準備を始める。そもそも、別に視聴覚室で計算しなくとも、家でも出来るしな。というか、妹に相談するのだから、家でこそやるべきだろうし。


 そんな風に思いながら、僕は帰宅することにした。


 たまには、妹にアイスでも買って行ってやるか——と。通り道のコンビニに寄ってから帰宅する僕だった。

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