後輩。買い出し。お見舞い。僕と彼女のルーツ。
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一年D組(進学クラス)。
「……………………」
やべえ奴に目をつけられていた。
僕が感じた率直な感想は、これしかないだろう。
放課後。視聴覚室にて、僕はそう思った。
本当なら、本日の部活は休みで、僕は帰宅している予定だったのだ。だが、予定は予定通りに進むことなく、帰りのホームルームが終わってすぐ。教室にやって来た
入部希望の生徒がいるから、会ってやれ——と。
まさかまさか、筆談部に入部希望者が居るとは思わなかったが、しかし顧問からそう言われたら、部長として対応せねばならない。
だから僕は、本来なら帰宅している予定を変更して、今現在、視聴覚室にて新入部員の女の子——矢面仁尾と対面しているのだ。
そして対面した感想がやばい奴に目をつけられていた——である。
見た目は普通の女の子。ツインテールの女の子で、どこにでも居そうな一年生なのだが。
「……え、と。矢面……さん?」
僕は、様子を見ながら声を出した。
かれこれ視聴覚室で対面してから、五分以上が経過しているのだが、ずっと僕にガンを飛ばす後輩女子に問いかける。なぜそんな僕を睨む?
「違ってたら悪いけど、もしかしてきみ。僕になにか恨みでもあるのか……?」
その視線。熱量。というかもはや圧力。
ここ最近、僕が感じていた強い視線の正体。それはもう、この後輩女子からの視線で間違いない。殺意すら感じるくらいだ。
「なんすか? べつにないっすけど?」
「そう……ならいいんだ。悪かったね……」
「はあ。まあいいっすけど」
態度悪!
これが後輩の態度か? なんだそのかろうじて使ってる敬語!
「つーかぼく、入部ってことでいいんすよね?」
「ん、ああ……、うん」
「あざす」
「……………………」
あざす!?!? 初対面の先輩相手に三文字だとっ!?
なんかムカつくその態度!
あといつまで僕を睨むつもりなんだ?
僕はきみの親でも殺したか?
「詩色、居るー?」
こんな殺伐とした視聴覚室に急に登場したのは、無鳥だった。最近の無鳥は、なんだか急にしか登場しないな。
「あー! わーい、無鳥せーんぱーい!」
「……………………」
ええええええええええええええ!?
誰だよお前えええええええええ!?
なにその笑顔! 眩しい笑顔なんだそれ! 僕に対する態度との違いが凄すぎるだろ!
それもう、僕への差別行為だからな?
「って、あれ仁尾ちゃんじゃん! えー? うちの高校来てたんだー? なんだよー言えよー」
「えっへへー。先輩と同じ高校に入るまで、内緒にしとこー、って。ぼく、勉強頑張ったんですう」
「えらいえらい」
「えへへへ。撫で撫でされちゃいましたあ。えへへへへ」
こわ。ちょうこわい。え、ちょうこわい。
さっきまでの顔と違う……。さっきまで、僕を親の仇みたいに見てたじゃん。その顔どこやったの? 表情筋どうなってんの? 表情って、そんなアタッチメントみたいにコロコロ変えられるものなの?
「……無鳥、知り合いか?」
すげえ恐怖を感じながら、僕は無鳥に問い掛けた。
「うん。中学のとき通ってた、バスケクラブの後輩だよ。たしか仁尾ちゃん、三中だったよね?」
「はいー。無鳥先輩は、二中でしたよねえ」
「そうそう。やたらとあたしに懐いてくれてさー。可愛い後輩なんだよ」
「えへへへへ。ぼく照れるなあ。えへへ〜」
本当に誰だよお前。さっき僕にガンを飛ばしてた態度のクソ悪いツインテールどこ行った? 別人過ぎるだろ。
さっき僕に『なんすか?』って言ってたあのツインテールはどこ行ったんだよ。お前誰だよ。
「ここに居るってことは、まさか仁尾ちゃん入部希望?」
「えへへへへ。ですです〜」
「おーマジかー! じゃあ部活が賑やかになるなあ!」
「またよろしくお願いします。せーんぱい」
「うんうん。いい子いい子」
「えっへへへへ〜」
「……えと、無鳥。なにか用でもあったのか?」
「あ、そうだった。でもまあ、あとでラインするわ」
「……わかった」
「じゃあ、あたし帰るから。仁尾ちゃん、また来週ねー」
「はーい!」
無鳥はそのまま帰って行った。
無鳥が居なくなると、再び僕を睨み始める。なんなの? それがきみのルーティンなの?
「……………………」
「なんすか? ぼくになんか文句あんすか?」
「文句もあるけど、というか、質問なんだけど」
「あ、文句あるんすか。へえ」
文句はあるよ。山ほどあるし、山で言えば富士山くらいの高さがあるよ。あるに決まってんだろ。今は言わないけど、ないわけねえだろ。
「はあ。まあ構わないっすけど」
「きみ、二面性がすごすぎない?」
二面性というか、さっきまでのきみと今のきみは、本当に一人の人間か? 同一人物とは思えないくらいの
「べつに。そんなことないと思いますけど。なんか悪いっすか?」
「いや、悪くはないよ……」
「つーか先輩。はっきり聞くっすけど、詩色先輩って、無鳥先輩のなんなんすか?」
…………きみこそなんなんだよ。
僕に対してなんでそんな態度なんだよ。
「僕と無鳥は友達だよ」
「ほんとっすか? 狙ってるんじゃないんすか?」
「狙ってねえよ」
「ならいいっすけど。無鳥先輩に手え出したら、ぼくが黙ってないっすから。そのつもりで」
「きみは、なんだ? 無鳥の信者か?」
得体がしれないんだけど。なんなんだよこいつ。
超怖えよ。本当に、なんだよ。なんで僕は、軽く見下されてる感じなんだよ。どんなスタンスから僕と喋ってるんだよ、こいつ。
いやマジで…………。妹のしぃるとは別角度の性格の悪さを感じる。しぃる以外に、ここまで性格悪いやついたのか。広いな世界。
「信者、つーか、ぼくは無鳥先輩を愛してるんで」
愛してるのか。それはなんとも言えねえな。発表されても、なんか困る。問うたのは僕だが。
「…………無鳥のどこを愛してるんだ?」
「全部っすねー」
「全部なのか……」
「だってえ〜、無鳥先輩は、気高くてえ、美しくてえ、可愛い所もあってえ、後輩にも優しいし〜、スタイル抜群だし〜、今はショートヘアだけどロングも似合うし〜、良い匂いするし〜、スカート似合うし〜パンツスタイルも似合うし〜、ほっぺ舐めたい」
「急に最後、願望を
無鳥を褒める時だけ、ニコニコしやがって。その笑顔で僕にも接しろよ。演技で良いから、せめて第一印象くらいはその笑顔で来いよ。
てか、なんだって? は? 気高くて美しい? それ誰の話だ?
気高い? 無鳥が?
背高いの間違いだろ。気高い無鳥なんて見たことねえよ。
あーつまり。この後輩はあれか。なんとなく途中からわかってはいたけど、つまりつまり、百合僕っ娘、ってやつか。
初めて見たよ。実際に目にすると、萌えねえな。
まあ、この後輩だからなのかもしれないが。
「つーことで、とりあえずよろしくっすー、詩色先輩」
もしかして、僕に対してだけそのキャラなのかな?
だとしたら、それがどこまで貫けるのか、少しだけ楽しみになるけど。無鳥が居るときは、僕にどんな風に接してくるつもりなのだろうか……。
「そうか。僕が無鳥と話したりしてたから、殺意を込めて僕を睨んでいたのか」
「殺意とか睨むとか言われると、ぼくのイメージが悪くなるんで、パッションを込めた眼差し、って言ってもらっていいっすか?」
「そのパッションが全部殺意だったじゃねえか! どの立場から僕に意見してんだ! あときみのイメージはすでにだいぶ悪いからな! もう手の
「まあ、詩色先輩からのイメージとか、えぐいくらいどうでもいいんで、いいんすけど」
なんだろうな。一周回って、なんか親しみやすい気すらしてきた。きっと勘違いかもしれないが。えぐい勘違いかもしれないが。
「まあ、部活は来週からだから、今日はこれで終わりだ」
「おつでーす。あざしたー、あーだる」
こうして、筆談部に進入部員が加入した。
怖いくらい濃い奴だった。
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