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「え! 今日フーちゃん来てないの!? うわマジかよー。あたし、せっかくこの愛読書『走り出した俺たちの果てなき
「話の流れで僕の唐揚げ盗むなよ」
二個も。僕の唐揚げを二個も。話の流れで食われたことが、なんか悔しい。せっかくしぃるが、気まずくなったらこれでなんとかしてね、って。僕のために朝からカラッと揚げてくれたのに、どうして
あと、ランチするとか言いながら、自分の弁当を持っていないあたりから、最初から僕の弁当で腹を満たす気満々じゃねえか。ふざけんな。
「つーかお前。僕と話してると悪目立ちするぞ」
「何を今更。あんたのおかげで悪目立ちなら、中学時代に散々したし、何を今更だろ」
「中学時代のことは、もう忘れてくれないかな」
「あんたの通り名なんだっけ?」
「忘れたよ。忘却したよ」
「あーそうそう。確か『沈黙の殺意。二中のダイヤモンドアッパーカット』だ」
「……………………」
やめて恥ずかしい!
それ、マジで恥ずかしい!
「でもそう呼ばれたの、って、あんたの自業自得なんでしょ?」
「……まあ、そうだよ」
僕がそんな恥ずかしい通り名を頂戴したのは、僕が中学一年の頃である。
入学早々。わかりやすく言ってしまえば、上級生のヤンキーに絡まれたのだ。目つきが悪いって。
んで、僕。すげえ奇跡で、そのヤンキーをまとめていたボス的な先輩に勝利しちゃったのだ。
どうやってかと言えば、本当に奇跡。
相手が殴ってこようとして、拳を引いたから、ビビってガードしようと思いっきり両手を上げたら——ちょうど持っていた鞄の中に、国語辞典が入っていて、両手を上げたとき、鞄がヤンキー先輩のアゴに直撃したのだ。
結果——ヤンキー先輩気絶。泡吹いて。
それを見ていた、取り巻きのヤンキー先輩とかヤンキー同級生が、これまた奇跡的な勘違いをして——『アッパーで、一撃……だとっ!』、と。
それから僕は、それ以降何もしていないのに、知らないところでどんどん有名になって、知らないうちに『沈黙の殺意——二中のダイヤモンドアッパーカット』とか呼ばれていたのだ。
しかも僕、本当に小心者だから基本的に無口だったこともあり、そしてヤンキー先輩を一撃で片付けたということが広まって、怖がられる存在になり——ぼっち。
もっと言うと、僕。勉強が出来る方だから、それでも不気味がられていたのだろう。え? ヤンキーなのに勉強できるの? カッコイイ! なんてことはなく。
教師脅してテスト問題奪ってるとか、そんな僕の噂は、僕ですら聞いたことがある。本当にそんなことしてたら、捕まってるだろ普通。
僕がぼっちのスタートを切ったのは、そんな奇跡があったからなのである。こんなにも迷惑な奇跡、逆に凄くない?
まあ、そう呼ばれるのは迷惑だったけれど、その通り名というか、ヤンキーの人たちから恐れられている、みたいなイメージのおかげで、助かったこともあるのだが。
「確かあの時、無鳥もいたよな……」
「ん? あの時って?」
「ほら、僕たちが中三のとき。お前がナンパされてる女の子を助けようとしたのを僕が止めたとき」
「お、それ覚えてんだ? へー」
「? なんだよその反応……」
「いやー。べつに。でもあんときは、結局あんたが行ったんじゃん。あたしを止めたくせに、珍しくめっちゃキレて」
「…………そう言われると、僕が本当にヤンキーだったみたいに思われるだろ……」
「みんなそう思ってあんたが怖いから、今でもぼっちなんだろーよ。あたしみたいに、誰とでも話す奴しかあんたと話さないんだろうよ」
「まあ……」
だろうな。中学時代のそういう噂って、なかなか消えないんだよな……。
「でもあんときのあんた、なんであんなにキレたの?」
「いや、僕もわからない。ナンパしてる奴が、無性にムカついたんだよな」
そういや、あの時の女の子はどうなったんだろうか。たしか黒髪ショートで、たぶん年上っぽい感じだったが。
「あの時、僕。初めて怒鳴ったんだよな……」
「そのせいで、ヤンキー連中から、沈黙の殺意が沈黙を破ってブチ切れた、って噂にもなってたよ」
「マジかよ。それ僕、今初めて知ったんだけど……」
中三でその噂が流れたら、そりゃあ高校でもこうなるのか。
高校になってから、絡まれないな、平和だな。って思ってたけど、僕が原因だったのか。
絡まれないなら、それはそれで平和でありがたいけれども。
「まあいいか。べつにぼっちに不満があるわけでもないし」
「つか、詩色。あんたべつにぼっちではないよね? そもそもあたしはなんなんだよ?」
「お前は、だってしぃるの友人だろ。僕の認識としては、妹の友達なんだけれど、違うのか?」
「それは違ってないけどさ。いや、ここまで普通に話したら、あんたとあたしは友達だろ」
「友達って、いつ成立するんだ?」
「知るか」
そうか。無鳥は僕の友達なのか。
「無鳥、お前を僕の友達って言っていいのか?」
「それ、決めるのはあたしじゃなくてあんただよ。あたしはあんたを友達だと思ってるけど」
「知らなかったよ……」
「勉強は出来ても、馬鹿だよね。あんた」
「お前よりはマシだと思ってるんだけどな」
昼休みにランチしに来たとか言って、弁当も持たずにBL本持って僕の唐揚げ盗み食いする奴よりはマシだと思う。いや、マシだろ。改めて言ってみたら、かなりマシだろ。
「でもお前、もの好きだよな。良くもまあ、僕みたいな奴を友達と呼ぶ気になるよ。中学から知ってるくせに」
「中学から知ってるから、でしょ。そりゃあ、最初はあたしも噂通りの怖い奴かと思ってたけど、話してみれば面白い奴だってわかるし、それに」
「それに?」
「いやさ? これを言ったらあんたには迷惑だと思うけれど……」
と。無鳥は珍しく。もっと言うと、女の子を感じさせる間を使って、僕をまっすぐに見て、
「詩色……」
と。言った。
いや。まさか。まさか。もしや。え。嘘だろ。
こいつ。もしかして僕のこと好きなんじゃね?
って、思わせるには、十分だった。
「迷惑だと思う、って、なんだよ?」
僕は言った。もし、僕のことを好きだと言われたら、僕はどうするつもりなのだろう。
わからない。わからないけれど。
聞きたくなったのだ。
なんか緊張するんだけど。なんだよこの感じ。
「詩色……、実はあたしさ」
「…………おう」
「あんたがBLだと思ってた! いっつも一人だったから、なんかそういう奴が実はBLだったらすげえ萌えるじゃん? だからずっとあんたがBLだったらなー、って思いながら、過ごしてる! まあこんな期待されてもあんたは迷惑だろうけどさ」
「本当に迷惑だからやめて?」
僕の緊張とか、返せよ!
迷惑過ぎるだろ、その期待。重た過ぎるだろ。
「友達にそんなこと期待すんなよ」
僕は言った。友達——と。
無鳥は僕の友達。僕はそう認識したのだ。今更なのかもしれないが。
よって、ぼっちもここまでか。ようやく僕は、堂々と、友達が居る——と。胸を張って言える人生に突入したのだ。
片手で数え終わるけれど——片手を使えるなら、人生はきっと楽しめる。
ならそれでいい。
恋をして、友達も居て——なんだ僕。
いつのまにか、リア充じゃねえか。
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