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 そういえば、僕の通学路についてまだ話していなかった気がするので、遅まきながら話しておくと、僕の通学路は、徒歩である。


 だいたい、徒歩三十分。それが僕の通学路。


 毎朝七時半前に家を出るのが、僕の平日のリズムである。


 前日舞い上がっちゃった僕は、朝まで舞い上がり続け、ぶっちゃけ寝ていない。一睡もしていない夜を過ごし、現在登校するための通学路を歩いている。寝てないくせに、眠くない。


 むしろ冴えている。


 というか、かなり緊張している。なんなら昨日からずっとドキドキしている。


 ここまでドキドキし続けるのもなかなか珍しいことだと自分でも思うし、なんならギネス認定されても良いんじゃないだろうか、とすら思えてしまう。


 まあ、ドキドキし続けた記録とか、どうやって測定するのかわからないけども。常に心電図とかかな?


 そんなことを思いながら、歩く。歩き歩く。


 一歩二歩三歩四歩——歩く。一歩一歩、前進する。学校に向かって足を進める。


「……………………」


 最近。そう、最近なんだけれど。


 どのくらい最近かと問われれば、恐らく部活を立ち上げたくらいからなのだが、なんだろうな。


 僕の勘違い——ではなさそうなんだけど、なにやら視線を感じるのだ。


 と言っても、僕みたいなぼっちを見てくる奴は結構存在する。あ、友達居ない人だー、みたいに見てくる奴は少なくない(ほっとけ!)。


 そして僕くらいになると、その視線の強さ——いわゆる視線に込められた熱量の違いを判別できるようになってくるのだ。


 たとえば、僕を友達居ない人だー、的な視線で見てくる奴は、大して熱量がこもっていない。それは、僕個人を見ているのではなく、僕のステータス。つまりは——友達が居ないという僕のステータスを見ているからだと思われる。


 そのような視線は、別段気にならない。


 気にしても仕方ないしな。慣れてるし。


 だけど最近感じる視線は、熱量が桁違いなのだ。熱量というか、憎しみすら込められている気がする……。


 いや、僕。人から憎まれるような人生、送ってないんだけども。だってほとんど人と関わりを持っていないのだから、憎まれる立場にないし。憎まれるようなフィールドに立っていない。それはそれで切ないのかもしれないが。


 だが、なんだろうか。ようやく学校が見えてきたけど、確実に感じるこの視線。なんなんだろうか。


 一体、誰から見られてるんだろう。


 先生——違うな。先生なら、僕を憎む理由がない。先生に憎まれる筋合いがない。


 じゃあ、先輩?


 それは地味にありそうだ。中学の時、僕って奴はとても絡まれることが多い存在だったし。目つきが生意気とか言われてな。


 それの延長で僕はぼっちなのだが……。まあ、それについては、あとで話すとしよう。


 ともかくこの視線。校門が見えてきてから、強くなった気がする。


 誰だ? 後輩?


 僕を憎む後輩なんているか?


 全人類に伝えたいことだが、そもそも僕なんて憎む価値ねえぞ?


 というか、後輩と関わりがないのに、憎まれる意味がわからない。まあ、後輩だと決まったわけではないのだが。


「……………………」


 校門を過ぎたけど、やっぱり感じる。


 これがもし、数あるうちのひとつの視線なら、たぶん気にならないのだけど、どう考えてもたったひとつなんだよなあ。


 強さが唯一なんだよな……。


 誰か一人が、僕をめっちゃ見てるんだよ。


 まるで親のかたきみたいに。たぶんだが。


 どうするか。思い切って振り返ってみるか?


 でも、振り返ったら、僕を見ている奴の正体は判明するのかもしれないが、校門を過ぎたからには、そいつ以外の生徒も歩いているわけで、多数の生徒から、友達居ないくせになんで振り返った? 誰も居ねえよぷークスクス——みたいに思われるのなんかつらい。人はこれを被害妄想と言うのだろうけれど、被害妄想なのかもしれないけれど、被害妄想だと自覚していようとも、僕は常に被害妄想をしながら生きているのだ。


 ここは様子を見るか。僕はチキンだからな。


 妹から骨なしチキンって言われるくらい、チキンだからな。


 ということで、教室まで来た——うん。


 やっぱり、視線の正体は、先輩か後輩だな。


 教室にまで来ると、あのレベルの視線は感じない。


 となると、やっぱり先輩の可能性が高いのかもなあ。やだなあ、また絡まれたら。


 結構、ひっそりと生活してるつもりなんだけどな、僕。


 そんなことを思いながら、席に着く。


 視線は感じなくなったけれど、それは別として、そういえば僕には、これから拷問のような気まずさが待っているのだった……。


 気まずくなったらどうするかな……。てか話してくれるのかな……。


 僕、もはや包み隠さずに発表するけどフウチのこと、女子として好きだから、話してくれなかったら普通に泣くかもしれない。いや号泣する自信すらある。


 マジかよー。そんなことになったら僕、いよいよ不登校になるかもなー。実は他校の風紀委員だったらしい妹には悪いけれど、引きこもる自信があるなあ。


 困ったなー。あせるなー。そわそわしちゃうなー。


 てか、フウチ遅いな…………。


 あとちょっとで始業チャイムが鳴る時間だけど、まだフウチの姿はない。


 つーか、僕は僕のことしか考えていなかったけれど、そうだよな。よくよく考えてみると、僕よりも遥かに恥ずかしがり屋で、常に赤面しているフウチが、僕ですら休もうとか考えたってときに学校に来れるのか?


 この予想は、まさにその通りだった。


 今日——フウチは、どうやら風邪で欠席のようだった。


 少しばかり助かった——と。そう思った自分が居なかった、と言えば嘘になる。大嘘になるが、しかし。


 僕は本当に、フウチが好きなんだなあ、って。改めて思うことが出来た——だって。


 本当に風邪なのかわからないけれど、無性に心配になってしまったのだから。


 今日は会えないとわかったら、すごくすごく会いたくて、あの赤く染まった顔が見たくて見たくて——仕方ないのだから。


 ああ、僕は本当に。


 フウチを好きになっていたのか——と。


 大好きなんだな——と。


 自分の気持ちがこんなにも——良くわかることが、不思議だった。


 恋してるんだな僕。落ちてるんだな僕。


 落ちたんだな、僕は。喋らない女の子に、僕は落とされたのか——恋に。


 隣が居ないとこんなにも寂しいのか。


 僕にとって彼女は——フウチは。


 こんなにも、大好きで大切な存在になっていたのか。


 改めて思った。そう思えた。気まずくなるかもとか、どうでも良いな、もう。


 ああ、ちくしょう。


 早く会いたいな……。

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