3
3
「漢字しりとりとかやってみないか?」
部室——つまり視聴覚室にて、僕は提案した。
漢字しりとり。漢字でしりとりしていくだけのしりとりである。筆談部の活動として、なかなか良い提案じゃあないだろうか、と。僕は何気に部長らしく考えていたりするのだ。
『面白そう! やるやる!』
「それ、ルール次第ではあたし初手完結するんだけど」
部員の反応はこんな感じである。
フウチはノリノリ。
「ルールは、そうだな。書く漢字を調べるのはアリだが、前の人が書いた漢字の読みを調べるのはナシ。それなら無鳥でも書けなくなって終わることはあるまい?」
「んー。まあそれならどうにかなるかな、たぶん」
「とりあえずやってみるか」
『おー! やってみよー!』
と言うことで、開始。
「僕から書くぞ。まずはそうだな。無難なところから——」
スタートなので『開始』と、ノートに書き回す。順番は、僕、フウチ、無鳥の順番。
僕からノートを回されたフウチが、漢字を書いていく。『開始』→『姿勢』——と。
「えーと……」
無鳥は既にスマホで書く漢字を探しながらのトライ。これで初手完結したら、無鳥の頭がなによりも初手完結してるくらいだろう。
地味に悩み時間を使った無鳥は、『医者』と書いた。それを書くのに、スマホを使うな感は最大級に否めない。良くこの学校に合格したな感すら抱く(それなりの進学校)。
『開始』→『姿勢』→『医者』——そして僕に戻ってくる。
や、か。じゃあ、小手調べに少し攻めてみるか。
『開始』→『姿勢』→『医者』→『山羊髭』——山羊髭とは、やぎひげと読み、意味は下あご部分に長く生やした髭である(サンタ的なやつだ)。
少し攻めてみたつもりだったが、僕の攻めにフウチは、さらっと『鯨波』と書いた。マジか。
『開始』→『姿勢』→『医者』→『
「んあー! これなに? あたしへの質問なの? サメ? サメ派? いやあたしはどちらかと言えばサメ派じゃないし」
「せめて
読みは『は』であってるけど、波と派は漢字が違うし。無鳥が言ってる派は、派閥の派だ。本当にどうしてこの学校に合格した? 採点ミスか奇跡か?
あとどちらかと言えば、って。果たして無鳥は、サメとなにを比べてサメ派じゃないと言ったのかは聞かない。スルーである。
「てか、『は』を読めたなら続きを書くことは出来ただろ」
「これが本当に『は』と読んで良いのか、自分に自信が持てなかった」
「確かにそれが『は』と読める自信が持てないやつに、自信なんて存在しないだろうな」
「うっせばーか!」
「お前がな」
ナイスブーメラン。
ということで、ブーメラン発言をした無鳥は、ブーメランキャッチに失敗して死んだ。チーン。
よって場面は、僕とフウチのタイマンである。とりあえず仕切り直しで、フウチの『鯨波』に対して、『反応』と返す。
そして——数十分の死闘が続いた。死闘と言いたくなるくらいの漢字の
「やるなあ、フウチ……」
『ふふ……詩色くんもさすがだよ』
すげえ。普通にすげえ。いやどう考えてもすげえ。漢字にはそこそこ自信があった僕だが、その僕に余裕で着いて来やがる。マジかよ。
『開始』→『姿勢』→『医者』→『
このようにことごとく——僕の攻めが通用しない。
まさか勝負を決めに行ったつもりの、『加之』をやすやすと読んでくるとは思わなかったぜ(『加之』とは、そればかりでなく、という意味だ)。実を言えば、『
とりあえず『潮風』には無難に返して様子を見るか。『潮風』→『
『開始』→『姿勢』→『医者』→『
僕の手番。『く』か。そろそろ決着をつけたいところだ。
だが、『く』から始まる言葉で決着をつけられる漢字があるか? 探せ僕。脳を回せ。ぐるんぐるん回せ。
ちなみに、僕とフウチはまだ、スマホを使って漢字の検索をしていない。そのルールはもはや、無鳥と一緒に死んでいる。無鳥はもう、本当に死んでいるように黙っている(目から生命の躍動感が消えた……?)。
少しだけ悩んだ
『開始』→『姿勢』→『医者』→『
馬鹿な……、なんだその漢字。
漢字もそうだが、それなんて読む……?
そ、から始まることしかわからん。
「……………………」
まずいまずいまず読めない。読めないし、意味がさっぱりわからない。このしりとりの場合、意味は必要ないのだが、読めない時点でかなりの確率で負ける。負ける……この僕が?
この僕が負けるだと……。果たしてどの僕が勝てると思っているのかは、自分でも謎である。
『ふっふっふ。読めないのかな? 詩色くん?』
顔を上げてみると、フウチがタブレット端末に書いていた。呼吸を整えるために顔を上げたら、そんな文字を赤面しながら書いていた。そんなことを書いてるくせに、顔真っ赤とかなぜだ!
いや、今はそれどころではない。『存恤』という漢字を脳みそから引き出さねばならない。僕の脳みその引き出しを片っ端から開けろ。
開けろ開けろ開けろ開けろ。探せ探せ探せ。
回れ脳! 解放せよ僕の脳内漢字辞典!
「………………っく!」
僕は歯を食いしばり、脳みそを絞り上げながら、自身の脳内漢字辞典を全力でめくる。
記憶を巡り、めくる——が。
だ……ダメだ…………。読めねえし、意味もわからねえ……。
脳内漢字辞典は、言わずもがな。僕が知っている漢字しか掲載されていないのだ。つまり、すぐに読めなかった時点で、僕は詰んでいる。
読めない時点で——詰んでいたのだ。
ちくしょう。ちくしょう!
「僕の……負けだ…………っ!」
血を吐くように、あるいは、首を絞められているかのように。切実に。
僕は——敗北を宣言した。
『わーい! 私の勝ちー! ぶいっ!』
「……………………」
可愛い。あー可愛い。でも、その真っ直ぐな可愛さが、悔しさで直視できねえ(あああああああああ!)。
くそおおおおおおおおおおおおおお!
このままでは終わらんぞおおおおお!
って叫ぶ
だが、勝負は勝負。たとえ悔しかろうと、敗者は敗者。言い訳など出来ない。勉強不足の僕が悪い。ただそれだけである。
負けた者として、勝者に尊敬を込めて拍手を贈ろうではないか。それが負けた僕に出来る、唯一のことだろう。ぱちぱち。
拍手をしながら、僕は言う。
「やるなあ、フウチ……。僕は完全に帽子を脱ぐよ。脱帽だよ。てか最後のこれ、なんて読むんだ?」
『それはね、『そんじゅつ』だよ——意味は、あわれみねぎらうこと』
「すげえ……そんな言葉、僕は知らなかったよ」
『まあまあ、落ち込まないで……ね?』
「存恤するな。悲しくなる!」
『うぬっ! そうやって使うのだ!』
勉強になった。まさか勉強になるとは思っていなかったし、まさかまさかしりとり遊びで学ぶことがあるなんて予想だにしていなかったが、しりとりもなかなか
『えっへん!』
チャンピオンの『えっへん!』である。
でも悔しい。普通に悔しい。
悔しいので、鞄から電子辞書を取り出し、国語辞典で『
やるじゃねえか、フウチ。お見事! あっぱれ!
ちなみに無鳥は漢字の見過ぎで、本当に死んだみたいな目をして黙っている。脈拍すら消えたんじゃねえのか? 合掌。
本日の活動記録——漢字しりとりをした。
以上!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます