4


 翌日の部活動。


『悲報。補習という監獄に囚われたので、あたしは本日の部活動には参加出来ないしょぼーん——無鳥なとりさんからこんなラインが届いたよ』


「それが悲報なのは、無鳥だけだな……」


 僕にとっては、ただの報告でしかねえ。


「しかし部員が一人休むと、視聴覚室がやたらと広く感じるな」


『そ、そうだね……』


 相変わらず、僕の目を見てくれないし、顔は赤いし。


 二人っきりの場面でそんな顔されると、男子ならではの愚かな勘違い——あれ? 僕のことすきなんじゃね? が、発動しちゃうんだけど。


「ど、どうする? なにか活動する?」


 変な質問というか、言ってる自分でも思うくらいアホな質問だけれど、僕は僕で二人っきりの空間に上がっているのである。さすがに愚かな勘違いまでは発動しないが。むしろ発動しないための活動でもある。だがそれでもやっぱり緊張くらいする。ドキドキする。


『うーん……なにしよっか?』


 筆談部なのだから、筆談すれば良いのだが、しかし筆談をするだけではなんかもったいない気がするし、かと言って、またしりとりをするのもなあ。連日同じ企画では芸がないよなあ……。


「視聴覚室を普通に使用してみる?」


『??? どゆこと?』


「単純にそのままの意味なのだが、スクリーンで何か映像でも観てみるか、ってこと」


『おお! いい! それ楽しそう!』


「だが問題は、観るもんがないんだよな」


 僕が映画マニアなら、DVDでも持ち歩いていたのかもしれないが。そんな趣味ないし。そもそも趣味がないくらいだし。


『あ、じゃあそれなら……』


 ゴソゴソ——と。フウチは鞄をあさり、


『ジャーン!』


 と。書きながら取り出したのは、ホラー系のDVDだった。いやいや……。


 いやいやいやいや。フウチさんフウチさん。


「……なんでそんなもん持ち歩いてんだ?」


 まさか映画マニアの側面があったのか?


 抜群のタイミングだけれど。でも当然の疑問をスルーしてなるものか。ご都合主義。だめ。絶対。


『これね? 実は詩色くんに渡そうとしてたの』


「僕に? なんでどうして?」


『この間しぃるさんから借りたから……だよ!』


「うちの妹は、なんでも持ってるな……」


 BL本持ってたりホラー系のDVDを持ってたり。しぃるが持ってないのは知性くらいなのかもしれない。本当に節約しているのか、って思ってしまうくらいだ(節約してることは間違いないのだが)。あと、僕はしぃるへの返却窓口なのかな?


「だけど、しかしまあ、丁度良いな」


 しぃるから借りたのなら、ご都合主義ではない。僕の判断である。ただ丁度良いタイミングだったのだ。それだけのことで、それだけのことでしかない。さっすが僕の妹。よく出来た良い子だぜ!


『これ……怖くて途中までしか観てないの』


「ほほう。なるほど。怖かったのか」


『……うん。ゾンビ……いっぱい……出たの』


「ゾンビいっぱい出たのか」


 ほうほうなるほどなるほど。つまりあれだな?


 そういうことだな——そういうことなんだな?


 じゃあ今日は、そういうことで良いんだな?


 本日の部活動はつまりつまり、視聴覚室をカーテンで暗くして、怖がる美少女を存分に楽しむことが出来る僕にとってハッピーなイベント——ということだな? 今日はそういう日なんだな?


「よし早速観よう!」


 そうと決まれば、僕の行動力はなかなか迅速だった(ひゃっほーう!)。


 カーテンを閉めて、電気消して。机を退かして。シャー! カチカチ! よいしょ!


 視聴覚室の机を退けて、カーペットの床に直接座って観るスタイルである。


 ディスクセット完了! 部屋のセッティングはとっくに完了!


『ふえええ…………』


「ムービースタート!」


 回れディスク! ギュンギュン回転しちまえ!


『ぶるぶる……ぎゅ』


「……………………」


 あ。良い。良い良い。すごく良い。


 なにが良い、って。そりゃもう、僕の制服(腕らへん)の生地をこっそりと掴まれているのがとてつもなく良い。困っちゃうくらい最良。


 ゾンビどころか、まだ画面は真っ暗なのに。


 チャプターメニューすらまだ出てないのに。


「てかフウチ」


『!!!』


 めっちゃビクってしたな。めっちゃビクってしながら、それでもタブレット端末に『!!!』って書いたな。そんな状態でも左手は、僕の腕らへんを掴んでいるけど。このディスクをフウチに貸した妹への感謝しかない。しぃるありがとう本当に最高の妹だぜグッジョブマーベラス!


 しぃるへの感謝を内心で叫び上げていると、ようやくチャプターメニューが表示された。


『ふええ…………ゾンビだあ』


「ああ。ゾンビだなあ」


 ゾンビだった。具体的にはチャプターメニューは、ゾンビの両目の眼球に表示されていた。怖いというか、なんかグロい。


 ぶるぶるしてるフウチに、「大丈夫か?」と声を掛けると、『がんばる……!』と震えた手で書いたので、僕はそのままムービーをスタートさせた。


 スタートボタンを押した瞬間——があああ!


 という音声が視聴覚室に響いた。


「……………………」


 今、僕の身に起きていることを説明したいと思います。まず僕の腕にフウチが顔面を押しつけています。


 もはや両手でがっつりと僕の腕を掴んでおります。


 そして震えてます。ありがとうございます。


 いい日です。本当にありがとうございます。


 なんかもう、怖いのはムービーじゃなくて、今日の僕がこの後、このハッピーに見合う分の不幸があるんじゃないだろうか、ってことの方が不安で怖い。


 僕、人生でこんないい日初めてだぞ……。


 腕に美少女がしがみついてるとか、今日死ぬのか僕? 余命今日? ならば画面のゾンビは近い将来の僕か? それが未来の僕の人生ストーリーの伏線?


 もう映画の内容も映像も頭に入ってこねえ。


 なんか気づいたら画面にゾンビいっぱい出てるけど、僕はアドレナリンが出てるなたぶん。今なら目の前にクリーチャー的なリアルゾンビとか、なんならすこぶる強そうな鬼とか現れても、きっとワンパンでこと足りる(気がする)。


 およそ一時間ほどのムービーが、五分くらいに感じた。


 楽しい時間って、あっという間なんだな。


 映画のタイトルすら知らないけど、良い作品だった。誰の作品かも知らないけど、最高の監督じゃねえか(絶対に僕は映画コメンテーターにはなれないな……)。


 キャストロール、スタッフロール。いわゆるエンドロールが流れ終わり、チャプターメニューに戻ったのを確認して、再生を終了。


 画面が真っ暗になると、視聴覚室も真っ暗のような錯覚さっかくおちいる。


 さすがにいつまでも暗くしておくのも、まあ。僕的には、このまま永遠に暗くても良いくらいなのだが、しかしぶるぶるしながら、いつまでも僕みたいな奴の腕にしがみつかせているのも可哀想だもんな。


 そう思って、立ち上がろうとした——が。


 フウチに腕を引っ張られた。


「どうした? 大丈夫か?」


 そんなに怖かったのだろうか。僕はもはやストーリーもなにも頭に入って来なかったけれど、まともに観ていた場合、そんなに怖ろしい内容だったのだろうか。僕の腕にしがみついたまま、フウチはタブレット端末に、


『もうちょっとこのまま…………だめ?』


 と、書いた。


「……………………」


 死んだ。僕、死んだ。


 そしてすぐ生き返った。


「別に良いけど……どうしてだ?」


『ほっとする……から』


 すぐ死んだ。はい僕、すぐ死んだー。


「まだやってるー? って真っ暗じゃん!?」


 なんの予告もなしに。言ってしまえば空気の読めない馬鹿が、予告も気配もデリカシーも伏線もなしに、急に出てきたゾンビみたいに、勢いよくドアを開けて、そう言った。


 びっくりして僕は生き返った——そして。


 僕と目があった馬鹿。馬鹿と目があった僕。


「……………………」


「……………………」


 お邪魔しましまー。と。馬鹿もとい補習を終えた無鳥は、そのまま静かにドアを閉めた。


 いや。実はあの馬鹿、なかなかのファインプレーをしてくれた。馬鹿がドアを開けた瞬間。


 びっくりしてフウチは僕に抱きついている。


 腕じゃなくて、僕に! 


 僕の胴体に美少女がっ! ぎゃあ!


 てか、やばい。やばいこれ、僕の心音どう考えても聞こえてるよな?


 今の僕の心音、自分でもわかるくらい騒がしいし。もはやお祭り騒ぎのカーニバルでパレードしてるぞ僕の心臓(……動揺を隠せない)。どんちゃん騒ぎの心臓だぞ。


「お、おいーい、フウチ?」


 情け無いくらい声が裏返ってしまった。声が裏返るくらい動揺を隠せない(揺れすぎだろ僕の心!)。喉が勝手にファルセットである。こんなに美しくないファルセットでは、童謡は歌えない。動揺は隠せないし童謡は歌えないし。僕はただひたすらに顔が熱くなるのを感じるだけだった。


 てんやわんや。顔面灼熱!


 無鳥がドアを閉めたこと、そして外も暗くなってきているので、視聴覚室の暗さは、およそ真っ暗と言ってもいい。


 そんな空間で。二人っきりで。僕のうっすい胸板に顔をうずめるフウチ。


 タブレット端末は、抱きつく時にちょっと遠くにシャー、って滑っている。なのでフウチは今、会話する手段がない。


 そう思っていたが、しかしフウチはポケットからスマホを取り出し——僕にラインを送ってきた。抱きついたまま。


『詩色くん。ドキドキ……してる?』


「まあ、そりゃな……」


 抱きつかれたまま。やかましい心臓のまま。


 僕はラインに、そのままの声を返した。


『恥ずかしい……の?』


「恥ずかしい……けど…………まあ……」


『けど? なあに?』


「……いや、まあ、その…………嫌じゃないよ」


『そっか。じゃあもうちょっとこのまま……いい?』


「…………いいよ」


『わぁい。ぎゅううー』


 そう送って来たフウチは、スマホを片手にしたまま、しかしスマホの画面を暗くしてから——僕の胸に強く抱きついていた。


 本日の活動記録——ドキドキし続けて、二回死んで、二回生き返って、馬鹿と目があって最後にまた死んだ。


 以上!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る