僕がぼっちになったワケ。

 1


 筆談部——記念すべき初部活の日は、創部の翌日となった。


 活動場所は、視聴覚室。顧問の九旗くばた先生が用意してくれた、僕たちの活動場所で、部室である。


「ここが僕たちの活動場所だ」


 先生からの連絡を受けた僕は放課後、二名の部員を連れて、その視聴覚室にて言った。


「さあ——部活動の時間だ!」


「……いや、そんなテンションで始めるほどの活動内容でもないっしょ」


「空気を読めよ無鳥なとり。せっかくのスタートなのだから、これくらいのテンションでも良いだろう」


「……あんた、結構ノリノリなんだね」


 そう言われると、なんだか気恥ずかしいものがあるが、確かに僕はノリノリなのかもしれない。


『ここが私たちの部室なんだね! わーい!』


 視聴覚室に入ったフウチは、タブレット端末にそう書いて、両手を上げて喜びを表している。なんなら少しぴょんぴょんしてる可愛い。


「ほら、フウチを見ろ無鳥。お前にはああいう無邪気さが足りないんだよ」


「あたしだって、最新巻とかの発売日にはあれを超える無邪気さを発揮してるけど」


「それは無邪気じゃなくて、ただの邪気だ」


 しかしまあ、この部員数で視聴覚室を丸ごと使えるのは、なんだか贅沢な気もする。


 そう言っても、活動内容が内容なので、部費なんてものは出ないが。特に必要はものはないので、それはそれで構わないけれども。必要だとすれば、筆談をする部員くらいだからな。


「ともかく——部活しようぜ!」


『おー! 部活しようぜー!』


「はいふぁーいぶ!」


『はいふぁーいぶ!』


「……あんたら、目も合わせないくせにテンションだけは合うんだね。フーちゃん顔真っ赤だし、詩色は……そんな顔だし」


「そんな顔ってなんだ。僕の表情をそんな、って言葉だけで終わらすな」


『無鳥さんもはいふぁーいぶ!』


「はいふぁーいぶ! フーちゃん!」


『いえーい!』


 いや、僕から見ても不思議な光景に見えるけどな。片方が赤面で片方が普通の表情ではいふぁーいぶ! ってしてるの。なんか不思議だぞ。


「さて。はいふぁーいぶも済んだことだし」


「はいふぁーいぶって、そんなルーティン的な扱いだったの? あたし知らなかった」


「メジャーリーグでは定番だろう?」


「あたしメジャーリーグ良く知らねえよ」


『私はメジャーリーグ知ってるよ。ベースボール!』


「それくらいならあたしも知ってるよ」


『日本と一緒で木製バットだけど、日本の野球とは使っているボールが違うの!』


「それもあたしでも知ってる」


『フェンス超えたらホームラン!』


「誰でも知ってるよ? フーちゃん」


『あう。もうわからないよ……』


 これがこの部活の活動内容である。


 つまりただの喋る場所。トーク広場ならぬトーク部屋だ。


「てか、良くこの部活、申請が通ったね詩色。提案したのあたしだけど、まさかこんなに早く創部できるとは思ってなかったんだけど」


「お前が言ったように、進学クラスの僕が申請したから、ってのがスピード創部の理由らしいよ。進学クラスだと部活に参加してる奴もほとんど居ないらしいから、部活に積極的な生徒は応援してくれるって九旗先生が言ってた」


「これで部費が出ればなあ……」


「贅沢言うなよ。活動場所がもらえただけでも十分だろ」


『そーだよ! お菓子くらいなら、私が用意するよ! ただの部員の私に任せて!』


 ただの、って。唯一肩書きが部員なこと、気にしてるのだろうか……。


「まじで? フーちゃんお菓子用意してくれるの?」


『うん! こないだしぃるさんに作り方教わったし。なんなら味見して欲しい……かなって』


 そう書いたフウチは、鞄からタッパーを取り出して、机に置いた。


『いかがかね?』


 と。恥ずかしそうにタッパーを開けると、そこにはぎっしりクッキーが入っていた。教わったのは作り方だけじゃなく、作り過ぎることも学んだようだ。何枚焼いたんだよ、そのクッキー。


「食っていいのか?」


『うん。召し上がれ詩色くん!』


「じゃあいただきます美味し!」


『感想がスピードスターだ……っ』


「つい脳に電気が走ってしまった」


『えへへ』


「そんな大袈裟な。詩色は大袈裟なんだよ。確かに美味しそうだけど、言ってもクッキーでそんなリアクションできるわけないし美味し!」


「おい。僕の感想を前座にすんな」


「美味し美味し!」


 めっちゃ食ってる無鳥。こいつには遠慮とかないのだろうか。


『詩色くんも、良かったらもっと食べて?』


「ありがとう。じゃあ遠慮なく美味しさせてもらうよ」


 そんな風に返しているけど、実はかなりその文章が書かれたタブレット端末を持ったフウチの表情が可愛過ぎて、かなりかなりときめいている僕である。特に『もっと食べて』の部分に、とっても元気が出てしまうぜ。


「てか、筆談部なんだから、あたしたちも筆談にする? それが申請した活動内容なんでしょ?」


「まあ、そうだな。でも無鳥。僕たちが筆談して、フウチの書くスピードに着いていけるか?」


「たしかにフーちゃん、書くの早いよね。言われて思ったけど、そのスピードってもはや異能力じゃない?」


『能力名はマッハ書き書き!』


「あたし、今のタイムだと能力くらいしか書けないわ。そのスピードでそこまで綺麗な字って、実はかなりすごくない?」


『えっへん!』


「でも、筆談も面白いかもね。あたしもやってみよう」


 そう言って無鳥は、鞄からノートとシャープペンシルを取り出して、


『今日は一日どうだった?』


 と、書いてフウチに向けた。言ったら悪い気もするが、汚ねえ字。


『今日はまだ終わってないよ! まだまだこれからも今日は残ってるよ!』


『なんかポジティブだね。てかしいろ。コーヒー買ってきて?』


「お前、僕の名前の漢字書けないのか……」


『いちおう珈琲なら書けるよ。ほら』


「なぜ僕がお前のコーヒーを買って来なければならない?」


『クッキーが美味しいから。そんなこともわからないのか、のうなし』


「能無しを平仮名で書いてる奴に言われたくねえな」


 筆談だと、なんだか棒読みみたいにも見えてくるな。なるほど、なかなか難しいのかもしれない。


「僕も筆談してみるか」


『おおー! みんなが私スタイルになっていくー』


『よし。じゃあ珈琲を買いに行くのはジャンケンにしようぜ?』


『じゃあ私から提案! 筆談ジャンケンにしよう! 見せないように書いて、一斉に見せて、勝負!』


『ほほう。それはなかなか筆談部っぽい提案だな、フウチ。よし、それにしよう』


『さいしょはぐー? それもひつだんでやるの?』


 その確認よりも、いよいよ筆談すら平仮名で書いてきやがったな無鳥。てか全部平仮名じゃねえか。せめて最初くらいは漢字で書く努力をしろ。


 まあそこはスルーして置こう。


『じゃあ今から書いて、僕が合図をしたら、出す。それで良いか?』


『うん! 良いよー』


『おけ』


 ということで、書きタイム。


 僕はチョキに全てをかけるぜ!


「ジャンケン——ポン!」


『チョキ』


『チョキ』


『ぱあ』


 はい無鳥の負け。パーをぱあって書くやつ、初めて見たかもしれない。頭がそうなのかな?


 その後、文句を言いながらもコーヒーを買って来た無鳥だった。


 本日の活動記録——筆談ジャンケンをした。


 以上!

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