8


 どうやらラインを交換したフウチと無鳥なとりは、結構頻繁にメッセージのやり取りをしているらしい。


 ラインを交換して、初めての週末。


 午後三時のおやつ時。


『…………お邪魔します』


 と。僕の家にフウチが来た。ピンポンが鳴って、玄関を開けると、そこにはフウチが居た。休日だろうとタブレット端末を持っているが、私服である。銀髪ロングをお団子にして、これが白か、って思うくらい白いワンピース。スカート部が、少し短めな私服姿に僕は至福である。


「いらっしゃい」


 しかしジロジロ見るわけにもいかないので、僕は私服については心の中で褒めちぎり、フウチを家の中に招く。


「あたしも居るんだけど」


 帰れと言いたくなる。


 つまり無鳥と二人で、僕の家に来たのだ。無鳥も私服だが、いかんせん僕が無鳥の私服に興味がないので、私服としか思えない。キャップ被ってるくらいかな、特筆すべきなのは(我ながら雑である)。


「お前は、いらっしゃいとか言わなくても上がるじゃねえか」


「たまには言われたい気持ちもある」


「知るか。勝手に上がれよ」


 と。無鳥も上がる。なぜこの二人が、僕の家に来たのかと言えば、僕がラインを覚えたことにより、人生のレールをぼっち路線からハーレムルートにチェンジしたから——ではない。


 ラインひとつで、そんな大胆なルート変更が出来るなら、そもそもぼっちじゃないだろう。


 まあ、ぶっちゃけて言うと、フウチと無鳥が僕の家に来たのは、別に僕目当てではないのだ。


「いらっシャイン! そ、そんなわたしがシャインなんて、確かに常に輝いていることは間違いないので、否定できませんけど。わざわざ真実を口にしなくても良いですよーえへへ」


 こいつ目当てである。こいつと言うのは、僕の妹しぃるである。


「はじめまして、フウチ先輩! わたしがこの世全ての妹、そしてお兄ちゃんの妹のしぃるです! 以後お見知り置きを!」


『……はじめまして! 晴後はれのちフウチだよ。お兄さんには、仲良くしてもらってるよ。この世全ての妹、ってすごいね……』


「フウチ。しぃるは自己を過大評価してるから、気にするなよ」


『そうなんだ』


「うるさいぞお兄たん——うはあ、本当にタブレット端末で会話するんですねー? いやー、お兄ちゃんから聞いてはいましたが、お兄ちゃんだけに見えてる架空のお友達なのかと、妹ながら心配してたんですよー」


「お兄たんはお前にそんな心配されてたのか」


 架空のお友達だと心配されてたのか、僕。妹にそんな心配されるのは、なんかつらいなあ。


「そういえばフウチ。今日はコンタクトなのか?」


『うん。そうだよ……お兄たん?』


「休日でも視界をぼかすんだな……そこはスルーして」


『えっへん! スルーした!』


 褒めてねえけど、まあいいか。


 てかいつまで玄関で話してるんだよ。


 ということで、リビングに移動した。


 まさか僕の家のリビングに、こんなに人が集まるとは……。四人もリビングに居るとか、たぶんこの家初のことなのではないだろうか。


『うわあ、なんかすごいご馳走だね……』


 テーブルに並べられたお菓子を前に、フウチが嬉しそうである。


『これ、全部しぃるさんが作ったの……?』


「ですよー! わたしの手から生まれたのです。まあ、わたしって創造主みたいなところありますし!」


 どうぞ食べてくださいね——と。しぃるはフウチに言った。それを聞いたフウチは、『いただきます』と、書いてから、テーブルの上にあるクッキーやらパンケーキやらポテトチップやらチーズケーキやらタルトやらに迷いを見せて(てか作り過ぎだろ!)、クッキーをパクリ。


『もぐもぐもぐもぐ』


 嬉しそうにもぐもぐ書いている。


 あと無鳥は、既にチーズケーキとか食ってる。


「詩色。コーヒーは?」


「なぜ僕がお前のコーヒーを用意しなきゃならないんだ? 無鳥」


「チーズケーキが美味しいからだよ。当たり前でしょ!」


「お前の当たり前と僕の当たり前は、一生交わらないくらいの違いがあるな」


「しぃる。兄がなんか言ってるよ?」


「お兄ちゃん! お兄ちゃんはお客さんにコーヒーも出せないの? わたし、そんなお兄ちゃんに育てた覚えはないよ!」


「わかったよ……」


 妹に弱い。いや、本音を言えば反論したいところではあるが、実際にご飯とか作ってもらっている手前、反論しにくい感もあるし、何より反論するのが面倒だったので、コーヒーを用意した僕。


 我が家にコーヒーカップが四つあって良かった良かった。


「てかさ、しぃる。お邪魔しておいて言いにくいけれど、作り過ぎじゃない……?」


 散々食ってから言うことでもないだろうけど、無鳥が言った。


「はりきりましたー!」


 と、しぃる。


 確かに張り切っていた。その張り切りがなければ、たぶん僕、この二人が家に来るなんて知らなかっただろうし。なにやら朝からしぃるがキッチンで張り切っていたから、「誰か来るのか?」って聞いてなければ、僕は部屋で寝ていた可能性も高い。


 無鳥がしぃるに連絡していたらしく、僕のところにはなにも情報がなかったのだ。


 女子のコミュニティから省かれた感じだぜ。


 まあ、普通なのかもしれないが。そして男子のコミュニティからも省かれている僕には、なんのダメージもない。それが切ない。


「てか、今更だけど無鳥とフウチは、しぃるに用事でもあったのか?」


 場が鎮まった。シーンとした。


 なに? 僕って声出すとそんな扱いまでされるの? コーヒー用意したのに?


「それはね……、お兄ちゃん」


「だめだ! しぃる! それは詩色に言ったらだめだ!」


『……内緒』


「ということでお兄ちゃんには言えない」


「…………そうか」


 いや、なんかもう、言われなくてもわかった。


 たぶんこいつら、腐ったネットワークで繋がったな、ってわかったよ。


 絶対この後、しぃるの部屋でBL論議とかするだろ、こいつら。あるいはフウチを本格的に腐らせるつもりで、無鳥としぃるがタッグを組んだとかだろうな(僕の癒しが腐ってしまう……)。


「あ、そうそう。しぃるにびー……げふんげふん。しぃるに用事があったのもそうだけど、あんたにもお願いがあるんだよ、詩色」


 と、無鳥は言った。


「お願い? なんだよそれ。コーヒー用意すること以外にどんなお願いを持って来やがったんだ、お前」


「五百万くれ」


「無理だろ。ふざけんな!」


「まあそれは冗談で、詩色。あんたさー、部活作ってくれない?」


「…………は? なんで僕が?」


「あたしが作れるならそれでも良かったんだけど、あたし普通科じゃん? 普通科の生徒が部活を作る場合、最低でも五人の部員が必要になるんだよ」


「ふむふむ」


「でも、進学クラスの人が部活を作る場合、部員の最低条件が、五人から三人になるわけ」


「ふむふむ」


「だから作れ」


「説明不足過ぎねえか? その言葉を言うのは、早過ぎると思わないのかお前は! そもそも、なんの部活だよ。……いや、わざわざ作る必要あるのか?」


「作る必要はあるよ。だってその部活は存在してないし、創部条件がゆるくなる進学クラスでしか作れそうにないし」


「……で? どんな部活?」


「筆談部」


「なにそれ。なにその謎部活」


「その辺の部としてのアピールポイントは、あたしよりも頭が良いあんたの方が得意でしょ、詩色。だからよろしく!」


「いや。作らねえよ?」


「ふーん? あんたが創部してくれないと、あたしもフーちゃんも困るんだけどなあ」


「フウチも? なんで?」


『そ、それはね』


 と。フウチはタブレットに書いた文字を、僕に見せた。


『それは、私の帰りが遅くなっても言い訳できるから!』


 つまり、口実が欲しいのか。


 放課後のお話タイム。僕は気にしていなかったが、もしかしたら門限とかあるのかもしれないしな。なるほど。部活と言えば、門限を延長できる——ってことなのだろう。


 無鳥的にも、部活に参加する普通科の条件をクリアできるし、フウチもコミュニケーションの場が欲しい、と。そういうことか。


 それならフウチが創部すれば良いのだが。


 まあ、それはハードルが高いか。創部者が部長になるだろうし、筆談部とか言っても、部活になるからには当然、予算会議とかそういう場所にも参加せざるを得ないからな。


 その場合、常に筆談では難しいだろう。


 おそらく、創部申請したとしても、先生がそう判断して却下されるだろう。


 そこで僕か。僕が部長になれば、二人の念願は叶うということか。


 それ、僕にメリットなくね?


 そう思い、断るのが普通だろう。だが。


「わかったよ。僕が部長やってやる」


 僕は引き受けることにした。


 なぜか——それは、単純に。単純に嬉しかったのだ。


 フウチが僕との会話を、言い訳を必要とするまで楽しんでくれたことが、嬉しかった。すごくすごく嬉しかった。


 だから僕は、創部することにした。


 筆談部——いわゆる謎部活。


 まさか部活や委員会に参加したくないという理由で、そんな理由で進学クラスに移った僕が、創部を決意してしまうとは。


 やれやれ。不思議なものだよ、まったく。


『ありがとう! 詩色くん!』


「任せとけ」


 まあ、その笑顔。いまだに僕の目を見てくれることもないが、その恥ずかしそうな笑顔のためなら、安いものだろう。


 9


 筆談部。


 活動内容——主に筆談を通して、文章で伝えることの大切さを学び、また同時に知らない漢字は積極的に調べ、使用する。そのことで、言葉や漢字、そして文章で会話することの難しさ、面白さを学ぶ部活動。


 部長、葉沼はぬま詩色。


 副部長、無鳥るうる。


 部員、晴後フウチ。


 以上、現状三名を初期メンバーとし、創部することを申請します。


 五月某日。


 部長、葉沼詩色。


 こんな申請書で本当に通るのかわからなかったが、まあ創部の条件がゆるいというのは本当らしい。


 提出してその日には、僕に連絡が——知らせがあったからな。


「葉沼。まさかお前がこんな申請書を書くとは思っていなかったよ」


 教室に僕を訪ねて来た、九旗くばた先生はそう言った。


「先生に以前、青春しろって言われたので、青春してみようかと思いまして」


「ふふ。そうか。わかったよ。なら顧問は私がやってやろう。部室は空き教室を用意してやるから、存分に青春してみせろよ、葉沼」


「ありがとうございます」


 こうして僕は、筆談部の部長になったのだった。

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