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 その後はいつも通りにフウチを見送り、いつもと違い、途中まで無鳥なとりと帰った。


 いつもは一人の僕が、いつもと違って無鳥と帰ったとはいえ、特に取り上げるべく内容がある会話はない。いて言えば、無鳥ともラインを交換したくらいだろう。


 あとは、無鳥がなぜあの時間まで、学校にいたのかを知ったくらいか。ついでに、無鳥がフウチに喋らないこととか、どこから現れたのか訊かなかったのは、空気を読んだらしい。馴れ馴れしい奴ではあるが、その辺のデリカリーを考慮することは出来るようだ。


 無鳥がなぜ、放課後から時間が経ってからも学校に居たのか——それは単純に、部活動見学をしていたらしい。


 無鳥は昨年進学クラスで、今年から普通科を希望した珍しい生徒で、普通科に移ったことにより、部活動を探していたとか。


 だが特に参加したい部活もなく——とりあえずしぃるに借りた本を僕の机の上に置きに来たところ、僕に遭遇したようだ。


 あそこで僕に遭遇しなかったら、翌日僕はクラスメイトからどんな目で見られていたのだろうか。


 ぼっちの机の上にBL本。しかも結構、過激なやつ。二十三巻というヘビーユーザー感がある巻。


「……………………」


 まあ、見られかたは変わったのかもしれないが、別段今と環境が変わるとも思えないよな。


 結局、ぼっちだろうし。


 だが、そんなぼっちもラインを覚えた。


 なんと本日。ぼっちはラインを覚えたのだ。目に見える成長をしたのだ!


「はははは。ふははははは」


 帰宅して、自室。つまりは詩色ルームにて、一人笑みを漏らす僕。既に食事も風呂も済ませているので、あとはぐっすり眠るだけである。


 なぜだろうか。僕のスマホが別物に見えるぜ。


 充電なんて、三日くらいしなくても良いと思っていたけれど、これからは毎日しよう。なんなら、いつ充電が切れても大丈夫なように、モバイルバッテリーの購入も検討しようか。


 そんな風に、ご機嫌な僕。


 だって、さっきからスマホ鳴るんだもん。


 画面暗くしたら、数分後に自動的に画面明るくなるんだぜ? 困っちゃうよな。


 やれやれ。僕もすっかり現代人になっちまったようだ。スマホを手放すことが今や信じられないくらいだぜ。


 ふふふ——と。ニヤニヤしていると、ほら。スマホの画面明るくなった。


 その画面には、


『今日のあの……、トイレのことは忘れて……ね?』


 という、フウチからのメッセージが表示されている。


「なかなか忘れるにはインパクトが強いだろ」


 さすがに。それを忘却出来るほど、僕に上書きする思い出がなさ過ぎるし。そもそも、今日の今日でいきなり忘れられるかよ、って思いながらも、慣れないフリック入力で、


『僕の忘却力を見くびるなよ』


 と、返す僕。どちらかといえば、記憶力は良い方だと思っているので、忘れることは苦手なのだが、まあ。


 そう言ってやることが、僕の優しさである。


『…………絶対忘れてね?』


『わかってるよ。任せろ!』


『今日を振り返るとなにがあった?』


『いろいろあったなあ』


『たとえば……?』


『フウチがBLに夢中になったとか』


『ぐあっ! ……それも忘却希望!』


『いや、別に興味あっても良いんじゃないか?』


『…………ほんとにそう思う?』


『だってそれって、男子が百合に萌えるみたいなもんだろう?』


『……百合萌えなの? 詩色くん』


『人並みには萌えるかなあ』


『人並み、ってどのくらい?』


 どのくらい。難しい質問だ。


 僕、別にそこまで百合萌えじゃあないしな。でもまったく萌えないわけでもないし。どう説明すれば良いんだろうか。


 フウチのBLと同じくらい——と、仮に返した場合、じゃあフウチがめっちゃBL好きだったら、それと同じだと思われるだろうし、てかフウチたぶん、BL好きだろうし(あの反応だし)、そう返すと僕がかなりの百合萌えだと勘違いさせることになるので却下だな。


 じゃあなんて返せば良いんだろうか。


 人並みの基準がわからねえ。自分で言ったくせにわからねえ。人並み外れてぼっちだからかな?


 それは悲しい理由だが……。


『ラーメンで言えば、メンマくらい?』


 わからないので、そう返してみた。


『ええええええええ! そんなに好きなの!?』


 こう返ってきた。むしろ逆に、フウチのほうに僕は問いたい。


『そんなにメンマ好きなのか!?』


『ベストスリー!』


 メンマが? リムジンで帰宅してるお嬢様の大好物のベストスリーにメンマ?


 それ本当にメンマか? 僕の知らない食べ物をメンマだと思って食ってたりするんじゃねえのか?


 そう思ったりもしたが、ベストスリーの残りのふたつの方が気になったので、そっちを聞いてみた。


『三位メンマ! 二位たくあん! 一位唐揚げ! これが私の盤石ばんじゃく布陣ふじん!』


 えらく庶民的な答えが返ってきやがった。二位と三位を並べると、一位の唐揚げがやたらと高級に感じてしまう。盤石の布陣には失礼だとは思うけどショボい。


 親しみやすいお嬢様なのか?


 まあここで、僕の知らない料理並べられても、味も見た目も想像出来ないので、わかりやすいのは助かるが。


『詩色くんのベストスリーは? ひき肉?』


『なぜ生肉をランクインさせてると思った? 僕そんなクリーチャー的な要素ある? せめてハンバーグとかだと思って? 調理して?』


『じゃあ私が当てる! うーんと。ひき肉じゃないなら……』


『ひき肉じゃないな。絶対に』


『ロックス!』


『なにそれ!?』


 なにその格好いい名前! それ本当に食べ物なのか? 恐竜とかじゃねえのか(それはレックスだ)。


『ロックスは、ベーグルにクリームチーズとスモークサーモンを挟んだサンドイッチだよ』


『……それ、ロックスって名前だったのか。知らなかった』


 食ったことはあるけど。てか結構好きだ。


 でもベストスリーではないな。名前知らなかったくらいだし。


『んー。じゃあこれかな? エッグベネディクト!』


『僕、そんなにお洒落な食生活に見えるか?』


『えー? 違う? じゃあマシュマロ?』


『思考が急に雑になったな!』


 ベストスリーにマシュマロって。そんなぼっちなかなかいないだろ。なんかぼっちがマシュマロ食ってるの想像すると、泣ける……。


『僕のベストスリーは、三位はサバの塩焼き』


『二位はシラタキ!』


『違うよ!?』


『一位はターメリックライス!』


『それなら普通のライスで良い!』


 なぜターメリックライスだと思った?


 あと二位シラタキじゃねえし。


『二位は、唐揚げかな』


『なぬっ? 唐揚げが二位とな? あんなに美味しいのに二位とな……っ!?』


『……じゃあ一位唐揚げ』


『わーい! 同じー! はいふぁーいぶ!』


 ダメだ。ライン楽しすぎて、怖い!


 一回返信が来るたびに、僕の寿命減ったりしてない? それくらいの代償支払ってたりしない?


 あと、ラインだとフウチのテンションが高い。顔が見えないと、これがフウチのスタンダードなのか。嫌いじゃねえぜ。


 とりあえずそのノリに合わせて、『はいふぁーいぶ!』って返しておいた。


『今日、私初めてあだ名つけてもらって嬉しかったー!』


 急に話が変わったが、これもラインの良さか?


 ラインルーキーだから、ラインのテンポがまだ掴み切れていない。


『今日、楽しかったか?』


 ふと、僕は聞いてみた。思えば、僕以外とタブレット端末を使ったトークをしているのを見たのは、今日が初だったからな。


『うん! 恥ずかしいこともあったけど、それは詩色くんは忘れてくれたはずだから、私も忘れて……楽しかったあ! 無鳥さん、優しい!』


 それは良かった。僕も嬉しくなるな、なぜか。


 でも、無鳥が部活始めたら、なかなかフウチと接する機会もなくなるのか。


 それはなんだか、可哀想な気もするな。


『フウチは部活とかやらないのか?』


『んー。私は運動とか苦手だし、あまり人が多いのも苦手だし……でも、お話するのは好きなの』


『なるほどなあ』


『詩色くんとお話するの、すっごく楽しいから、私好きだよ!』


 これ、私好きだよの部分だけ保存とか出来たりしないの? そこを切り取って保存したいんだけど。


『お話するのが! だよ!? トーク! トークだからね——っ!?』


 僕の内心、電波に乗ったのかな? 電波が僕の心盗んだのかな?


 しかしまあ。この反応がもう。たまらんなあ。


『わかってるよ。僕もフウチと話すの楽しいし』


『ふ、ふーん? 好き……?』


 これどう返事したら良いの?


 好きって言う流れなの? 言うべきタイミングなの?


『まあ、好きかなあ……』


 送ってみたけど——ぶは恥ず!


 ぐあ恥ずっ! 話すのが、ってわかっているのに、恥ずかしい!


『じゃあ、一緒だね』


 僕をときめかすためだけに現れた妖精とかなんじゃないのか? そんな疑惑すら覚えるんだけど。


『ああ、一緒だな』


 ぼっちという立場も一緒だしな。


 そう考えると、やっぱ気にはなる。


 なぜフウチは、いきなりクラスに現れたのか。


 ちょっと前まで、気にならなかったのに。


 あるいはこれが、好きになったってことなのかもしれない——と。僕は思った。


 好きな人のことは、知りたくなる。


 そういうことなのかもしれない。


『おやすみなさい、詩色くん』


『ああ、おやすみ。また明日』


 まあ、こんなラインが出来るだけで、僕は満足してしまうのだが。

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