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妹にラインの使い方を教えてもらったので、これで僕も一人前の現代人と胸を張って言えるぜ。よーし。あとはラインのIDというやつをさくっと教えてもらえば、晴れて僕はラインをやっている男子高校生という称号を獲得することができる。
ふっふっふ。
現代人になった僕に怖いものなんてない!
まあ、そんなことを思っていても、結局のところ——そう思っていた時期が僕にもありましたって話である。
なぜなら僕は、なかなか彼女にラインのIDを訊ねられずにいるのだ。ラインを登録して、一週間という時間が経過したけれど、僕は彼女にライン教えて、って言えずにいるのだ。
その理由は、単純に。
妹のしぃるにラインを教わっているとき、しぃるに言われた言葉から、ラインのIDを訊ねる前に、確認しなければならないことがある——という事実を知ってしまったからなのだ。
しぃるになにを言われたのか——それは、しぃるから事情聴取をされた僕が、「てか、どんな人にライン教えて欲しいの?」、と。言われて、僕は「筆談しかしない女子」と答えた。
その答えを聞いたしぃるが言った言葉が、
「その人、そもそもスマホ持ってるの?」
である。
スマホ。スマートフォン。昨今のスマホは、どんどんサイズが大きくなって、あまりスマートな印象を感じないけれど、それでもスマホと呼ばれるツール。現代人の脳の一部とさえ呼ばれる生活必需品——いや、そんなことじゃなくて。スマホのスマートさなど関係なくて、スマホの詳細な説明をしたいのではなくて。
たしかに、しぃるの言う通りで、僕は彼女——
タブレット端末を持っていることは知っているが、スマホを所持しているのか、わからない。
しぃるが言うには、ラインを登録するには電話番号が必要であり、なんでも電話番号がないと登録できないとか。まあ、しぃるが言ってたことなので、確かめたわけではないが。でも教わりながら登録した時、電話番号も入力したし、別に僕にとってしぃるの言葉が全てというわけではないが——そうなのだろう、とは思う。
もし——彼女がタブレット端末だけしか持っていないのだとすれば、彼女はラインをやっていないのではないだろうか。タブレット端末って、電話番号とかないよな? 僕はタブレット端末について、まったくもって素人なので知らないが、ないよな?
せっかくラインを登録して現代人になった僕だけれど、仮にIDを訊ねたとして、『やってない』って言われたら(書かれたら)、無駄な努力をしたことになる。
そして何より、もしもそう言われた場合、なんて返せば良いのかわからない。
いや、そんなこと気にしてねえで、さっさと聞けよバカかよ死ねクズ——という意見もあるかもしれないが、でもな? いいかよく考えて欲しい。
そもそものことなのだが、ライン教えて、っていつ言うの?
どのタイミングで切り出す話題なの?
ライン教えて、って言葉で良いの? ラインのID教えて、って細かく言うべきだったりする?
それとも、あの有名なメッセージ交換アプリ、ラインってあるじゃん? そのID教えてくれない? ってさらに細かく言うべき? どうなの?
「……………………」
まあ、誰も答えてくれないけれど。
そりゃあそうだ。僕は内心で一人で呟いているだけだし。ツイートしているわけでもなければ、リツイートもしていない。そもそもツイッターをしていない(言葉の仕入れ先は妹だ)。
あとさ、もっと根本的なことなんだけどさ。
ライン聞くのって、すごく恥ずかしくない?
それって、いつでもどこでも気軽にメッセージの交換をしたいんだ、だから教えて。ってことじゃん? それもう告白みたいなものじゃないのそれ?
もっと言えば、僕ぼっちなんだぜ?
忘れてはならないことで、忘れたいくらいのことだけれど、僕はぼっちなんだぜ?
そんな僕が、ラインを聞くって。心理的ハードルが高過ぎるとしか思えないんだけど。高さで言えば、地べたから火星くらいの距離がありそうなんだけど(この場合の地べたはもちろん僕だ)。
はてさて。どうする。
いや、どうするもなにも、どうすることもできなくて、一週間とか悩んじゃっているんだが。
困った困った。ほとほと困った。困り果てている。悩みがあるのは、現代人ならではなのだろうか……。
ただ、こんなことを考えていると、授業のスピードは、すげえ早く感じる。
気がつけば放課後になってるくらいだ。
ということで、放課後。妹にラインを教わってから、一週間経っている放課後。
「…………はあ」
と。僕は
それを見ていたのか、あるいはため息が聞こえてしまったのかわからないが、お隣さんが僕にタブレット端末を向けている。首を
『……どうしたの?
「いや、足は挫いてないよ……」
どちらかと言えば挫かれたのは、足じゃなくて出鼻だ。
『なんか最近元気ない……よね? なんかあったの?』
「いや、別になにもないけれど。僕のメンタルに気を遣ってくれるとか、晴後さん優しいな」
実は女神とかじゃないのか。今のところ正体不明だから、その可能性もなくはない(かもしれない)。
『別に! 別に私は優しくないよ! お隣だからそう思っただけだからっ!』
「……そっか。ありがとう」
お隣だから——か。少しだけ、僕のことをよく見てくれているのか? って期待した自分がむなしいぜ……。
『……あ、あのね?』
と。彼女はタブレット端末に書いて、なにやら深呼吸をしてから、続きを書いて僕に向けた。
『……フウチ、って呼んでほしいなあ、って』
「……………………」
危ねえ。死ぬかと思った。たぶん今、心臓止まったんじゃねえか? 一瞬、心臓停止したんじゃねえか……?
僕がそんな風にフリーズしていると、彼女はものすごいスピードで、書き書き。
『別に深い意味はないんだよ!? 晴後さん、って呼ばれるとなんだか
と。この文章を、ほんの数秒で書き終えたことの方がすご過ぎるから、なぜかそっちに焦点がずれてしまいそうになるし、むしろ僕が読む時間の方が長いくらいだった。いや本当に早書きすげえ……。
「じ、じゃあ…………」
そうリクエストされては、応えないわけにもいくまい。
僕は、思えば女の子の下の名前を呼び捨てにしたことなんて、この世で妹しかいないし、これからの人生でも妹の名前しか呼び捨てにしないだろうと覚悟していたけれど——その覚悟を捨てる場面は、どうやらここらしい。
「……………………フウチ」
恥ずっ!
若干、発音が変になってしまった。フウチってちゃんと言えた? フウチのフウの部分が、フウ〜! 的なパリピっぽくなってなかった!?
果たして僕の顔はどうなってるんだ? もしかして赤ピーマンより赤くなってたりするんじゃないか?
というか、僕の顔も赤いかもしれないけど、彼女の顔——フウチの顔もやばいくらい赤いんだけど。
ちょっとやめろよお! そんな顔されたら、僕みたいな奴はすぐに、あれ? 僕のこと好きなんじゃね? って勘違いしちゃうだろお!
冷静になれないじゃねえか。ともかく落ち着け僕。
深呼吸深呼吸。すーはー。すーはー。
深呼吸してる間に、フウチはまたも書き書き。
『なにかな……?』
と。おそらくさっき僕が呼んだことに対しての返事だろう。
そう言われても——書かれても——、呼んだだけなのだが。
だから僕はとりあえず。会話のテンポを崩さないように、
「……僕のことも、
と。言った。よくよく思い返せば、彼女は僕の名前をタブレット端末に書いて呼んだことはなかったので、言う必要はなかったのかもしれないけども——そう思いながらも、僕は名前呼びを希望していた。
『……詩色…………くん』
「なんだね?」
恥ずかしさを誤魔化すため、僕は即答で返事をした。なぜダンディな口調になったのかわからないが。てか心音うるせえ。これがドキドキする、ってことなのか。学んでしまったぜ。
ひとつ賢くなった僕に、彼女は、
『…………ライン、教えて。詩色くん』
と。タブレット端末に書いた。
僕が散々悩んで、一週間も使って結局言えなかった言葉を、彼女はさらっと書いてきたのだった。
『べつにあれだよ!? お友達だから教えてほしいだけだから! お友達だし、仲良くしてくれているし、だから知りたいだけだから!』
「お、おう……わかってるよ」
なにツンデレなの?
いやまあ、たぶんツンデレじゃなくて、それが本心なのだろうけれど。僕が彼女に惚れる要素はたくさんあるけれど、彼女が僕に惚れる要素なんて残念ながら、微粒子レベルですら存在しないだろうし(微レ存もないと自信を持って言い切れる悲しさはあるけどな……)。
「これ、僕のライン」
そう言って僕は、妹に教わったことを駆使して、QRコードを画面に出した。サンキューしぃる! お前のおかげで、僕は画面にQRコードを出すことができたよ!
僕のスマホ画面を、彼女は鞄から取り出したスマホで読み取った。お隣になってから、初めて見た彼女のスマホである。よくよく考えてみると、迎えを呼ぶ連絡とかしていたのだろうし、スマホを持ってることは、ちょっと考えてみればわかることだったんだろうな(あ、でもメールならタブレットでも出来るんだっけか?)。
読み取りを済ませた彼女は、バッ、と勢いよく立ち上がり、タブレット端末に、
『おトイレ!』
と。書いて下を向いてトイレに早歩きで向かっていった。
「……………………」
まあ、僕から聞くことは出来なかったけれど、なんとか彼女のラインを知ることができた。
やっほーう! テンション上がるぜー! 心躍るぜ! マジで踊ってもいいくらい心躍るぜ!
さすがにダンシングは馬鹿みたいなので自重するが、でも今日はスキップして帰るぜ! マジでスキップするからな!
「……………………」
そして、十分が経過した。
十分。彼女がトイレに向かって、十分。
「……………………」
遅くね……? 十分って遅いよな?
女子のトイレに費やす平均タイムなんて、妹しかデータがない僕にはわからないし、その唯一のデータだけを基準にするなら、しぃるはトイレで漫画読む奴だから別に遅くはないけれど、でも遅くね?
タブレット端末は机の上に置いていったし、帰ったってわけじゃないだろうし、そもそも鞄も置きっぱなしだし。
でも、スマホでも電子書籍とかなら読めるだろうし、スマホは持っていったから電子書籍に夢中になっている可能性もなくはないだろうし。
もうちょっと待ってみよう。
ということで、さらに十分。
彼女がトイレにいってから、二十分が経過したんだけど、戻ってこない。
……さすがに遅いよな? 家のトイレならまだしも、学校のトイレで二十分も費やすだろうか?
それを言い出したら、十分の時点でそう思え、って感も否めないが、まさか具合でも悪くなったとか……?
だとしたら、どうする? もし彼女が具合が悪くなったのだとして、僕はどうすれば良いんだ?
女子トイレに駆け込む——とか?
だけれど、それをして彼女が普通にトイレで電子書籍を楽しんでいたら、ただの変態になるぞ。
だが、具合が悪くなって、最悪意識を失ったとかもあるかもしれない。
「……あ、そうか」
そうか。スマホを持っていったことを知ってるんだから、こういう時にこそ、ラインを使えば良いのか。現代人になりたてだから、その発想が出るまでに時間がかかってしまった——と。
僕がラインを開いて、メッセージを送ろうとした、その瞬間だった。彼女からラインが届いたのは——ラインを開いた瞬間だった。
彼女からのライン。記念すべき初ライン。
その内容は、
『…………へるぷみー』
という、僕に救助を求めるSOSだった。
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