筆談部。いわゆる謎部活である。
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「おお……ふ……」
晩ご飯にシチューを食って、次の日はチキンカレーを食った翌日の昼休み。
僕は弁当箱を開けて、思わず声が出た。
僕の弁当箱は、二段になっているタイプで、上の段がおかず。下の段がご飯——と。そんな感じがほとんどなのだが、しかしこの日のメニューは、一品だった。
上の段。唐揚げ。
以上。
なんて
鶏肉が思いのほか余ったようだ。ついでに言うと、じゃがいももやはり余ったようで、下の段には、ご飯とポテトサラダがフィフティフィフティで、詰め込まれていた。
ポテトサラダをおかずと言えるのかわからないので、やっぱりおかずは一品だろう。
てか……唐揚げ。十八個もあるんだけど。
「…………いただきます」
ともあれ、作ってもらっている僕に、メニューに文句を言う筋合いはないだろうし、唐揚げが嫌いなわけでもないので、大人しくいただくことにした。
うん。うまいうまい。
ポテトサラダもうまいうまい。
でも、量が多い。ポテトサラダって、こんなに食うものだったっけ? って確認したくなるくらいの量だしな。唐揚げも同じく。
文句を言うことはないが、内心で思うくらいなら許されるだろう——と。僕が内心で文句(ではないなにか)と、唐揚げを
ゆっくり隣を向いて見ると、お隣の女の子。
僕の弁当箱にメンチを切っていた。
「…………唐揚げ、食う?」
めっちゃ見てることがわかったので、僕はそう声を掛けてみる。
すると彼女は、タブレット端末に文字を書き書きして、僕に向ける。
『良いの? 大事なおかずを良いの?』
「いや、もしこれが二、三個とかだったら僕の大事な唐揚げだけどそれでも食う? って覚悟を問うけれど、一個食ってもご覧の通りあと十七個もあるんだぞ? これだけあれば、ご飯三杯は食えるだろ」
『じゃあ、唐揚げちょーだい!』
「どうぞ」
『ありがとん!』
不意打ちの感謝の文字だった。唐揚げは鶏肉なんだけれども。
『もぐもぐもぐもぐ』
咀嚼音まで、タブレット端末に書く丁寧さである。
『おいしい! 唐揚げおいしいよ! これが唐揚げ、って誇れる唐揚げだよ!』
唐揚げが好きなのだろうか? やたらとテンションが上がっているようで、なによりだ。
『じゃあ……』
と。彼女はタブレット端末に書いて、彼女のお弁当から、サンドイッチを取り出して、僕に渡してきた。
『こーかん!』
彼女は交換と言っているのだが、僕は好感!
グッときた……。
「ありがとう……いただきます」
どうしよう。妹以外の女の子から、サンドイッチをもらってしまった。手が少し震えているぜ。生きていれば、こんな日が来るんだな、って。少し泣きそうになった(マジで)。
受け取ったサンドイッチを僕は食べた。レタスとチーズとハム。普通のサンドイッチで、普通の味——なのだろうけれど、女の子からサンドイッチをもらった感動で、味がよくわからない。
僕の舌が謎の麻痺である。
『おいしい……、かな?』
タブレット端末にそう書いた彼女は、相変わらず僕の目を見ることはないが、なにやら少し緊張しているようにも見えた。まあ、ほとんど顔赤いので、その判断が正しいのか定かではないが。
「うん。おいしい。もし僕にリアクションの才能があれば、服が弾けていたかもしれない味だ」
感動で味覚が狂っているけれど、僕はそう言った。優しい嘘である(異論は認めない)。
『それは、目のやり場に困るなあ…………』
冗談が通じなかった。
普通に返されてしまったぜ。やれやれ、僕もまだまだ、甘い。
「てか、これは晴後さんが作ったの?」
『うん。挟んだだけだけど』
「いや、挟む具材のバランスが最適と言わざるを得ないな。多過ぎず、かつ少なくない。これ、ひょっとして黄金比じゃないのか? まさか今日、黄金比のサンドイッチを口するとは思っていなかったよ。まったく……恐れ入ったぜ……」
『そこまで言われると、こっちが恐れ入っちゃうよ。恐れ多いよっ!』
恥ずかしそうにしやがって。
くそう。可愛いじゃねえか。
『もいっこ、リクエストしていーい?』
「ん? なに?」
『ポテサラちょっと欲しい……ダメ?』
「お安い御用だ。好きなだけ食ってくれい」
『わーい! サンドイッチに挟むー!』
なんだその無邪気さ。
僕を殺しに来ているのか……?
顔面の筋力が悲鳴を上げているのがよくわかる。たぶん、今の僕は相当締まりのない顔をしているだろう。萌え死ぬかもしれない。萌え尽きるとでも言っておこう。
『ぎゅむぎゅむ』
タブレット端末を駆使して、擬音まで書いてくれる優しさ。もう女神に見えて来たんだけど。
そんな女神……もといメガネ晴後は、サンドイッチに僕のポテサラを挟んで、
『もぐもぐもぐもぐもぐもぐ』
このもぐもぐである。
帰ったら、妹に感謝しよう。お前のポテサラは、世界一だと褒め殺してやろう。
その後、サンドイッチをもう一個もらった。
本音を言えば、ジップロックにでも入れて、冷凍保存して家宝にしたいところだったが、しかし、
『ポテサラ挟むと味の向こう側が見えるよ!』
と、書かれて渡されたので、家宝にすることは出来ずに、そのまま食べた。
スーパーうめえ。
味の向こう側が果たしてどこなのかわからなかったが、スーパーうまかった。
そんなお昼を終えて、放課後。
放課後は、彼女と少しだけ世間話をして、そして帰ることが最近の日課みたいになっていた。
なので今日も、少し会話をしてから、帰宅。
これも最近の日課みたいになっていることだが、メガネをしている彼女をリムジンまで護衛するガーディアンをやっている。
んで、リムジンの前にいるじいや(的な人?)に一礼をして、ようやく帰宅。
リムジンを見送って、僕も僕の帰宅路に着こう——と。校門から出ようとした瞬間だった。
「……………………」
僕、なにもしてないぞ……?
呼び出しされるようなこと、なにもしてないぞ?
うわ、なんだよ、なんだよマジで……。
嫌だなあ。呼び出しとか、嫌だなあ。
「……………………」
これが、僕が一歩でも校外に出ていれば、知らなかった、という弁が通用するだろうか?
まだ校内だけど、校外に出ていた——と。お茶目な嘘が通じるだろうか?
悩むぜ……。
『至急って言っただろ。校門で突っ立ってないで、すぐ来い』
見てんのかよ。見られてんのかよ。
そう言われてしまっては、バックレるわけにもいくまい……。
「はあ……」
やだなあ——と。心底思いながら、僕は職員室までゆっくりとのろのろ歩き出したのだった。
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