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学校の敷地から出るまでの
おいおい
まあ、ぶっちゃけ僕もそんなことを思ったりしたさ。
思わないわけがあるまい。
下心とは、そういうものなのだから。
うん。思っていた。つまりそう思っていた時期が僕にもありました——という話である。
だけれどそれは、彼女が歩いて帰る場合であり、残念ながら校門に迎えがスタンバイしていることを考えなかった僕の早とちりだ。
校門には、彼女の迎えがスタンバイしていたのだ。
具体的に言うと、リムジン的な車がな。
「……………………」
その車を見た僕は、もうこんな具合に黙るしか出来なかった。
いや。まさかそんなリムジンって……。
高嶺の花だとは思っていたし、高嶺の花過ぎるとも思っていたけれど、そこまで高いところにいたとは……。天空じゃねえか。
てか僕、初めて見たよ。リムジン。
本当に長いんだな。リムジンって。
だから僕の護衛は、必然的に学校の敷地内のみで終了した。じいや(的な人?)がスタンバイしていたので、そのじいや(的な人?)に、とりあえず一礼して、僕は帰宅したのだった。
帰宅路には、特にエピソードもなく。
僕みたいなやつに、帰宅路にいちいちエピソードがあるはずもあるまい。一人で帰宅して、それでも帰宅エピソードが存在するのなら、僕は一人で帰宅するような寂しいやつでもあるまい。
「ただいまー」
というわけで、帰宅。
ただいまとは言ったが、この時間帯(夕方五時過ぎ)に家に居るのは、先に帰宅しているであろう妹くらいのものだが。
だが、今日は妹がまだ帰っていないようだ。いつもなら、僕のただいまに唯一レスポンスを送ってくれる妹だが、返事がないことから、そして玄関に靴がないことから、妹不在の判断が可能だった。
「おかえり」
妹の靴はなかったが、別の靴があった。
ゆっくり靴を脱いでいると、リビングから声が聞こえた。妹のじゃない靴の持ち主だろう。
声が聞こえたので、部屋に直行するつもりだったが、声がしたリビングに向かう。
「同じ学校なのに、僕よりも先に我が家のリビングのソファでくつろぎ、冷蔵庫から牛乳パックを取り出して、コップを勝手に使用して、グビグビ飲んでるって、お前、なにしてんの?」
「とりあえず、反論しておくけど、詩色。あたしはコップを勝手に使用していないから。きちんとあんたの妹から渡されたコップだから」
「冷蔵庫から取り出したことは否定しないのか?」
「あ、冷蔵庫から取り出したのもあんたの妹だよ」
「……で? なにしてんの?
「あんたの妹に、牛乳の賞味期限が今日までだから、消費を手伝ってください! って言われてね。だからあたしは牛乳を消費しているんだよ」
「うちの妹は、牛乳を飲ませるために先輩を呼び出すのか」
「まあ、先輩と言っても、あたしとしぃるは友達だからね」
「んで? そのお前の友達こと、僕の妹のしぃるはどこに行ったんだ? 姿が見えないけど?」
「しぃるなら、スーパーに行ったよ」
「お前に牛乳飲ませて、スーパーに行ったのか」
「うん。つーか詩色も牛乳消費手伝ってよ。あたし一人じゃあ、牛乳パックを
そう言いながら無鳥は、僕に牛乳パックを渡してきた。
「結構減ってるじゃねえか。どんだけ飲んでんだお前。別に牛乳飲んでも、胸が育つわけじゃないと思うぞ?」
「ストレートにあたしが貧乳だと馬鹿にしやがったな? これでも成長はしてんだからね?」
ふーん。
じゃあ確認してやるから、どれ。脱いでご覧なさい——とは言えない。当然だが。
まあ、ストレートに貧乳と言ったつもりはなかったが、大きくはないからな。身長はそこそこでかいくせに。僕と同じくらいなのに。僕が小さいのかもしれないけど(一六九センチの僕……)。
とりあえず渡された牛乳を持って、僕は自分のコップを取ってきた。ついでにインスタントコーヒーを準備して、牛乳をちょっと電子レンジで温めて、コーヒーを溶かす。
「それ、あたしもそれがいい」
「勝手にやれよ」
「あたしはお客様だよ?」
「僕が招いていない時点で、お前は僕のゲストではねえよ」
「ちっ! そんなんだから、友達居ねえんだよ」
「ほっとけ!」
無鳥は自分で電子レンジを使用してチンして、コーヒーを溶かした。
「お砂糖ないの?」
「ポットの近くにないか?」
「あ! ココアあるじゃん! こっちにすれば良かったあ……」
「安心しろ。牛乳ならまだある」
「あたしどんだけ飲むんだよ」
とか言いつつ、無鳥はコーヒー牛乳を一気に飲み、すぐにミルクココアを作っていた。
ひとんちで、よくもまあここまで自由に振る舞えるものだ。
「そういえば、しぃるはなにを買いに行ったんだ? 無鳥、聞いてる?」
「牛乳を消費するための食材って言ってたかな? だからきっと、今夜はクリームシチューじゃん?」
「いや、だとしたら、この牛乳全部消費したらダメじゃねえのか?」
「その心配はいらない。冷蔵庫を開ければ、納得するよ」
冷蔵庫を開けなくてもわかった。もう一本、賞味期限が今日までの牛乳が存在することは、冷蔵庫を開けるまでもなくわかった。
「そういやさ、詩色」
ミルクココアを飲みながら、無鳥は言った。
「あんたのクラスに幽霊出たんだって?」
「……………………」
は?
「なんかあんた、その幽霊と唯一喋ってたらしいじゃん?」
「幽霊って、
「へー。晴後さん、って言うんだ。その幽霊」
「いやいや。晴後は幽霊とかじゃねえから。普通に女の子だったから」
「ふーん。まあ、女の子なのは噂で知ってるけれど。でもさ? その晴後さん。不思議なんだよね」
「不思議? どのへんが?」
「存在が」
「存在? 可愛い存在過ぎるからか?」
「違うよ。てか可愛いんだ? ふーん、それは知らなかったよ」
「まあ、可愛いのは僕の感想だけど。で? 存在が不思議って、どういう意味?」
「だってさ? その子。誰も知らないんだよ?」
「誰も……? 知らない?」
「そう。クラス替えしたら、突然現れたの。転校生でもないみたいだし。クラス替えしたら、あんたのクラスに突然現れたんだって。ね? 不思議でしょう?」
「…………まあ、うん」
それなら、確かに不思議だな。
そうか。だからか。
だから彼女は、あの見た目で、誰からも声を掛けられなかったのか。可愛いを不気味が
視野が狭い僕は知らなかったが、たしかに知らない生徒が急に増えていたら、不気味ではあるよな。
なるほど。僕がぼっちな理由は、まあよくわからないけれど、彼女がぼっちな理由はわかった。
幽霊か。期せずして、僕が朝感じたことはクラス全員が思っていたことだったのか。
「まあ、本当に幽霊ってわけじゃないんだろうけどね。でも、いきなりそんな人が増えてたら、幽霊って噂はされちゃうよね。他クラスのあたしにまで、届いた噂だし」
「噂って広がるの早いからな……」
「学校内だけなら、特にね」
「だな」
しかしそうなると気になる。
彼女——晴後フウチは、何者なのだろう。
「それだよね。あんた、聞いてきてよ?」
「それ、聞いて良いのか……?」
「仲良くしてるなら、良いんじゃない?」
「仲良く……してるのかなあ。僕」
「? 話してるなら、聞けるでしょ普通」
まあ。そうなのかもしれないが。
でも、その方法がなあ。向こうは筆談だし。座席がお隣さんだけれど、まだ声を聞いたことないし……。これ、仲良くしてる、って言えるのか?
うーん。わからない。
わからないわからない。
仲良くしてるのかわからないし、彼女のことがわからない。
晴後フウチ——彼女の正体がわからない。
と言っても、まさか本当に幽霊というわけでもあるまい。
「……………………」
幽霊なわけないよな?
まさかな……?
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