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 銀髪の破壊力を学んだ、放課後。


 お隣さんの銀髪少女の授業の受け方について、僕は疑問を覚えていた。


 姿勢良いな、って思ったりもしたが、そうじゃなくて。


 単純に変なのだ。変というか、どうして? って思うのだ。


 その疑問は、一限目の開始直後からである。


 なぜなら、お隣さんの銀髪少女——はれのちフウチは、授業が開始された瞬間、コンタクトレンズを外したのだ。


 朝、黒板を前かがみで見ていたことを知っている僕は、彼女は目が悪いのではないだろうか、と。思ったけれど——いやいや。


 それなら普通、逆だろ。


 外さないだろ。装着するだろ。


 一限目でコンタクトを外した彼女は、授業の合間の休憩時間には、メガネをしていた。


 めちゃくちゃ似合っていた。


 行動内容が意味不明過ぎて、理解できなかったが。


 目が悪いのなら、普通。授業中こそ視力を補正するべきだろう。


 だが彼女は、その後の授業でも、授業中はメガネを外し、授業が終わるとメガネをしていた。


 謎である。謎というか不思議だ。


 だから僕は、どうしても知りたくなったので、その理由を——謎のコンタクトとメガネを外す理由を——、彼女に訊くことにした。


「なあ、晴後さん?」


 放課後の教室で、他の生徒が帰宅していく中で、僕はそう言って、彼女を呼んだ。


 僕の言葉に彼女は、タブレット端末に『?』と書き、首を傾げた。なぜか顔は赤い。


 僕のこと好きなんじゃね? って勘違いしそうになるが、僕は質問をすることを優先する。


「どうして、授業が始まるとメガネをパージするんだ? 目が悪いなら、普通逆じゃないのか?」


 僕の質問に、彼女はタブレット端末に文字を書いていく。書くの速い……。


『私、目は良いよ!』


 なかなかの速筆でそう書かれたタブレット端末の画面を見た僕は、だとすれば、コンタクトをしていた意味も、メガネをしている意味もないんじゃ? と、そう思いながらも——いや。


 コンタクトはカラコンだったのかもしれないし、メガネも実は伊達メガネで、休憩時間にはお洒落を欠かさない女子力の持ち主なのか、とも思えた。


『度入りだよ!』


「……………………」


 伊達メガネとかなの? って一応質問した僕に対する、彼女の返事である。


 だとすれば、尚更意味がわからない。


 度入りなのに、なぜ外す?


 そしてなぜ休憩時間には装着する?


 謎過ぎる。お洒落……なのか? それが女子のお洒落感覚なのか……?


 女子じゃない僕にはわからないけれど、それが女子のお洒落で、いわゆる女子ならではの可愛いだったりするのだろうか?


 女子の言う可愛い、って、男子にとってはわからないことが多すぎるからな。ある意味、女子の可愛いは男子にとってミステリーだ。タピオカのどこが可愛いのかもわからないし。同じ粒々でも、イクラ丼を見て可愛いって言ってる女子を僕は見たことがない(いるかもしれないが)。


 色的には、イクラの方が可愛いと思うけど。


 なぜかイクラのことを考えていると、彼女はタブレット端末に文字を書き書き。それを僕に向けた。


『私、誰かの視線が苦手なの……。だから、わざとコンタクトやメガネをして、視界をぼかしているの』


「なるほど」


 なるほど、である。


 視線が苦手か。確かに、彼女ほどの容姿ならば、視線は集まってしまうだろう。男女問わずに、注目を集めてしまうことだろう。現に僕も朝、めっちゃ見てたしな。


 だからわざと朝はコンタクトをしていたのか。休憩時間は、毎回コンタクトを入れるのは手間だから、メガネにしていた——ということか。


 納得。なんかスッキリした。


「でも、それって危なくないか? 視界がぼやけているなら、登校中も危ないし、階段とかかなり危険だろう?」


『んー。でも慣れたよ。足下さえしっかり見て歩けば、転ばないし、ぼやけているって言っても、人の目が見えないくらいで、人がいることは気づくもん。字は見にくいけど……ね?』


 だから朝、黒板の座席表を確認するとき、やたらと前かがみだったらしい。


「だけど、それならなんでコンタクト? メガネだけで良くないか?」


『メガネだと、下を向いて歩くとき、誰かに見られてたら、チラッと視界に入っちゃうでしょ? だから朝は、コンタクトなの』


「徹底してんなー」


『えっへん!』


 自信満々みたいな感じで、タブレット端末に書かれた『えっへん!』だが、彼女の表情はやっぱり赤面してるし、僕の目を見ない。


 まあ、その表情で一秒でも見つめられたら、その瞬間に死ぬか惚れるかしそうだが……。


 今も僕、普通に話している風だけれど、ニヤけていないか不安になる。頬って筋肉痛とかになるんだろうか?


 なるのなら、明日とか僕、めっちゃ顔痛いんじゃねえのか?


 やれやれ。小顔になってしまうぜ。


「じゃあ、帰りもコンタクトするの?」


『そうしたいけれど、帰りはメガネ……。コンタクト入れるの苦手で……。眼球に直接レンズを貼り付けるのは、正直怖いんだもん』


 じゃあしなきゃ良いのに感半端ねえな。


 だけど、コンタクト入れる恐怖よりも、視線の方が嫌なんだろうな。見る側からすれば、可愛いから魅せられてしまうのだが、彼女からすれば、そんなつもりはないし、見られるのはストレスなのだろう。


 そう思うと、今朝の僕は悪人である。


 なにせすげえ見てたからな、僕。アホみたいに。


 内心で呟いていると、彼女はメガネを装着した。わざわざ、タブレット端末に、『しゃきーん!』って書いてからメガネを装着して、書いた『しゃきーん!』を僕に向けて。


 なんか萌えた。『しゃきーん!』って書いたタブレット端末を僕に向けながら、顔真っ赤な少女に僕は萌えた。


 たぶん僕、今ニヤけていると思う。


 まあ、幸い(?)メガネを装着した彼女には、僕の表情はわからないだろう。ラッキーだぜ。


『じゃあ、私そろそろ帰るね』


「うん」


『また明日……ね?』


「うん。また明日」


 僕がそう言うと、彼女はタブレット端末をカバンに入れた。そのまま立ち上がり、下を向いて教室の出入り口のほうに足を進めた。


 タブレット端末をしまっていた彼女の顔は、やっぱり赤かったけれど、だが、その表情は少し笑っていたので、その笑顔で僕はまたもや萌えた。


 ガン——と。


 下を向いて教室から出ようとしていた彼女は、普通にドアに頭をぶつけていた。


 なにそれ可愛い……。


 きっと、結構痛かったのだろう。それでも声を出さない彼女は、たぶん頑固だ。


 何事もなかったかのように、だけれど頭をすりすりしながら、彼女は教室から出て行った。


「……………………」


 いや。階段とか心配なんだけど。


 普通に。


「仕方ないな」


 仕方ない。そう言うことで、僕は善意を理由に、彼女を追いかけるように教室から出る。


 善意——ではないな。偽善だろう。


 心配なのは本当だが、だからと言って、追いかけることが善意とは言えまい。


 そもそも、僕にやましい気持ちがないとも言えまい。萌えてしまった時点で言えまい。別にエロい目で見ているとかじゃあないけれど。


 僕には、高嶺の花過ぎるしな。


 きっと今の僕は、アイドルのファンみたいな心境なのかもしれない。


 それはそれで健全と言えるのだろうか……?


 わからないけれど、ともかく。


 せめて学校の敷地から出るまでは、安全を確保してやろう——と。謎の使命感を持ち、僕は彼女を追いかけたのだった。

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