可愛ければ筆談でもいい?

ふりすくん

銀髪。ロング。やべえ。

 1


 一年の時は普通科だった僕は、二年生になる際、進学クラスを希望した。


 学校自体は、一応それなりの進学校ではあるのだが、生徒が選べるシステムが採用されており、別に普通科クラスでも、進学するつもりと学力があれば、問題は特に感じない。だが、普通科クラスは、部活動への参加、あるいは委員会への参加をしなければならないのだ。


 これは進学ではなく、高卒後に就活をする場合にアピールポイントになるからであり、学校側が率先してそのようにしているのである。


 なので、部活動も委員会もやりたくない僕は、進学クラスに移ったのだ。無論むろん、進学するつもりなので、デメリットはないだろう。


 推薦入試を受けるつもりもないので、部活や委員会に参加せずに過ごそうとも、特にメリットは見当たらないしな。入試くらい、学力でどうにかするさ。超一流大学を狙っているわけでもないので。


 取り立てて、夢や目標などもないので、とりあえずは自分の学力に見合った大学に行って、そこで考えるつもりだ。


 そう言いながら何も見つからずに、なあなあで就職してしまう可能性もなくはないが、その時はその時だろう。


 それならそれで良いしな。


 働く意思はある。それさえあれば、まともだろう。


 そんなことを思いながら、クラス替えをした教室にやって来た僕は、黒板に書かれた座席表を確認して、自分の席に着くことにした。


 進学クラスは、一年から進学クラスだった人が多く、同学年だろうとも、知らない顔ばかりだ。


 単に僕の視野が狭いだけなのかもしれないが。


 ふむ。そう考えると、僕も視野を広げるべきなのかもしれない。これから、約二年。同じクラスで過ごすのだから、クラス内では会話をする友達の一人は欲しいものだ。


「……………………」


 内心、そんなことを思ったところで、既に一学年時に完成しているコミュニティに混ざれるほど、僕の対人スキルは高くない。


 数えるほどしか友達が居ない僕が、対人スキルが高くないことは、説明の必要すらあるまい。


 ついでに言うと、僕の友人の数は、片手で数え終わるレベルである。


 人間怖い——というほどではないが。


 言い訳に聞こえるかもしれないが、でも……。


 完成しているコミュニティに混ざるって、そんなのなかなか出来ることじゃあないよな?


 そう思ってしまうのは、僕だけではあるまい。


 なあに。わざわざ完成しているコミュニティに混ざる必要はないのだ。


 どんなクラスでも、少数派のコミュニティは存在するだろう。だから、僕がこれからすべきことは、その少数派を見つけ出し、そしてその中から、比較的印象が話しやすそうな奴に狙いを定めることだ。


 それさえ出来れば、あとは自動的に少数派のコミュニティに混ざることも可能だろう。


 そして僕みたいな少数派の人間は、少数派を見つけることが得意だったりするのだ。


 一種の同属みたいなものだからな。


 少数派は少数派と仲良くしておく。これが賢い生き方なのだ。


 ということで、僕はクラスを見渡す。


「……………………」


 おかしい。


 こんなことがあるのか? いや、信じられない。


 このクラス、もしかして——少数派なんて居なくね……?


 みんながみんな、仲良さげに話しているし、朝の挨拶とかも当たり前のように交換しているだと……?


 馬鹿な……。


 朝の挨拶って、当たり前のようにクラス内で交換するものなのか?


 そんな馬鹿な……。


 朝の挨拶って、それなりに親しい人間にしかしないものじゃあなかったのか?


 嘘だ……。信じられない。


 信じてたまるか。


 僕が知っている学校、そしてクラス——教室という空間は、朝から仲良しグループでつるむ場所だったはずだ。


 そういう場所を、僕は教室——と。


 そう呼んできたのだ。


「……………………」


 なのになんだこのクラスは?


 和気わき藹々あいあい賑々にぎにぎしく、誰にでも『おはよう』を言っているだと……?


 誰にでも——ではないか。


 少なくとも、僕は言われてない。


 それはそれで悲しい現実過ぎるだろ……。


 コミュニティ外から来た人間には、冷たいのだろうか? そんなわかりやすい人間社会を凝縮した場所なのか、ここは?


 だとすれば、ぎゅっと凝縮され過ぎだろ。


 いや待て。待て待て僕。


 まだクラス全員が登校しているわけじゃあない。そうだ。まだあと、さんぶんいちくらいは、空席があるじゃあないか。


 なんだ。慌てるにはまだ時期じきしょうそうじゃないか。


 あと三分の一の空席があるなら、その三分の一に少数派のコミュニティが存在すると考えるべきだろう。


 というか、それしか考えられないだろう。


 人間社会を凝縮した場所なのだとしたら、少数派の存在は必要不可欠である。


 一致団結など、言葉だけだ。


 一致団結が使えるのは、スポーツチームとか、そのくらいだろう(と僕は信じている)。


 僕はしばらく、クラスを観察することにした。


 幸運なことに、僕の座席は窓際一番後ろ(やったぜ!)なので、教室を観察するにはベストポジションだ。


 僕が鈍感なだけで、実は少数派が身を潜めている可能性もなくはないからな。


 観察は大切だ。


 見極めてやるぜ——と。


 僕が、クラス全体に目を光らせたタイミングだった——銀髪。


 銀髪ロング。初めて見た銀髪。


 キラキラと輝く髪をなびかせ、下を向いた女の子が、教室に入ってきたのだ。


 女の子は、てくてく——と。自分のペースで、ゆっくりと黒板を確認。目が悪いのかわからないが、少し前かがみになっているようにも見える。


 こんな女の子、この学校に居たのか?


 まあ、視野が狭い僕ならば、他クラスだったというだけで、そこは知らない世界だからな。だから僕が知らないのも不思議はない。


 女の子は、しばらく黒板を凝視して、振り向いた。


 てくてく——と。僕のほうに歩いてくる。


 やべえ。スーパー可愛い。


 下向いてるから、若干顔が見えにくいが、それでもわかる可愛さ。正面から見つめられたら、たぶんニヤけるレベルの可愛さだ。


 僕がそんなことを思っていると、女の子は僕の横で止まった。そして、僕をチラッといちべつした。いや、一瞥したのか?


 一瞬、目が合った?


 いや、気のせいか?


 あまりにも一瞬すぎて、判断ができない。


 女の子はそのまま、静かに席に着いた。


 席に着くと女の子は、カバンからタブレット端末を取り出した。


「……………………」


 アプリゲームでも始めたのだろうか?


 だとすれば、この子は僕が探していた、少数派?


 というか少数派どころか、個体?


 誰にも挨拶をせず、誰からも挨拶されず。


 僕と同じフィールドに居るのか、この子?


 じゃあ、この子も他クラスだったのか?


 それとも、転校生? いや。転校生なら、もっと騒がれるだろうし、そもそも転校生って、先生と一緒に教室に来るよな?


 じゃあこの子は、何者だ?


 まさか僕にしか見えていない、幽霊的な?


 まさか過ぎるだろ。そんなオカルト展開が急に訪れるはずもないか。


 んー。まあ。


 よくわからないけど、とりあえず。


 本当にとりあえずだが、仲間っぽい雰囲気はある。


 ぼっちが認めるぼっち。


 すなわち本物の気配がある。


 ならばここは、挨拶をして、コミュニケーションを取っておくべきだろう。


 相手がぼっちだとわかれば、ぼっちの僕がビビる必要もあるまい。


 こういうときは、強気に——だ。


「おは……よう」


 ご覧あれ。これが僕の強気である。


 精一杯のストロングスタイルである。


 我ながら強さを履き違えている感も否めないが、しかし女の子は、僕の言葉に——ビク、っとしてから、カクカクしながら首を僕の方に動かした。


 だが、僕の目を見ることもなく。


 なにも言わずに——操作していたタブレット端末に、タッチペンを使って、何やら書き出した。


『おはよう……』


 と。書いた文字を見せるため、画面をこちらに向け、そしてタブレット端末で口元を隠して、恥ずかしそうな表情で。


「……………………」


 いや、可愛すぎかよ。


 その仕草。あと字も。なんだその可愛いを目一杯表現したような平仮名は?


 危うく、ニヤけるところだったじゃねえか。


 危ない危ない。


「……僕は葉沼はぬま詩色しいろ。これからお隣よろしく」


 僕は、ニヤけるのを全力でこらえて、自己紹介をした。よく噛まずに言えたと、自画自賛したくなるくらいである。


 すると女の子は、またタブレット端末にタッチペンを走らせ——画面を僕に向ける。


『私は、晴後はれのちフウチ。苗字は、はれのち、って読むの。よろしく……だよ?』


「……………………」


 いちいち、口元を隠すのが可愛過ぎて、僕の表情筋が、物凄い勢いで筋トレをしている感も否めない。やれやれ。頬がマッチョになったらどうしてくれる。


「……………………」


 そんな感じで、僕と彼女の初対面の挨拶は終了した。


 銀髪の破壊力を思い知った。


 そんなファーストコンタクトだった。

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