シェフ
地獄にも、女はいる。「亡者」にも「大罪人」にも、等しくいる。彼女等は悪魔よりも悪魔らしく、時に獄卒ですら裸足で逃げ出す程の罪を抱えている。
シェフと呼ばれている「大罪人」の罪は、神が人間の食べるべき物であると定めた物以外を食卓に供した罪である。無論、後の世に作られた物でもそれが神の定めた理に背く物でなければ、罪に問われることはない。彼女が料理したのは、同族――人間の肉だ。
彼女は元々、裏組織と呼ばれるような組織の料理番だった。常に暗殺の危機がつきまとう幹部たちに、毒殺の可能性を排除した料理を提供する。それがいつの頃からか、悪趣味な拷問の片棒を担がされるようになった。
彼女自身は、彼女の空腹が癒されさえすれば仕事の内容は問わなかった。シェフと称されて長いため、出すならば美味と評される皿をと言う欲はあったが、それもプライドと呼ぶには些細なものだ。故に、彼女は人肉料理の専門家となった。
彼女が直接人を殺した訳ではない。いつだって人間は材料の状態で彼女の調理場に運ばれて来た。最初の頃は酷い状態だったが、流石に血抜き程度はしてほしいと要求したため、最低限の処理をされた状態で。彼女はただ運ばれて来た材料を使って料理をし、そうして地獄へと落ちて来た。
「……」
地獄では、生前の罪を読み上げられながら調理された。切られ、焼かれ、揚げられ、茹でられ、何度も蘇ってはその度に。最後の方では全ての感覚が麻痺してしまって、次は何にされるのか等と他人事のように考えられるくらいに。
だが、そんな日々は唐突に終わりを迎えて、彼女は解放された。地獄にいることは変わらないが、日に何度も死ぬことはなくなった。そうなれば、空腹を感じる余裕が出来てしまう。
彼女は直接人間を殺したことがない。実際、彼女は地獄に棲む者の中でも一等弱いと言う自負がある。拳一つで鉄釜を割る片目のおかしい青年だとか、シャベル一本で百人を殺す笑顔を絶やさない少年だとか。彼等とぶつかれば、すぐにまた死んでしまうだろう。
だから彼女は、己の武器を使うことにした。幸い、熱源には事欠かないし調理器具も工夫すれば揃えられる。彼女は、転がっている材料を使って作った料理を振る舞い――現在の地位を作り上げた。
「……」
そうして彼女は、「大罪人」の一人として、今日も料理を作り続ける。血抜きをし、時には熟成させた、「亡者」の死体を材料にして。
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