ヤード

 帝国兵士は清廉潔白公正明大。帝国の敵を殲滅する剣、帝国の民を守護する盾。そうあるはずで、そうあるべきだ。

 だから「墓穴堀」は許せなかった。自分に夜伽を命じた上官が、自分から父の形見を奪った同僚が、自分たちの犠牲によって守られている癖に自分たちを人殺しと罵る国民が。

 だから「墓穴堀」は穴を掘った。下半身を叩き潰した上官を、両腕を切り落とした同僚を、喉笛を抉り抜いた国民たちを、埋めるための墓穴を。



 結果、彼は悪辣非道な帝国を内部から瓦解させた英雄と呼ばれた。



 ヤードにとって、地獄とはとてもわかりやすく、とても息がしやすい場所だった。帝国の規範からすれば全員悪人だが、今では全員善人だからだ。

 ヤードは、例えそれがどんな悪法であれ、法は法であるとして規則を守る。この地獄の唯一の規則は、獄卒に従って刑に服すこと。獄卒がいなくなった今、守られるべき規則は失われた。

 となれば、規則を破る悪人は存在しないことになる。言い換えれば、地獄では何人たりとて善人である。悪人ではないのだから、善人でしかない。善人しかいない世界は、ヤードにとって住みやすい世界である。

 勿論、無理矢理犯されるのは嫌だし、殺されるのも嫌だ。同僚から取り返した形見の時計を盗まれるのも。だからヤードは、正当防衛の範囲内で反撃する。善人を虐げるのは良くないことだが、自分にとって嫌なことをする相手にされるがままになるのも良くないことだ。

 だからこれは――正当防衛の範囲なのだ。


「天の国に招かれるのは、明るく正しい神の僕……♪」


 九十八人目の「敵」を墓穴へと横たえたヤードは、その上から丁寧に土をかけた。調子外れの聖歌を口ずさみながら、小枝を束ねて作った十字を立てる。


「嘆くなかれ、神の手は全ての罪を浄めたもう……死を恐れるな、死を恐れるな……♪」


 残るは後二人。かつては獄卒が使っていたシャベルを肩に担いで、ヤードは一つ溜息を吐いた。


「さて、と……さすがに一人でこれだけの人数を片付けるのは大変ですね……」


 誰かに手伝ってもらえばよかった、と思うものの、近くに誰もいなかったのだから仕方がない。ヤードは、シャベルを肩から降ろし、再び穴を掘り始めた。

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