殺人の定義
地獄に落ちる理由と言うのは沢山あって、それはきっと天国に招かれる理由よりもずっとずっと容易いものなのだ。
「とは言え私や君がここにいる理由は万人に理解されるものだがね」
短い黒髪を掻き上げながら、『狂科学者』サイエはそう呟いた。苛立たしげに何度も指を通すが、滴る血は止まらない。すぐに諦めたサイエは、白衣の袖で額を拭って振り向いた。
「君が! したことの! 後始末を! 私に一任するんじゃあない!」
「えー、だってメンドいもーん」
ひらひらとレインコートの袖を振るのは『少女愛好家』のツジだ。マトモな方の目をサイエに向け、いーっ、と唇を引き伸ばして見せる。
「面倒臭いと思うなら! どうして! こんな殺し方をしたのかと!」
「あってオモったらなってたんだもーん」
「もーん、じゃあない!」
借りて来たシャベルで土を掘り進めるサイエは、喉が嗄れそうな勢いで怒鳴り続ける。とは言え、ツジには暖簾に腕押し、全く堪えた様子がない。
「ダイタイ、オレにケンカふっかけてくんのがおかしくない? オレ、あっちでもこっちでもユーメーじゃん?」
「侮られて襲われるくらいには無名の人間だってことだね!」
「は?」
「あ?」
まるでチンピラのような声を上げ、睨み合う二人。そうして暫く無言でいたが――先にツジが折れた。
「だってぇ、ウシろからナグられたらびっくりするじゃん? は? ってなるじゃん? キレるじゃん? コロすじゃん?」
「じゃんじゃん五月蝿いな? 君、銅鑼か摺鉦の生まれ変わりかい?」
「チがいっぱいデてびっくりするじゃん? そしたらサイエセンセーをヨばなきゃって」
「理論の飛躍が酷いな! そしたらって文と文の繋がりがおかしいだろう!」
「だからぁ、ごめーんね?」
「腹立たしい以外の感想がないよ!」
「ごめーんね?」
殊勝なのは態度だけだ。サイエは両手を合わせて左側に傾いだツジを見て声を荒らげる、否、先刻より荒らげ続けている。
「君ね、いつか惨殺されるよ。具体的に言えば私とか私とか私とかに」
「サイエセンセーがいっぱいいんの?」
「文字通りにしか理解しないな!」
「モジイガイにナニをリカイすんの?」
「空気とか行間とかだよ……っと!」
一人分の穴を掘り終えれば、後は一人分の死体を蹴り入れるのみである。シャベルを投げ捨てたサイエは、未だに血を流し続ける死体を蹴り転がして穴の中へと落とし込んだ。それから懐の試験管を取り出し、粘つく中身を死体の上へと振り掛ける。じくじくと音を立てて溶解していく死体を見たツジは、きゃっきゃと手を叩いて楽しんでいた。
「アイカわらずすっげー!! センセーやっべー!!」
「誉めても何も出さないよ、私の仕事はこれで終わりなんだから」
「え? ウめるのまでやってくれないの?」
「それくらい君がやりなよ! 私は肉体労働に向かないんだ!」
「うぇー、ケチー」
「ケチ!? 言うに事欠いてケチだって!?」
信じられない、と叫ぶサイエを横目に、打ち捨てられたシャベルを拾い上げるツジ。
「はーぁ、ケチんぼセンセーのせいでゴウモンさせられる……」
「君ねぇ!! 前々から思っていたけど私のことを便利な道具か何かだと勘違いしてないかい!?」
「そんなことないってぇ、センセーはすごくてやばくてハンパネーセンセーだから」
「語彙力が馬鹿のそれ!!」
サイエが掘り出した土を元の場所に埋め戻しながら、ツジは低く笑った。
「そりゃそーだよ、バカだからこんなトコにいるんだっての」
本日も、地獄は晴天である。真紅の空、漆黒の雲、ぎゃあぎゃあと鳴いているのは鳥か獣か――「大罪人」の玩具にされた亡者か。何にせよ、いつも通り、救われない場所であった。
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