シェフの話、続

 暑い。厨房の中には数多の熱源があるからそこと比較すればまだ涼しい部類には入るとは思う。けれど季節の暑さと仕事場のそれを比較しても意味がない。この地獄は暑い時はより暑く寒い時はより寒くと住人を苦しめることを念頭に置いているからこんなことになるのだろう。

 そして暑さが苦手な住人はどうすれば良いのかと言うと各々の工夫次第だ。ある者は以前使われていた拷問器具で氷風呂を作って浸かっている。ある者は地下深く光の射さない場所を確保して引きこもっている。そして私はと言えば冷たい料理を作ることで対処している。

 一言で冷たい料理と言えどもその種類は多岐に亘る。私は師匠に肉料理以外のセンスがないと言われたので作ったことはないけれど。ポタージュやガスパチョのようなスープ類。シャーベットやアイスクリームと言った冷菓。魚介類ならマリネもある。しかし私が作れるのは肉料理だけだ。そして冷たい肉料理と言えば。


「あれ? シェフ、何を作ってるんですか?」

「……」

「わ、それ、凍ってるんですか? すごいなぁ、え? それで切る?」


 シュートロガーニア。とある国に伝わる料理で凍らせた肉を薄く削って調味して食べる肉料理だ。笑顔で近付いてきた少年は私の持つ刃物が気になるようで前後左右と動き回りながら覗いて来る。

 勿論大きい肉の塊を削るために作られた専用の機械で削る方が薄く削れる。そしてこの料理は口の中で解かして食べると言う性質上なるべく薄い方が美味しい。とは言えあまり薄く削っても舌の上ですぐに解けてしまうから個人的な好みとしてはこうして削ったものの方が良い。


「すごい、すごい! 凍った肉をそんなに薄く切れるなんて! 何かコツとかあるんですか?」

「……」

「え? くれるんですか? ありがとうございます!」


 あまりにも周りで騒ぐから削り立ての一切れを小皿に分ける。予め用意していた調味料の方を指差すとすぐに察した少年は嬉しそうに黒胡椒を手に取った。一振りしてすぐに口に入れる。途端にその表情が柔くなった。


「冷たくて美味しいです! 後、脂身って言うんですかね? 口の中で溶ける時に旨味が広がって、肉だからコショウかなって思ってかけたんですけどぴったりで! 地獄の料理人でシェフより美味しい料理を作れる人っていないんじゃないでしょうか!」


 ……ここまで賞賛されると流石に皮肉とも取れない。私は続けて何切れかを削って少年の皿に載せた。それから自分のために幾つか削って別の皿に盛る。少年は黒胡椒が好みらしいけれど私は岩塩の方が好きだ。一振りしてから口の中に入れるとまず冷たさが広がり次いで肉の旨味が口腔を満たす。


「でも、よくこの人の脚が取れましたねぇ……あぁ、お医者さん(ドクター)がお裾分けしてくれたんですね」


 なるほどと頷く少年を横目に次の一切れを口に入れる。冷たくて美味しいこの季節にこそ食べたい味だ。幸い材料はもう片方あるからしばらくは楽しめるだろう。

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