サイエ先生の話、続

「こぉおおおおおひぃいいいいい」


 ……非常に情けない、例えるなら意に沿わぬ去勢手術を施された雄猫に似た声を、延々と上げ続けている。どうにも耳障りで、声帯をどう改良すればまだしも聞ける音になるかと思案はするが、先達は敬うべきであると言う私の信条において、彼に改良を加える訳にはいかない。


「ねぇええええ、こぉおおおひぃいいいちょぉだいよぉおおお」

「騒音を撒き散らす子は嫌いだよ」

「ねぇえええ、もうなんかなんにちかのんでないからさぁあああ」


 私が地獄の規則を知らない少年に殺されてから、二週間程が経過した。無論、先達として教導する、と言う名目の元で等価の痛苦は味わってもらった。その際に『ヤード』君の手を借りた事が、彼には不服だったらしい。

 とは言え、それはこの大騒ぎの原因ではない。これは、私が彼に腹を立てているという事を解り易く示す為の行為が原因だ。


「大体、珈琲程度なら誰でも出せるだろう。『シェフ』とか」

「は? アイツの出すタベモノ食うくらいならガシするし」


 センセーのコーヒーがのみたいのぉおおお、とまた理解不明な鳴声を出しながら、死の間際にある蝉のような動きをし始める彼に、溜息を一つ。どうにも、彼には彼なりのこだわりがあるらしく、それを崩されることをとても厭うのだ。だからこそ、彼は己の不快感を通じて私の怒りを知る事となる。

 ……脳を、改良すれば、少しは大人しくなるのでは? と、己の内に湧き上がる衝動を抑え込んだ。新入りを教導した身で、それを実行するのは憚られる。己の感情一つで、己の思惑通りに、他者を改造するなんて、私の矜持に反する。


「まぁ、出来ないとは言えないが……」

「コーヒーくれるの!?」

「いや、それはまた別の問題だから少なくとも今日は出さないよ」

「なんでぇぇえええええええ」


 あの――私より少し前に、彼女の手にかかった被害者の身内による私刑で死んだ筈の、『美を追求した女』。否、あれが、あんなつまらない存在が美しいと言うならば、私は世間に唾を吐こう。

 そんな不愉快極まりない存在を、「センセーと似てるから」と言う不条理極まりない理由で私の目の前に連れて来た、彼への怒りはまだ冷めない。似て非なる、なんてものじゃない。彼女と私は真逆の存在で、欠片たりとも似ていない。

 ……あぁ、思い出すとまた腹が立って来た。太腿のメスに伸びそうになる手をもう片方の手で握り締める。先達への敬意、それが彼を殺さない理由だ。私は私の信条を、矜持を、私自身が定めた規則を、私が破る事を許さない。故に私は、細く細く、己の感情を逃がすように、息を吐いた。

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