聖職者の話
刺されて死んでここに来た。ここは地獄と言う場所らしい。教わった地獄とは大分違う。それでもここは地獄らしい。死ぬ前に聞いたのは男の声。死ぬ前に感じたのは痛みと冷え。心臓を一突きにされたらしい。恵まれた最期だと言えるだろう。
『妹の仇だ』
その言葉に反して一思いに。甚振られる事もなく殺された。碌な死に方をしないと思っていたのだが。やはり世の中は儘ならない。とは言え自分に記憶はない。正しく言うならある時点から前の記憶が。あの男にとってはそれもまた腹立たしい事だっただろう。
「……ふむ」
何故そんな事になったのか。思考を巡らせれば一所に収斂する。自分は考えなかった。その方が楽だった。それに尽きる。
信仰とは便利な言葉だ。信じ仰ぎ崇め敬いその言葉だけが世界の総てだと思い込む。その結果が今の自分だ。神がそう仰ったから異教徒は殺す。例えその異教徒が子供であれ。神がそう仰ったから悪魔は殺す。例えその悪魔が弱者であれ。
そうして辿り着いた果てに記憶を失った。その時にはどうしようもない程の命を奪っていた。その事に関して言い訳をするつもりはない。現に死因は正当な怨恨だ。
「しかし、どうしたものか」
地獄ならば悪魔がいるだろう。そう思ったが誰もいない。見渡す限りの荒地。砂煙で遮られた視界。この状況こそが地獄の責め苦だと言うならば甘過ぎる。
「……困ったな」
歩けども歩けども砂煙は晴れない。その砂も不思議と口や目には入らないため苦しくない。死んでいると自覚しているからか疲れもしない。孤独は立派な責め苦だと言うが自分にとっては効果がない。
記憶を失うと同時に継続的な人間関係も無くなった。家族も友人も恋人も何もかも。そもそもそう言う存在がいたかどうかすら曖昧だ。生きる為に生きていた。最期まで独りきりだった。
「歩き続けるか」
自分と言う存在が自然に消え去ってしまうまで。それこそが地獄での自分の役割だと言うのなら。変わらない景色の中を進んで行こう。そう結論付けた時だった。
「……い、おー……い……」
少し離れた所から声が聞こえた。どうやら呼びかけの声らしい。そちらに足を向けて歩き続けるとやがて砂煙が薄れていった。
「おーい、おーい、聞こえてますかー?」
顔に似合わない厳つい外套を羽織った少年が手を振っている。その少年に向かって片手を挙げて応える。
「あぁ良かった、今日は風が荒れ気味だったから。ようこそ地獄へ、はじめましての方ですよね?」
「お前……いや、君の名前は?」
「僕ですか? 仮の名前はヤードと言います! 貴方は……神父さん(ファーザー)ですか?」
「違う、父なる神(ファーザー)ではない」
「そうですか、なら仮に聖職者さん(クラージマン)とお呼びしますね!」
――×××=×××××。『悪魔憑き』から悪魔を追い払う『悪魔祓い』として、百を越える命を天に帰した男。その中には『悪魔憑き』未満の者もいたとされるが、今やその真実を知る者は誰もいない。
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