平均狂の話
電気椅子に座って全身を焼かれるまで、ワタシはワタシの目的を「美しくなること」だと思っていた。何故なら、ワタシのことを語る皆がそう言っていたから。新聞でも、テレビでも、ワタシは「生まれつきの顔に満足できなくて」「美しいと感じた女に嫉妬して」「自分よりも優れた容姿の女たちを監禁して」「惨たらしい拷問の挙句殺した」と言われていたから。
でも、初めからそうだったわけじゃない。ワタシはワタシなりに思うことがあって、彼女たちに協力してもらった。その結果彼女たちが死んでしまったのは本当に残念なことだと思うけれど、痛めつけて殺してやろうなんて思ってもいなかった。
ワタシは、周囲の人間から迫害されない程度に、平凡な姿形になりたかっただけだ。
ワタシは、両親からゴミクズを見るような目で見られない程度に、普通の見た目になりたかっただけだ。
だから、ワタシは彼女たちの全てを測って、その平均値を出そうとした。目と目の間の距離、鼻と口の大きさのバランス、指の数、内臓の位置、爪の形……たくさんの人間の、丁度真ん中を、普通と呼ぶのなら。それさえわかれば、ワタシだって、平凡な幸せを手に入れることが出来るはずと、そう思ってた。
なのに、ワタシは「美しくなる」ために「自分よりも優れた容姿の女たち」を殺したのだと言われ続けた。ずっとずっと、言われ続けた。だからワタシは、そうなのだと思い違いをしたのだ。ワタシは「美しく」なりたかったのだと。
ここは地獄、罪人の魂がその罪を清められる場所……いや、彼の言葉を借りるなら「タイザイニンがちょっととモージャがうようよいて、なんとなくふらふらしてる」場所。罪を清めてくれる天使はいない、そんな場所だ。
ワタシは、電気椅子からこの場所に落ちて来た。幸いなことに、ワタシの見た目は最後に縫合を終えたあの時のものらしく、「セーケービジンってんだろ!」と言われはしたものの、生前のような迫害を受けることはなかった――けれど、あのお方からは、決定的に嫌われてしまった。
あのお方は、世間に疎いワタシでさえ知っている殺人鬼だ。「今世紀最悪のマッドサイエンティスト」と呼ばれた、「他者を実験動物としてしか見れない」「生命の尊厳を蹂躙し続けた」「その頭脳が正しい方向性でもって発揮されたなら医学の歴史を数世紀先へ進めることになったであろう」――第一級殺人犯、××博士。
ワタシより数年前に電気椅子に座った彼が、まさかこんな所にいるなんて、と言うのが初対面の感想だった。そして、その感想はすぐに吹き飛ぶこととなった。
「……私は、君を、嫌悪する。君の在り方は、私が目指す所の正反対にある」
その時、ワタシは思い出したのだ。「人間の可能性を追求」し、「人間が世界で最良の種となる」ために「改良」を続けていた彼の、正反対の位置にある、とは。
「何故、特長まで削ってしまったんだ? 君の骨格から推測するに、君は私が求めている答えの一端に触れていたと言うのに。君がその在り方でいる限り、私は君のことを好きになれそうにないし、現在進行形で嫌いになっているよ」
そう、ワタシは、ワタシがワタシである全ての要素を削り取って、平均的な存在でありたいと願っていた。博士は、ワタシを一目見ただけでワタシの本当の願いを理解して、その上でワタシを嫌ってくれた。
そう、見た目じゃなかった! 博士はワタシの考え方を嫌った! 平均的であろうとする、その在り方こそを! 誰しもがワタシの価値観を美醜によるものと断じ、縫合する前の姿を見て嫌悪の情を向けていたと言うのに!
だから、ワタシはあの方の目に、もう一度映りたいと思った。ワタシはワタシの願いを叶えた上で、あの方に認められたいと、強く思った。そのためには、もっとたくさんの「モージャ」や「タイザイニン」のことを知らなければならない。
もしも――もしも、ワタシが、博士が望む、「最良の種」を、体現出来たのならば。きっと、博士は、ワタシを見てくれるだろう。「最良の種」とは、そう、ワタシの願いと重なる部分もある。平均値とは、誰しもが望む、「理想的な値」なのだから。
―― = 。六十七名の女性を拉致監禁し、生きたまま解剖した「狂気の女医」。先天的に肉眼形態上の異常を有しており、それによって受けた虐待・迫害が犯行の動機になったのではないかと言われている。
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