シェフの話
生きてた時から料理するのも食べるのも大好きだった。一番最初に作った料理は焼いた肉だった。お腹がとても空いていて食べられるものなら何でも良かった。ヴェリーウェルダン。ぱさぱさしていて味なんてわからなかったけれどそれは確かに美味しかった。だから私は料理人になろうと思った。
そう言う話を生きていた頃にしたらとても可哀相なものを見る目で見られた。死んでからしたら納得したとでも言うような目で見られた。どちらにせよそれが私の動機だった。お腹が空いていた。料理を作った。それが美味しかった。だから料理人になろうと思った。こんなに筋道の通った話は中々ないと思うのだけれどどうだろう。
そう。焼いた肉は美味しかった。空腹は最高の調味料だと言う。だから動けなくなる寸前までお腹を空かしてから料理をした。やはりとても美味しかった。ブルー。美味しい。けれどロウは駄目だ。あれは料理ではない。
子牛や子羊を好んで食べるものがいると言う。その嗜好は大いに理解出来た。若い方が肉が柔らかい。勿論成年の肉だってそれはそれで滋味があるから好きだ。何度も噛み締めて筋肉の隙間から滲み出る旨味を存分に味わうのだ。想像しただけで幸福感が満ちて来る。
「シェフ、シェフ、聞こえていますか?」
「……?」
「聞こえているみたいですね、こんにちは、ご機嫌は良さそうですね」
昼食を作ってもらおうと思ったのですがと続ける少女の名は知らない。死んでから唯一哀れみの目を向けてきたのがこの少女だ。あの目のことを知っている。あれは駄目だ。最初に食べた料理のことを思い出してしまう。
「二日経てば治るとは言え、そのような行為は褒められたことではありませんよ」
「……?」
「あぁもう、手の指は合わせて十本しかないのですよ、もっと大事にしないと。貴女の手は皆の心を潤す日々の糧を作り出す大切な手なのですから」
少女はまるで祈祷するかのように手を合わせてその中に食べ残しを包み込んだ。明日になれば元通りになるから最後の楽しみにと思って残しておいたのに。予想した通り最後の二本が砕かれてとても残念だと思った。この少女の善悪の判断基準は狂っていると思っている。
「悪い人、悪い人。自分の才能を自分で潰すなんて悪い人。悪い人はその罪に応じた罰を受けなければならないのですよ」
この少女の善とはこの少女が思っている善だ。この少女の悪とはこの少女が思っている悪だ。多かれ少なかれ人間は多数決によって善悪を判断していると言うのにこの少女はそれをしない。彼女が善と思えば善であって悪と思えば悪だ。誰かに教わった諺だがこの少女の前では黒い烏ですら極彩色に変わるだろう。
「悪い子、何て悪い子なの、クズ、この低脳、クソアマ、生きている価値すらない、それをこうして気にかけてあげているんだからもっと感謝しなさいな、そこらを這いずり回る畜生以下の存在のクセに、ああああああ何で生きてるの死ねよ何で死なないのよ死んでよ早く死んでよぉおおおお」
指を折るだけでは気が済まなかったらしい。挽肉はハンバーグにするととても美味しい。これからミンチにされるのが自分でなければ作れたのにとても残念だ。彼女にお願いしたら次に生き返るまでに作ってくれてはいないだろうか。ああ彼女の鉄槌がもうすぐそこ
――人肉料理屋の○○○○。裏社会の人間を主とした客の持ち込んだ食材で様々な料理を作ることを生業としてた。その死因は「自分で自分の肉を削ぎ落とし食べ尽くした」と実しやかに囁かれている。
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