「ばぁか! アンタのこと信じてる訳ないでしょ」(台詞募集企画より)

 岸祐樹きし ゆうきには、素質があった。アリを、モグラを、ネコを、ウサギを、手にかけられるあらゆる命を手にかけてきた。そうして、それらを周囲に隠す程度の頭脳もあった。

 よって、周囲の人間から彼に与えられた評価は、見目も頭も良い男。かといって嫌味もなく、誰とでも相応に付き合える器用さがある男。

 だから、この殺意に満ちた廃校に拉致された祐樹は少し考えて、ヒトを手にかけようと決めた。自分も死ぬかもしれない、否、十中八九死ぬだろうから、その前に最も魅力的な獲物を狩りたいと思ったのだ。

 同族殺しは法律的にも倫理的にも大罪であり禁忌である。だからこその渇望、絶望。そこに至ってしまえば虫けらや畜生を殺した時の比ではない面倒がある。けれども、ここではそれができる。なら、殺らないという選択肢がなかった。

 最初は、自分以外の誰かに刺されて弱っていた他校の男子生徒。自分がヒトを殺せないとは思わなかったが、何事も予行練習は大切なので。幸い、獲物を探してふらついている間に大振りのナイフを一本手に入れていたため、思う存分滅多刺しにした。

 その次は、これも他校の女子生徒。不安そうにふらふらと歩いている後ろから近づいて、悲鳴を上げる前に喉笛を掻き切った。最期まで何が起きたかわかっていない顔をしていた所が不満だったが、これで大体の要領を掴めた。

 三人目、四人目、五人目。途中でナイフの切れ味が死んだので、四人目以降はこの廃校に点在する罠を使って殺していった。生き残ろうと足掻く顔、吐かれた呪詛、死にたくないと絶望する様、それらは祐樹の心を満たしていく。

 楽しい、愉しい。命が消えていく瞬間はどうしてこうも面白いんだろう。あぁ、このままずっと、こうして遊んでいられたら良いのに。そう思いながら、次の獲物に後ろから近づこうとした時だった。


「あら、お前が外にいるのは珍しいわね」


 振り向いた先、そこにいたのは、見覚えがあるようで見覚えがない少女。いや、その顔は……顔は、真正面から見えているはずなのに、見えない。そこにあるのは、黒々と広がる暗闇だけ。


「いえ……違うのね、お前はまだ生きているもの。生きてるの、ねぇ、そう、生きている……」


 その、少女の形をした暗闇は、ぶつぶつと呟きながら祐樹に近づいてくる。祐樹は、知らぬ内に後退していた。突き飛ばせば殺せそうな、華奢で弱々しい少女のはずだ。けれども、祐樹の本能は、全速力で逃げろと吠えている。


「なら、私が殺してもいいわよねぇ?」


 走りには自信があった(補足するなら、祐樹は自分の大抵の能力に自信がある)。なのに、走れども走れども振り切れない。少女は祐樹に付かず離れず、一定の距離を保ってついて来ている。

 あれは、少女の形をした、とてもよくないものだ。これまでこの廃校で出会った悪意は大概が物理的なものだったが、ここにきてそうではないものに遭遇してしまった。

 生き物なら刺せば死ぬ、絞めれば死ぬ。だが、生き物ではないものを殺す方法は知らない。だから逃げるしかないのだが、どれだけ逃げても逃げられない。

 これはいよいよ、自身の死が見えてきたか。祐樹がそう思い、抵抗を諦めようとしたその時だった。不意に真横の扉が開き、教室の中へと引き摺り込まれる。祐樹の目の端に映ったその教室の名札には、理科室とあった。


「よし、そのまま黙って伏せてろ」


 伏せてろと言われたが、そもそも引き倒された挙げ句に頭を押さえられている(触れている感触からして踏みつけられている)のだから立ち上がれない。朽ちかけた床しか見えない状況で、祐樹は立ち上がろうとしたものの。


「何してるの、■■?」

「■■■こそ、俺に声をかけるなんて珍しいな?」

「鬼ごっこをしているの、曲がり角で見失っちゃった」

「鬼ごっこ、か。随分可愛らしいな」

「ねぇ、理科室の中に他の誰かはいない?」

「さぁ? 俺しかいないな」

「そう? おかしいわね、見失うはずないのに……」


 やけにくぐもっている少女の声とはっきりした男の声が幾ばくかのやり取りを経て、静寂。祐樹は男を弾くように体を反転させつつ起き上がり、そうして絶句した。

 目の前にいるのは、自分と同じ顔をした男。顔の半分に包帯を巻いているという違いはあるが、着ている制服も、履いている靴も、何もかもが同じだ。その男は、くく、と喉の奥で笑った。


「あんまり珍しいからつい助けてしまったな。お前、あのままだと■■■に八つ裂きにされていたぞ」

「……お前は誰だ?」

「俺はお前だ。ただし、随分前に殺されてしまった、な」


 自分の声を録音して聞いた時と同じ、声。祐樹は祐樹自身だと答えた男を前に、混乱している。幻覚か、いや、それにしてははっきりし過ぎている。


「殺されてしまった……?」

「あぁ、ジョオウサマの逆鱗に触れてしまってな。皮を剥がれてこのザマだ」


 その、包帯の下は皮膚がなく筋繊維が剥き出しになっている。祐樹は思わず口元に手を当て、込み上げてきた吐き気を抑えた。ヒトは殺すしその前に痛めつけもするが、こと自分の体が破壊されている様には流石に怖気が勝ったのだ。


「さて、助けてやったはいいが生かして帰してやることは難しくてな。どうしたものか……」


 男は一頻り笑った後、顎に指先を添えて思案する。祐樹は、そんな男を呆然と眺めていたが、不意に目の奥が痛んで顔をしかめた。それを見た男が不思議そうにまばたきし、次いで、その首から上が爆ぜた。


「ばぁか! アンタのこと信じてる訳ないでしょ」


 ど、と倒れ伏した男の上には祐樹を追い回していた少女が浮かんでいる。けらけらと笑う少女の顔はやはり暗闇で満ちていて、祐樹は今度こそ死を覚悟した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

誰彼時ニ死ニ沈ム -Tasogaredoki ni Cynicism- とりい とうか @gearfox

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ