極道の玉たち
小紫-こむらさきー
双玉伝
「おどりゃあ!!!
今時、その筋の人でもなかなかいないんじゃないかっていうくらいのチリチリパンチパーマ、そしてビビッドな赤色の生地にビビッドな黄色の花柄が描いてあるシャツ。そしてこれまたビビッドな紫色をした太めのズボンを穿いている男が、目の前でツバを飛ばしながらこちらを睨み付けている。
パンチパーマの男には、もちろん眉毛はない。頬にはかつて深く切られでもしたのか皮膚の色が白めいて一本の筋が描かれている。
三白眼を血走らせながら喚く、彼の社会の窓は全開だった。
そして、あるはずのものがない。
「聞いとるんかワレぇええコルァアアア!!!」
「いや……あの」
あるはずのもの……それは立派な真珠が埋め込まれた、彼の主砲。その下にぶら下がっているはずの玉だ。二つの玉……いや、タマタマだ。
「玉はもう既に取れてるじゃないですか」
「おおおぉぉおおん?おどりゃ糞餓鬼がぁ!舐めとんのかゴルァアアアア」
俺も目が覚めたらこの部屋にいただけだ。よくわからないビジネスホテルの一室に、知らないパンチパーマのおっさんと閉じ込められているだけでも最悪なのに、なんで俺が急に怒鳴られてるんだ。
「その、落ち着いてください」
「これが落ち着いとれるかボケカスゥ!おどりゃあがワシの玉ァ奪ったんじゃろぉ!
パンチさん(仮名)の絶叫が響き渡る。
パンチさんは寝ているときから社会の窓が全開だ。だから、起きた瞬間に自分の大切な身体の一部がないことに気が付いたらしい。
せめて社会の窓が閉じていれば……この密室から脱出するために、パンチさんと手を取り合えたのだろうか?
いや、諦めてはいけない。ここで敵対しても面倒なだけだ。
俺は深呼吸をして、怒り狂うパンチさんと対話を試みる。
「俺の玉を取っても、パンチさんの玉が戻ってくるわけじゃないですよ。それに、そんな立派なモノにぶら下がるのが俺の玉じゃサイズも合わないでしょうし」
「そっちの玉じゃな……む。ワシの息子を立派なモノ言うたんか?ほう……。
よかった。パンチさんというあだ名には怒らないらしい。
急に怒鳴るのをやめたパンチさんは、自分の顎を撫でて俺を見た。相変わらず社会の窓は全開だ。反社だから社会の窓を閉じないぜみたいなポリシーかなにかなんだろうか?
「ワシの怒号にビビらんことも気に入った。なんや
さっきから社会の窓の外側へ顔を出し、揺れている真珠入りの息子さんをしまってあげてほしい。
「いえ、その……誤解が解けたのなら大丈夫です。それに、パンチさんの玉を取っても俺の玉が増え……」
自分の潔白を証明したかった。
自慢ではないが、俺の玉はそりゃもうトゥルトゥルの無毛で自慢の玉だ。
パンチさんの社会の窓から、元気よく生い茂る真っ黒なモジャモジャジャングルに見合う玉ではないだろう。
一度見せてしまえ。そうすれば、俺の玉を取ろうなんて思わないはずだ。
「……どうしたんじゃ
ベルトを外して、スラックスに手をかけて止まる。
玉はある。でもちがう。
俺の玉が増えている。立派で黒くてモジャモジャの……絶対尻に毛が生えていて、パンチさんの菊文門から捻り出したモノが絡みつきそうな、深い谷間に生息していそうな玉だ。
「い、いえいえいえいえ。なんでもないです」
慌ててスラックスから手を離して、笑顔を作った。
「なんじゃ!水くさいのう!
ズカズカと俺に歩み寄ってきたパンチさんの、ゴツい指毛がもじゃもじゃと生えた指が俺のスラックスに伸びる。
やめてと静止する前に俺のスラックスは床にストンと落ちた。
「お、お、おおどりゃああぁぁぁあああああ!!!
パンチさんは、再び眼を血走らせながら叫ぶ。すさまじく大きい、パンチさんの声で部屋中の空気がビリビリと震える。俺の玉も少し震えた。
「待って!待って!俺がパンチさんの玉を取ったなら絶対隠すはずでしょう!」
パンチさんは、俺の言葉を聞いて、床に崩れ落ちる。
すぐに膝立ちになったパンチさんは俺の足にしがみついた。足蹴にするわけにも行かず、見ていると俺の玉を見て三白眼からポロポロと大粒の涙をこぼす。
「うぉおおん……ワシの玉ちゃん……ワシのかわいい毛玉ちゃんがあ……こんな生っ白い玉の後ろに追いやられて」
「やめてください!それに俺の玉は綺麗でしょうが!それに、こんなモジャモジャな玉あっても困りますよ」
俺の
「なんならぁあああああ!糞餓鬼がぁ!ワシの可愛い可愛い毛玉ちゃんを馬鹿にするつもりか!」
「あー!もう!すみませんでした!そうじゃなくて、コレを元に戻す手掛かりを探しましょうよ。俺だって困りますよこんなモジャ……男らしすぎる玉は俺には勿体ないです」
両手を挙げて降参の意思を示すと、パンチさんは俺の股間付近から顔を離してスンっと元のテンションに戻る。
「ワシの毛玉ちゃんを立派なモノ言うたんか?ほう……。
なんだこの人。やっぱりそっち系の人だから
さっきまでの取り乱しようが嘘のように収まり、すくっと立ち上がったパンチさんを見て訝しむ。
「なんじゃあ!そんなに見つめて!がっはっはっは!ワシの
妙に顔を赤らめてこちらを見てきた。いや、勘違いをしないで欲しい。
喉元から出掛かった言葉を飲み込んで、俺はスラックスを上げてベルトをきつく締め直した。
「とにかく!玉を元通りにしてここから出る方法を探しましょう。何か、ここに来る前にしたこととか覚えていることはありませんか?」
パンチさんの社会の窓は開きっぱなしだ。パンチさんが考え事をするように歩き回ると、しょんぼりとしたやわらかなパンチさんの息子がゆらゆらと揺れる。
「覚えとること……のう……ワシは確か」
揺れているパンチさんの息子から目を逸らし、俺も自分が何をしていたのか思い出すためにベッドに腰をかけて目を閉じる。
確か、寝る前に部屋の掃除をしていて……見慣れない重箱みたいなものを開いたんだよな。
白い煙が出てきたから、慌てて腕で口と鼻を覆ったけどそのまま眠くなって……。
「ほうじゃほうじゃ!ワシは事務所の掃除をしていてな。なんや真っ黒な箱があったんで
握った手で、もう片方の掌をポンと叩いたパンチさんは俺の方を見て大きな声を出した。
「煙がモックモク出よるから、鬼竿一家が持ち込んだ罠かっちゅうで慌ててのう!そうじゃ!そこから記憶が
「それですよ!俺も変な重箱を開いたら煙が出てきて……」
俺は立ち上がって、パンチさんと顔を見合わせる。
「とりあえず、その箱を見つけてみましょう。この部屋にあるかもしれません……」
俺たちは、部屋中をひっくり返す勢いで例の重箱を探し始めた。
パンチさんは文字通り部屋中をひっくり返している。目に付く箱やタンスだけではなく、ベッドまでひっくり返したのだから驚きだ。
隅から隅まで探したはずだけど、重箱らしきモノはどこにもない。
新発見したモノと言えば、何故かクローゼットの中に設置されている電話くらいだ。
「のう
「なにを呑気な」
パンチさんの提案に反論をしようとしたけれど、俺の腹から鳴り響いた大きな音がそれを台無しにした。
俺は、メニューを見ているパンチさんの横を通り過ぎて、電話の受話器を持ち上げた。
『お電話ありがとうございます。こちら玉手箱アフターサービス係です』
「は?」
朗らかな女性の声で、わけのわからないことを言われて思わず面食らう。
『玉手箱の持ち主ではないお客様が事故で玉手箱を開いた際、予期せぬ事態が起こることがあります。私どもはそのようなトラブルに見舞われたお客様を保護し、トラブルを解決するためのサービスを提供しております』
「どういうことじゃあ!」
俺の受話器をパンチさんが奪い取りながら叫ぶ。社会の窓から顔を出しているパンチさんの息子も、どうやら怒り心頭のようで激しく怒張した頭を上下に揺らす。え?なんか怒張する要素あった?こわ。
『お客様がお目覚めになる時間に合わせて事情を説明させていただくつもりでしたが、どうやら少々早く目をお覚ましになったようですね』
「はよワシの可愛い毛玉ちゃんを元に戻さんかいワレェエエエエ!」
落ち着いてパンチさん……と思いながら、受話器から漏れて聞こえる女性の声を必死で聞き取る。
『畏まりました。では、こちらの指示に従ってください。今から逆玉手箱をお部屋にお持ちします。扉の下から差し入れますので、しばしお待ちください。白い重箱が届きましたら、二人同時に箱をお開きください。煙を十分に吸い込むことで、玉手箱の煙で起きた事象を打ち消すことが……』
「
ガチャン!と乱暴な音を立てて受話器が電話機に置かれた。
最後まで聞いてないのに?正気か?
パンチさんは上機嫌で俺の肩を抱き寄せた。パンチさんの息子もうれしそうに揺れている。
少し待つと、扉を控えめにノックする音が聞こえた。
「まあ
がっはっはと笑いながら、のっしのっしと肩で風を切るような歩き方でパンチさんは扉の方へ向かう。
「おお!これじゃな!」
嫌な予感がする。なんで俺は自分で逆玉手箱を取りに行かなかったんだ。
慌てて立ち上がり「二人同時に開くんですよ」と大声でパンチさんに伝えようとした。
「なんじゃああああぁあああぁぁぁあ」
「マジかよ」
モクモクと黒い煙が広がっていく。
同時に開けって言われただろあの脳みそパンチパーマ野郎!!!
走ってパンチさんの元まで行こうとして、俺はそのまま意識を失った。
「おどりゃあ!!!
パンチさんの怒号で目が醒める。
彼の社会の窓からは、意識を失う前に揺れていた、パンチさんの息子の姿がない。
代わりに、俺の綺麗な
俺は、恐る恐る自分のスラックスの中をまさぐる。
手には、真珠入りの弩級の主砲と俺の細いが長さが自慢の主砲……しっかりと二本生えた竿の感触があった。
極道の玉たち 小紫-こむらさきー @violetsnake206
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