第18話

 流し場で、グリルセットみたいなのを磨くバンドマンがいる。

 サクのやつ…あれ自前で持ってきたのか、荷物がデカイ訳だ…。

 この公家様の肉に対する執着は、どっからきてんだ?

 おっと俺も手を動かさないと、隣で洗い物してる委員長に怒られる。

 さっきからチラチラこっち見張ってるしな、俺はちゃんと働いてますよー。

 ん、どうした委員長、手が止まってるぞー?


「ねえ眞木君、紗衣子さんと付き合い始めたの?」

「はぁぁぁぁぁばばばばbなにttンのぉ!?!?!?」


 いきなり何聞いてるんだ!!


「…いや、なんでそういう話になったんだ?」

「眞木君、紗衣子さんとツーショットでプリントシール撮ったでしょう?」

「ほぁぁぁぁbbばばばばんなんでしttttん???????」


 え、あれ?! ウッソもしやあの現場見られてたの??!!


「彼女、色んな小物にシール貼っているわよ。あまり目立つ物には貼ってないけれど」

「貼ってんじゃねえよ!!」


 貼らないっていってたじゃん!! 何してくれてんのー!? 平穏な俺の学校生活がーーー!!!

 あ、やば。委員長もしかしてNTRされたと思って、おこなの?


「いや、あのですね、委員長の恋路を邪魔するとか、そういう意図は無くてですね?」

「ふふっ。前に紗衣子さんと喧嘩した時、眞木君に廊下で話した事は冗談よ」

「わーーーーっかりにくいわーーーー!!!」


 紗衣子、正解!

 そんなんわかるかーあほー!!


「でも、もしも女の子でそういう人選べって言われたら、紗衣子さんかしらね…」

「えんだぁぁぁぁどっちだぁぁぁぁぁ!!?? なんとかラヴィユゥゥゥ!!!」


 はっきりしろオイィ!!!

 この人、結構いい性格してんな?!


「ふふっ、冗談よ。私ね、実はまわりから言われる程、真面目じゃないのよ?」


 そうなの? いやーそういう問題でもない気がするが。


「それで、ふたりは付き合ってるの?」

「いや…えっと、まだ…その」


 まだってなんだよ。てか紗衣子のヤツ、そんなにあの写真貼りまくってんのか。

 あいつは…俺の事、実際どう思ってんだろうな。


「えーと、あのさ…委員長に聞きたいんだけど。

 その…俺の話しとか、紗衣子と話したりするのか?」

「女の子の会話を詮索するのは駄目よ。もっとデリカシーを持たないと、紗衣子さんに振られちゃうわよ? ふふふ」

「いや、振られるって…べ、別に俺とあいつはそういうんじゃ…」

 

 元々はエスパー能力の秘密を共有して、相談にのるだけの仲だったんだし。

 でも、あいつは…いやでもなぁ。


「眞木君はいままで、クラスでは女子と滅多に話さないで過ごしてたでしょう?

 入学当初はちょっとした会話からも逃げてたものね。

 それなのに、紗衣子さんとはここ最近で急に打ち解けてたでしょ。

 そこにあのプリントシールだし、単純に気になったのよ。

 秘密にしてるのかと思ってたけど…その様子だと、本当に付き合ってはいないのね」


 まあ、そうですね。

 しかし、なんでそんなボロだすかなー紗衣子は。


「あなたって女の子から距離とってる割には、一部の女子からは良い話も聞いてたのよね。転んだ時に保健室まで連れて行ってくれたとか。

 もっとも、着いたらすぐ何処かに行ってしまったって、その子は話してたけれど。

 何か変な男の子だと思ってたけど、最近は紗衣子さんとよく話す様になって。

 それからかしら、私も眞木君と以前より気軽に話せるようになったから」


 まあ、実際に女子からは今まで距離取ってきた自覚はある。

 最近はそうでもないけどな。自分でも何とかしたいって思えるようになったって事か。俺も成長してんだなー。


「それにしても眞木君は、話してみると面白くて良い人ね。

 紗衣子さんの気持ちが、少し分かったわ」

「そ、そうか…?」


 褒めても何もでねーぞ?


「うん、そうそう。改めて紗衣子さんとの時の事、お礼が言いたかったの。

 ありがとう、眞木君」

「お、おう? まあ気にすんな…」


 なんだよ急に改まって、いや別に照れてねーからな?


「…眞木君は女の子と話す時、目線を合わせないで話すわよね。

 いえ、別にマナーが悪いとか言ってる訳じゃないの…ただ、何か女の子に対して距離を取ってると感じて…苦手意識でも有るのかと思って。

 だから、今まで女性と対面するのを避けてたのかと思ったの。

 もしかして、その事が紗衣子さんとの関係を、今以上に進展出来ない原因なのかしらって。

 もし嫌でなければ、話してくれない? あの時のお礼に、何か力になれるかもしれないし」

「え…いや、俺は…」


 …こういう距離の詰められ方は困る。

 正攻法で来られると対応が限られるんだよ、善意だから余計にやりにくい。

 距離感もこっちにはお構い無しに詰めてくるし。気持ちは分かるんだが。

 いや、近すぎないか? なんか腕にむにむに…?


「い、委員長っ! む、胸あたってるから!」

「きゃっ! ご、御免なさい眞木君!」


 とんでもないこちらこそありがとうございます!!

 ああ!! もうちょっと気が付かないフリしとけば良かったな!!


「ご、ごめんなさい私ったら…はしたない。

 今のは忘れてもらえないかしら…?」

「お、おう! ももっもちろん!」


 あの感触を簡単に忘れてたまるか。

 ジャージ越しおっぱい強制インストールされてんだ、簡単にデリート出来る訳ねえだろ。

 今回のアップデートで、俺の性癖に予期せぬ不具合が出たらどうしてくれる。


「と、とりあえず洗い物終わらせよう!」

「ええ、そうね。これも授業なのだし、真面目にやりましょうか」


 そうそう、真面目にな!

 もうね、おっぱいの事なんで考えてませんよ!

 ホントですよ!!

 

 ◇


 片づけは終わったが、まだバスは来ない。

 何か、学年主任の教諭が体調不良とかで色々あったらしい。

 あの数学の先生かぁ…大変なんだろうな、神経性の胃炎かな?

 そんな訳で時間が結構余ってるので、みんな思いおもいに過ごしてる。

 うちのクラスも女子は集まって色々お喋りしてるんだが…紗衣子、どこいった?


 まあいいか、俺もスマホでゲームのログインボーナスでも貰っておくか。つか、ここだと電波届かねーな。

 寂れた展望台の所まで来ると、やっと電波が繋がった。まあ、こんな山の中でもスマホがつながるんだ、いい時代に生まれたなー。


 お、流石に見晴らしは最高だな。紅葉の季節はキレイだろうなー、ちょっと足元が怖いが。

 涼しくて気持ちがいい。

 みんなで騒ぐのは嫌いじゃないけど疲れるし。

 こうやって独り静かに過ごすのも好「来たわね」「うひゃぁぁぉ!?」

 な、なんだ!?


「誰だ!? って紗衣子じゃねえか!!」

「そうよ」

「お前な、急に後ろから声かけんなよ…ビックリするだろ」

「審が此処に来るの待ってたのよ、仕方ないでしょ」

「え、俺がここに来るのを…?

 なんでそんな、俺がここに来るって分かったんだよ??」


 もしかしてストーカー? いや怖いわ。


「何か失礼な事考えてるみたいだけど、違うわよ。

 夢で聞いてたのよ、あんたが此処に来るって」

「…お前エスパーか。じゃなくって、さっきはそんな事言ってなかったよな?」

「黙ってたのよ。言ったら、あんた来ないでしょ?」

「まあ、そうだよなー」


 俺の性格よく分かってきたな。

 まあ、それはいいんだが…。


「なんか紗衣子さん、機嫌悪くないっすか?」

「あらそう、審くんは機嫌よさそうね?」


 ひぇぇーなんかトゲトゲしい。


「委員長のおっぱい触って、デレデレしてた変態だものね?」


 おおっふ! あの現場見られてたかー!


「いや、あのな、紗衣子…あれは事故なの。決して故意ではない」

「へえー、そう。あたしには関係ないけどねー、へぇーへぇー」

「ごめんなさい! 許して下さい!!」


 あれ、俺なんで全力で土下座してんだろ。

 まあいいや、こういう時はもう頭下げるしかないからな、ハハハ…。


「…もういいわよ、わざとじゃないって事くらい分かるわよ。

 ただ、なんか…ちょっとイライラしちゃったから、なんでか分かんないけど」

「おお、お許しいただけますか!?」

「ああもう、いいから早く立って!

 ほんっと審と話してると調子外されるわね…」


 よかったーお許しが出た。胃のチクチクがおさまったー、はぁー。


「それで、委員長と何話してたの?」

「何ってそりゃ、俺とお前が…ってそうだ! 紗衣子おまえは!!

 あのシール委員長に見られてんぞ!!」

「え? あぁー、それで色々勘ぐられてたのね…あはは、ごめんね?」


 ごめんね?じゃないやい。でも可愛いから許すしかない。


「お前な…あんな写真友達に見られたらな…」

「見られたら?」

「見られたらー、そのー、あれだー」


 恋人同士だって思われるじゃん。


 ん? 誰かこっちに来るぞ。


「なんだヒデか、どうした?」

「なんだとは失礼だな、ん? 伊東と一緒か。

  すまんな邪魔して、ハハハ!」


 俺は紗衣子と別に何もしてないぞ、何か勘違いしてるかもしれないが。

 というか、誰か探してるのかな?


「お前達、上中屋敷かみなかやしきを何処かで見かけなかったか?」

「かみなかやしき??」


 なんだそれ、どっかの住所?


「何だそれ分かんねえぞ?」

「ハハハ! まあ普通はお前が、女子の名前を憶えてる筈も無いな!」


 誰かの名字か。


「あのね、上中屋敷っていうのは委員長の名前よ」

「あ、そうなの?」


 みんな委員長としか呼ばないから、知らなかったな。

 いや、あんまり呆れた視線を向けるな。


「くくく、知らんなら僕が教えてやろう! あの女の本名は、”上中屋敷 妖精ふぇありい”だ!」


 は? フェアリー?

 めちゃくちゃどぎついキラキラネームだな。


「あの子、本名で呼ばれるの嫌がるから…。

 あのね、委員長なら多分向こうの――」

「――分かった、助かったぞ伊藤。それじゃあ僕は行く、邪魔をしたな!」


 おう、フェアリーちゃんに宜しくなー。


 しっかしなるほど、キラキラネームで呼ばれるのが嫌だから普段は周りが気をつかって委員長呼びなんだな。

 あの性格も、名前の反動なのかもな。真面目じゃないって言ってたのも…まあ色々あんだろう。

 もしかすると、率先して委員長やってるのも名前で呼ばれたくないから?

 みんな、何かしら悩みを抱えて生きてるんだなぁ…。


「ていうか、あんた委員長の名前も知らなかったの?」

「いや分かるわけねーだろ、お前らだって普段”委員長”呼びしかしてないし」

「授業で先生が名前呼ぶでしょ。ああ、そういえば授業聞いてないのよね…だからあの成績だったんだもの…」


 成績の事はもう言うな。テストの順位あがっただろう、お前のお陰でホントたすかりましたありがとうございます。


「ねえ、うちの班にもう一人女の子いるわよね。

 もしかして、あの子の名前も知らないの?」

「保険委員だろ?」

「知らないのね…」


 呆れんなよ。


「じゃあ、なんて名前か教えてくれよ」

「…どうせ、教えても忘れちゃうでしょ」

「いや諦めんなよ」

「そんなことよりも聞きたいんだけど」

「そんなことにされたよ、保健委員の名前」


 モブみてえな扱いだな? 紗衣子の友達じゃねーの?


「あんたさ、あたしの名前は知ってたわよね? ほら、公園で会った時」

「…えー? あ? ああ、そうだったっけ…?」


 こいつ余計な事を覚えてやがった…。


「ねえ、審」

「なんだよ、紗衣子」

「何で、あたしの名前だけ知ってたの?」

「たまたま、だよ」

「何でたまたま知ってたの?」

「さ、さあー?」

「ねえ、なんで?」

「えっと…」

「くふふっ、ねえーなんでよー教えて?」

「……。」

「ねえ? ねえ? うふふふふっ」


 うっぜぇ、なんだこいつ。

 しかも急に機嫌よくなりやがって。だからドラ〇もんみたいな笑い方すんな。


「あはは、ごめんごめん。拗ねないでよーあきらー、ふふふ」

「…別に、すねてねーし。俺のほっぺた突くなよ」


 ちょんちょん触ってくんな。いや、別にイヤじゃないけど。


「ふふ…まあ、何でもいいわよね! 過去の事より、これからの事だもの!」

「なんか無理に良い感じで締めようとしてるが、そういうことだな」


 未来に目を向ければいいんだよ。昔の事は…まあ、忘れるもんじゃないけど。

 時々でいいんだよな、過去を振り返るのは。

 すくなくとも、こうやって紗衣子と一緒に馬鹿を言い合ってれば。

 今は幸せだ。

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