第16話
帰りの電車で、紗衣子は疲れたのか寝てしまった。
まあ、予定よりも遅くなってしまったしな。
寝てるといっても熟睡してるわけじゃないが。こういうの何て言うんだっけ…舟を漕ぐ? まあそんな感じだ。
口を半開きにして、うつらうつらと揺れる紗衣子。なんかのオモチャみたいだが、これはこれで可愛い。
その開きっぱなしの口に指でも突っ込んでやろうか。そんな風に思っていたら、急に紗衣子がビクッっと跳ね起きて…って危ね!!
「おおう!起きるなら一言かけろよ…」
お前のデコが俺の顎をかすめたぞ。ヒヤッっとしたわ。
「――え、あれ? ああ…おはよう?」
コテっと首を傾げた紗衣子。可愛いな、寝ぼけてんのか?
「おーい、ちゃんと起きてんのか? もうちょっとで降りるぞ」
「ああ、うん。大丈夫、起きてるわよ…」
大丈夫か? ちょっと遊びすぎたかな。
テレパシーの件だが、紗衣子も出かけるたびにいちいち俺と手を繋ぐ訳にもいかないだろう。
そう思って、帰りに俺の家に着いてから、他の人でどうなるのか試してみた。
誰で確認したかって言うと、まあ司だな。万が一バレても問題ないだろうし。
それで、紗衣子が司に触った結果、何も起こらなかった。
まあ、これで大丈夫なのか確信は持てないけどな。とりあえず他人に触る位は問題ないかと思う。
それにしても、うちの弟は最高に可愛いと思うんだが。
紗衣子に撫でくりまわされながら「やめろよー! やめろよー!!」と恥ずかしがる司の愛らしさといったらもうなぁ!ハハハ!!
改めて思うんだが、やはり司は人間でなく天使の学校に通わせるべきだと思うんだが、願書はどこで受付してますかー!! 天界のみなさーーーん!!
おい聞いてんのかーーーーーーーー!!!
◇
「晴れて良かったわね」
五人掛け座席の真ん中に座る委員長が上機嫌だ。
「山登る時に暑そうだな…」
せめてもうちょっと曇って欲しい。
おい、その空気よめって感じのジト目やめろ紗衣子。
一時期開花しそうになった百合の花は、つぼみのまま落ち着いてるのかな?
紗衣子と委員長の間にある空気は前と同じに戻ったと思う、きっと紗衣子が頑張ったんだろう。
それとも、あれは本当に委員長の冗談だった?
どっちにしても良かった良かった、ハハハ。
現在バスで移動中、そんでハイキングコースの入り口からは歩き、そのまま目的のキャンプ場に向かうらしい。
帰りはキャンプ場にバスが迎えに来てくれるんだが、だったら最初からバスで直接乗り付けろと言いたい。
バスの席順は特に決まっていなかったので、なんとなく班別けで座る感じになってる。
何故か俺達は一番後ろの特等席に座らされてるが、いやメンバーのせいだなコレ。
強権で無理矢理座った訳ではなく、クラスメイト達の「とりあえず特等席にコイツら座らせておけば誰も文句言わないだろ」という平和的暗黙の了解で誘導された。
まあ、五人掛けなのでサクだけあぶれて前の席に座ってるが。
隣に誰も座ろうとしないので、二人席を独占しつつ窓側にもたれ掛かり、長い脚を組んで何時もの様に洋楽の雑誌を見てる。
ホントさまになってるな、そこだけ世界が違う。
ん、前の席の知らん女子が話し掛けてる。
「へぇー新山くんギターやってるんだっけ? ねぇーそれロックの雑誌?」
「ロックじゃねえメタルだ」
「そ、そうなんだゴメン…」
あーあ。…まあ、こいつはコレでいいや。
何だよメタルって。
まあ、今日のめんどくさい季節イベントを、一緒に消化してくれるチームメンバーを確認しておこう。
女子は、”伊東 紗衣子”・”委員長”・”保健委員”。
いや紗衣子については説明するまでもないし、委員長もまあ、アレだ。
保険委員の小さい女子に至っては、会話したことあるか怪しいレベルで面識がない。うん、知らん。
んで男子だが、”俺”・”新山 朔”・”久前 秀昭”。
ちなみに、席順は右から俺・ヒデ・委員長・保険委員・紗衣子、の並びだ。
委員長が真ん中なのは、クラスの様子を見渡せるかららしい、真面目だこと。
しかしこれ、紗衣子と離れて話しにくい…いや、違うからな? あくまで微能力サポートの為だぞ?
サクについては説明する必要も無いと思うが、改めて言えば”陰陽師っぽいギタリスト”。
別に和楽器でバンドやってる訳ではないらしい。
そんで、もう一人の友人、幼馴染みのヒデ。
俺の小学校時代からの同級生。
男子の中では一番小柄でメガネ、一人称は僕で声変わりまだなのかって感じのキンキン声でしゃべる。
なんていうか、世間でテンプレ化してる『世話焼き元気でエッチで隙が多い幼馴染の女子』なんてのはな、紳士の妄想だよ。
いいか、これが現実だぞー、お前らよく見ろ。
さて、ヒデは頭が良い。
入試から今日までのテストで、ずっと学年1位。
教師から期待されすぎた為なのか分からんが、入学早々で即生徒会にぶち込まれたので、休み時間なども余り教室に居ない。
本人は、無駄に馬鹿と関わらなくてすむから都合が良い、と言ってるが。
捻くれてんなー。
そんで、我が強いヒデと委員長はすこぶる相性が悪い。
じゃあ何で同じ班に誘ったかって? 他に友達居ないんだよ言わせんな。
「久前君…今の時間は授業の一環なんだから漫画はやめなさい」
「何故僕だけ注意する? やるなら全学級のバスを廻って平等に注意しろ、これだから頭の固い女子は困る」
「そ、そんなのただの屁理屈じゃないの!!」
あーあ、始まった。
「それに僕はお前と違って、少し漫画を読んだ程度で成績が下がるほどの馬鹿では無いからな。
それよりもだ、僕に小言を言う暇が有るなら、委員長こそこの移動時間を使って勉強し、成績を上げる努力をしたほうが良いぞ? なんなら僕が教えてやろうか? ハハハ!」
「あなたって人は…そうやって成績を笠にして偉そうに!!」
「言葉だけで結果が伴わない人間の言う事など、僕の耳には届かん」
「い、言わせておけば…!!」
あちゃー、始まったー。
「ま、まあ委員長、ここは穏便に…」
やめろ、ケンカすんな、頼むから大人しくしてくれ。
おい、そこの保健委員、あわあわ言ってないでお前も止めろ。
まあ、こいつ小動物系だし無理か。
「大体何なの?! ちらちら見えたけど、その…破廉恥な女の子のイラストは!」
ああ、気付いてしまったか。
けど、ヒデが読んでるマンガの内容には触れて欲しくなかった。
「委員長ちがうんだ」
「何が違うのよ眞木君!!」
きれいな顔してるだろ。
男なんだぜ、それで。
「失礼だな、ちゃんと全年齢だが?」
まあ露出は問題ないんじゃね? 全員男だし。
ハハハ、笑える。
お、サクが座席からこっち振り返った。
「委員長…そいつは”
お前なに一昔前のヴィジュアル系バンドみたいな言い回し使ってんだ。メタルが行方不明じゃねえか。
てか、普通に言え。
ん、なんだ紗衣子が立ち上がったが。あれ、こっち来るのか?
「はいはいはい、二人とも静かにねー運転手さん驚いてハンドル滑っちゃうでしょ。
委員長は窓際の、あたしが居た席に座っててね。
久前君も煽らないでね、間に挟まれた審君がビビってるでしょ?」
「あぁ?! お、俺は別にびびってねーし!!」
何がビビってんだ、全く。
委員長の剣幕なんざ、ぜんぜん恐くねーからな?
ん、しかしヒデが何も言い返さないな。ん??
「どうしたヒデ? 鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔してるぞ??」
「ああ…いやなに。お前たち、急に仲が…いや、何でも無い。聞き流してくれ」
なんだよ気になるな。いやマンガしまうのはいいけど、今度はアイマスクかよ寝るのかよ。
そして紗衣子は、この混乱に乗じてちゃっかり真ん中の席…俺の隣に移動してきた。
「いや、ありがとうな紗衣子」
「いいのよ、丁度よかったし」
「ん、何が?」
「ななななんでもないわよ!」
おかしなやつだなーハハ。
…こいつ、俺の隣に座る口実が欲しかっただけか?
いやいや、まさかな。そんなの自意識過剰だろ、さすがに。
◇
いよいよハイキングスタートだ。
山道に伸びるジャージの行列、高校だろうと遠足の風景は変わらんな。
まあ、山だし街中よりは涼しくていいなーハハハ。
…最初だけは。
「キツイ、もう帰りたい…」
「相変わらずモヤシ並みの体力だな! ハハハ!」
うるさい、ショタメガネ。
お前なんで俺と同じ荷物量でそんなに余裕がある。
「サクなんぞ、お前の三倍は荷物を背負ってるのだがな」
あの公家顔ミュージシャンは、何であんなに体力有るんだ…まあサクは結構筋肉ついてるんだよな。
やっぱバンドマンだから? 細マッチョめ。
荷物量三倍なのにあんな涼しい顔しやがって…。
女子三人組は仲良く後ろからついてきてるはず。
俺より余裕ありそうなんだが…と思ったら紗衣子が何時の間にかすぐ後ろに追い付いてきてた。
「あんた、普段から家を出ないからそうなるのよ」
「おおお…しんどい、喋らすな…」
お前は女子なのに、何故そこまで体力が。
ああ、俺が貧弱なだけですね知ってました。
「の、喉乾いた…」
「無理しないでよ、熱中症になるわよ。
あ、そういえば…持って来てるんだけど、飲む?」
そういえば今日は”水の日”だったな、あの水筒の中身は”紗衣子水”か。
同級生の前で堂々と飲むのは少し…って、何時のまにかヒデのやつ先の方に登ってやがる…。
委員長はどこだ? ああ、後ろの方で保険委員の女子と一緒か。あのハムスターみたいな女子高生は俺と似たような体力らしい、よかった。
つまり俺は、小動物並みの体力しかないのか、ハハハ。
ああ、今は取り敢えず水分だ。
「はい、あたしの水筒だけど文句言わないでよね」
「ヒャッハー! みずだぁ!」
「案外元気じゃないの」
いや、実際かなりしんどいの、カラ元気だっつーの。
んじゃ、いただきまーす。
いやー、生産者の前で飲む名水は、いつもより旨さも一層…!?
「ん? んん!? これは…!?」
なんだ、疲労感が抜けていくぞ!?
足に力が入り易くなった気が?
え? もしかして”紗衣子水”の効果か?
疲れた時に飲むと疲労回復効果があるのか、いやそれだけじゃない…足が軽いぞ!!
「ふははは! 勝てるぞこれなら!!」
「え、ちょっと審どうしたのよ急に…なんかあんたヤバいわよ??」
俺が聞きたいわ、お前これに何かのクスリとか入れてないだろうな?
しかし、知らなかったな…こんなドーピング効果があったとは。
俺、普段から運動しないから効果が実感出来なかったんだろう。
基本的に肉体労働したり疲れたりとか、無いし。
「よぉし取り敢えずあの薄眉バンドマンを追い抜くぞ! アハハハ!!」
「ちょ、ちょっとあきら!! そんなに走ったらキャンプ場までもたないわよー!!」
いやー、山は最高だなぁ!!!
ハハハハハ!!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます