第15話

 いやー、本当にあちこち回った。

 最初は照れ隠し?吹っ切る様な勢いで回ってたが、すぐ普通のショッピングになったな。

 紗衣子が行きたい所があるとグイグイ引っ張るようになったし、勝手に動くと引き留められた。

 子連れの親子かよ、迷子になると思われてんのかな。

 そんで紗衣子さんや、その割りには殆ど買い物してないのな。


「いや、何か買えよ」

「欲しい物全部買ってたら、お金がいくらあっても足りないじゃないの。

 審だって物欲しそうに見てたゲームとか漫画、買って無いでしょ?」

「そりゃごもっとも」


 いやでも、多分金があってもこんな感じでダラダラ買い物しそうだけどなコイツ。

 女子のショッピングは長い…都市伝説じゃなかった。


「ねえ審、あそこ入ってみない?」

「なんだ? …ゲーセンじゃねえか」


 休日のアミューズメントコーナーは親連れとかも多いな、あと鬼みたくメダル詰んでる爺さんとかも居るし。


「あんた、いつもゲームばっかりやってるし、こういうの得意でしょ?」

「いや、俺は殆どゲーセンには来ない」


 あのな、ゲームやってる奴がみんなゲーセンに通ってると思うなよ。

 俺の場合、大体家で出来るゲームかスマホのアプリゲーなんだよ。


「それじゃあ、ぬいぐるみとかは取ったりしないのね。得意ならやってもらうと思ったのに」

「んー、紗衣子はああいう何とかキャッチャーはやったことある?」

「全然やったことないわね」

「ならお前よりは分かる、ていうか遊んだ事ないならまず自分でチャレンジしろよ」

「…審は、たまに正論で厳しい事言うわよね」


 んな事まで俺をあてにするな。

 何事もやってみるもんだ、経験だよ。


 でもな、だからって最初からそんなデカイの狙うのかよ。

 それここの景品で一番デカイんじゃね?


「全然取れないわ…」

「いきなりそんな大物狙うからだ」


 上級者向けだろそのぬいぐるみは。


「大体、こういう所の景品は店員さんがペイアウト率とか計算しながら配置してて、ある程度金使わないと取れない様になってんだ。

 あのぬいぐるみなら原価六百円位かな、あと三千円使えば取れるんじゃね?」

「そういう夢の無い話しないでよ…」


 アームゆるゆるだし、もっと金かかるかもな。


「お前は初心者らしく、もっと身の丈に合った物を狙うべきだ」

「くっ…さっきから偉そうに…じゃあ何を狙えば取れるのよ!」

「あそこにいる子供先輩のプレイを見習え」


 小学校低学年くらいの女の子が、小さい…なんだあれ??

 なんかびょんびょん動くキーホルダーを難なくゲットしてる。

 なにあれ、キモッ。


「…ま、まあ、ああいう小さいのは比較的取り易く出来てんだよ」

「そうね…取れないとお子さんが泣いちゃうものね」


 ぶっちゃけていうとそうだな。


「へー、結構カワイイのが入ってるわね!」

「か、カワイイかこれ…? まあいいや、これならお前にも取れるだろ」


 景品に統一性が無い、ごちゃっと色々入ってる。

 どれも微妙なデザインばっかりな気がするが。

 まあ頑張れ、俺は手は出さないからな、口は出すが。


「だからな、本体じゃなくて上の輪っかを」

「ちょっと! 今狙ってるんだから黙っててよ!!」


 ああほら、全然関係ない所にアームが降りていく。

 …なんか、キーホルダーの山にズボッって刺さったアームに、何か引っかかったな?


「ちょっと! やったわよ!!」

「おおお! やったなおい!!」


 中々に根性のあるアームだ、お前は見どころがあるな。

 プライスマシーンの背面ミラーには、隣ではしゃぎまくる紗衣子、そして俺の顔が映ってる…俺めっちゃ笑顔だな!?

 これ鏡越しで客観的にみると恥ずかしいな、俺達ずっとこんな笑顔ではしゃいでたの? しかも距離近いし。

 どうする? さり気なく離れるか…いや今も手繋いでるし…と、あっちも気が付いた。

 鏡越しに紗衣子の顔が真っ赤に!! って俺もな!! あれ俺ってこんな顔出来るの?? 誰だよコイツ見た事ねえぞ!!


 ちらりと隣の紗衣子を見ると、向こうもこっちに視線を送ってきてるな。

 そう、暗黙の了解。

 すでに幾度となくテレパシーで心を交わした俺達だ、使わずともアイコンタクトである程度の事は分かる。

 俺はスッとしゃがんで景品を取ってやると、すまし顔の紗衣子に何食わぬ様子で手渡した。


「…ほら、おめでとう、ハハハ…」

「…あ、ありがとう、あははは…」


 渡されたキーホルダーをぷらぷらもてあそぶ紗衣子。


 ん。


 おい、寿司じゃねぇか。


「寿司じゃねぇか」

「寿司よ」


 タマゴ焼きの握りか、安いな。

 せめてマグロが欲しかった。


「あたし、そっちのイクラが良かったわ…」


 あのつぶつぶか、気が合わねえなオイ。

 いや、笑えるなーホント。

 まあ、紗衣子も笑ってるし、こういうのは悪くないけどな。



 ◇


 紗衣子は多分センスが良いと思う、持ち物には結構こだわってる筈だ。

 そんな彼女のバッグには今、たまごの握り寿司がぶらぶら揺れてる。

 気に入ったのか…でもそれだけコーデから浮いてんぞ?

 …まあいいや、さて…何かやり残した事は無いかな。


「メダルゲームはやらないのか?」

「ああいうのは別に興味ないし、いいわ」


 まあそうだろうな、俺も興味ないし。


「ねえ、あのショーケースにいっぱい並んでる景品は何なの?」

「ああ…あれは千円ガチャの景品だよ」


 テレビとかネットで紹介されてから流行ってるんだっけ。

 ショーケース内の景品には番号が割り振られていて、ガチャを回すと中から番号札がたまに出てくる、それが高額景品で当たりだ。

 滅多に出てこないけどな、大体はさっき紗衣子が取った寿司みたいなのだ。


「紗衣子、流石にあれだけは止めておけよ」

「ええー、ちょっと欲しいの有ったのに…」


 言いながら見てるのは3番の景品、懐中時計か? 女性向けのデザインだな。


「…ゼンマイ式の時計なら、持ち運べるかと思ったのよ」


 ああ、”電気の日”の事な。

 電池使わない時計なら、ショートする心配も無いか。

 それで誤作動起きないのかは分からないが、少なくとも静電気で簡単に壊れはしないかな?


「そういうことか、しっかしなぁー…」


 時計が出るまで、何回やればいいか予想出来ない。

 プライス専用でもない、普通に売ってる既製品っぽいし…流石にこれは買った方が安いぞ。通販で普通に買えるだろ。


「…とにかく諦めろ、帰りの電車代無くなるぞ」

「ええ、じゃあ一回だけ…」

「ダ・メ・だ、ガチャってのはな…最初の一回が破滅への入り口なんだよ…」

「わ、わかったわよ…妙な迫力ね…」


 俺も、ソシャゲ沼にハマり掛けた経験があるからな。

 あれ以来、無料でしかスマホゲーはやらん事にしてる。


「…欲しかったな、可愛いし」


 …何だかなー。

 こんなん、通販で買えば安く手に入るはずだ。

 なんなら、俺が今からスマホで注文すればいい。型番は書いてあるし、一週間掛からず手に入るよな、こんな時計。

 文字盤がガラスで歯車が見える。オシャレだけど、すげー時間がよみにくい。

 俺にとってはその程度の価値しか見いだせない。


 でもさ、折角二人で楽しく過ごして、最後の方にきて…紗衣子の曇った顔、見たくねえな。

 あーあ、本当にしょうがねえや。


「…三回だ、俺が三回だけやるから」

「…え?」

「三度目の正直、とか言うしな。それで出なきゃ紗衣子、今日は諦めろよ?」

「え、まって。それだったらあたしがお金を――」

「ダメだ、ガチャの恐怖を知らないお前は、手を出しちゃいけない。

 今日は俺が行く、お前は見ててくれ」

「…何なの、ガチャの恐怖って」


 何やら戦慄の眼差しをガチャ機に向けてるな、紗衣子は。

 …言い過ぎたか? まあいいや、間違ってはいないし。


「ねえ、四つ同じガチャガチャあるけど、どれが当たりなの?」

「そんなん分るわけねえだろ、どれも同じだって」


 一回目、黒いボールが出た。ハズレだ。

 二回目、黒いボール。またハズレだ。

 三回目、金色のボールが出た。


 紗衣子と二人、思わず顔を見合わせる。

 恐る恐るカプセルを開けて、番号を確認する…えっ。


「マジかよ…ウソだろおい」

「ねえ…これ3番って書いてあるわよね?!」


 都合良すぎんだろ、ビックリだ。


 店員さんを…呼ぼうとしたら、向こうが来てくれてた。多分金色のボールが出たのを見てたのだろう。よく訓練された店員さんだな。


 おめでとうございます。と言って手渡された懐中時計を、そのまま紗衣子に渡す。


「わぁ…かわいい。ホントにあたしに…貰っていいの?」

「おう、やる。

 もうお前の物だ」


 ドキッとした。

 一瞬、女神が微笑んでるのかと思った。


「うれしい…ありがとうね、審」


 あ、マズイな俺。

 これ、もう自分を誤魔化せん。

 完全に、惚れちゃったかも。


 ◇


 紗衣子のポケットに、パールピンクっぽい金属のクリップが止まってる。

 あの先に、同じ色のチェーンに繋がれた懐中時計がくっついて、ポケットに入ってる訳だが、さっきからポケットから何度も取り出しては、ニコニコ上機嫌で眺めてる。

 なんかもう指紋だらけになってそうじゃね? ああハンカチで拭くのね。

 まあ、ここまで喜んでもらえるなら、賭けに出た甲斐があったと思う。


「んじゃ、荷物持って帰るか」

「そうね、そろそろいい時間だし…あっ」

「ん? どうした忘れものか?」

「ええっと…な、何でも無いわよ」


 何でもない訳ないだろ。視線の先にあるのは…プリントシール機か。

 ここにも有るんだな。あまりにも雰囲気が場違いなので、視界に入っても脳が認識してなかった。

 多分、あれ撮りたいんだろうなぁ…。


「なあ紗衣子、あそこにある――」

「えー! 何? 審もああいうシール機に興味あるわけ!?」


 …いや興味あるのはお前だろうが。


「ああ…まあ、やった事は無いなー」

「ふーん。…あのね、もし興味あるなら…ちょっと撮ってみる?」

「え、あー…でも俺さ、全然わかんねーしなぁ、ああいうの」

「ふーん…なんなら、あたしが…教えてあげてもいいわよ?」

「え、ああ。そ、そうだなー。これもいいしゃかいべんきょうになるかな?」

「そ、そうそう! しゃかいべんきょうね!」


 社会勉強じゃしょうがねえや。白々しくはない。

 そもそも、今日は学業の一環として来てる訳だしな。

 勉強になるなら、むしろやらないとな。だから、白々しくないって言ってんだろ。


 プリントシール機のエリアは結構広いな、んでここだけロープで隔離されてるし。

 男性のみのお客様は入場お断りとか、悲しい立て看板が入り口に置いてあるし。

 なんか、今更だが入り難い。香水っぽい匂いするし、そこそこ客はいるけど女子ばっかじゃね?


「…なんか空気が違うな、ここだけ」

「なにモタモタしてんのよ…」

「おい、まて、手を放して置いて行くな」

「しょうがないわね…ほら」

「おう、マジ助かる」


 引率されて情けないなー、ハハハ…。

 それにしても、居心地わるっ。

 ここはアレだ、リア充以外入れない結界でも張ってあるんじゃね?


「もしかして、あんたビビッてんの?」

「は、はぁ!? びびってねーし、全然びびってねーし!」

「じゃあもっと堂々としてないさいよ、別にあんたが居てもおかしくないわよ。

 男の人も結構いるでしょ」

「全部カップルだがな」

「……。」

「……。」


 つい余計な事を言って自爆しちまったー!

 ああもう意識しない様にしてたのになぁ!?


「ほら、この機種オススメよ! すごく綺麗に撮れるの!」

「お、おお! じゃあそのオススメで!」


 よし、跳びこめ! 避難完了!

 足元以外は外から遮断されてるから見えないな。

 んで、入って気が付いたけど、軽く個室で二人きりみたいな空間だな…。


「さっきの時計のお礼に、ここはあたしが奢るわね」

「お、おう。さんきゅーな」


 せまい、んで距離近い。

 どきどきする、話そうとしても言葉が思いつかない。

 買い物してるときは、大体手を繋いでたハズなんだが、そんなの比較にならん。

 俺が自分の気持ちを自覚したからなのか、この個室みたいな空間のせいなのか。


「ほら、もうちょっと真ん中によらないと、全身入らないでしょ」

「お、おう。こうか?」


 とかやってたら、シヤッター音が聞こえた。


「ちょ、いまの撮ったのか?!」

「何回か撮影して、その中から選べるから大丈夫よ」


 よく見れば、紗衣子の顔も火照った様に少し赤い。こいつも照れてんのか?


「ほ、ほら。適当にポーズして」

「お、おう。はいピース…」


 横ピースでぎこちない笑顔の俺、そして紗衣子。

 結局、何枚か撮影した中から、その横ピースと最初に撮った写真を選んだ。

 紗衣子がそれに、手際よく文字やら絵文字を並べていく。


「なんか、ハートが多くね?」

「し、仕方ないでしょ、かわいいんだもの。

 それにね、この手のヤツは遠慮したり恥ずかしがったら負けなの」

「負けは嫌だな」

「そうよ」


 じゃあ、仕方ないか。


 そうして出てきたプリントシールは、どこに出しても恥ずかしいカップルのツーショットに仕上がっていた。

 いやいや、まってまって。これ予想より遥かにふぉぉぉぉ!! 悶えそう!!


 紗衣子は…出来上がったプリントシールを見ながらニヤニヤしてる。

 多分、自分じゃ笑いを堪えてるつもりなんだろうが、全然抑えきれてねーからな?


 しかし、俺こんなバカ面してたかな。

 まあ、こんな形ではあるが、紗衣子とのツーショット写真が手にはいった訳で…ヤバい、俺もニヤけて無いだろうな?


 さて、落ち着いて時間がたって落ち着いてくると…このシールどうすりゃいいんだ。


「紗衣子」

「なによ、審」

「これ、どこに貼ればいいんだ」

「好きなところに貼ればいいのよ」

「じゃあ、紗衣子はどこに貼るんだよ」

「…。」


 お前も扱いに困ってんじゃねーか。


「…シールだからって、必ずしも貼る必要性はないわよね」

「ま、まあそうだな。思い出として、大事にしまっておけばいいし」


 今はまだ、これを人目につく場所に貼るには、俺たちのレベルが足りない。


「うん…大事な、思い出」


 多分、意識せず漏れた紗衣子の独り言に、心の中で俺も同意した。

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