第6話

 だからさ!! 自宅の場所なんて知らねえよ!!

 電話番号も聞いておきゃよかった…!

 いつも会ってる公園の近くだって言ってたから、取り敢えず来て見たけど走って来たから息が…。


(あ…、つながった…)


 え、紗衣子? 


「(お前メールの返事はしろよ! 場所が分からねえんだよ!)」


 思わず声に出してたらしい、周りからの奇異な視線が刺さるがそれどころじゃない!

 早く…と駄目だ、こういう時こそ、俺が落ち着かないと。

 深呼吸、深呼吸。また失敗する…。


(いや怒鳴って悪い、すげー心配で…今いつもの公園まで来た)

(こっちこそ、ごめんなさい、なんだか…家に帰る途中から、ちょっと…悪化して…多分、審とはなれたから…そこから見える、一番高い建物が、あたしの住んでるマンション)


 本当に近いんだな。

 紗衣子の話しを聞くと、このマンションに一人暮らししてるらしい。

 高校生で親元離れて一人暮らしか、そういうのはラノベの中の話だけかと思ってたよ。

 まあ…個人的事情は今はどうでもいい。


(…そこまで来たら、もうすぐよ)

(ああ、分かった見えてきた)


 オートロック式のマンション、紗衣子に聞いた部屋番号を打ち込んで自動ドアを開けてもらう。


 エレベータがやけに遅い、早く三階に連れてけっての。

 到着までの時間がもどかしい、息は上がるし足パンパンだし。

 やっぱもうちょっと運動しとくべきか。

 太ももの辺りの張り具合、こりゃ明日筋肉痛か…よし、着いたな。


 ああもう、慌てるな部屋どこだ?

 表札…伊東、伊東、どこだ…ここか?!


「おーい! 眞木だ開けてくれ!」


 半ばヤケクソ気味で叫びながら、『伊東』と書かれた表札下のインターホンを押す。

 紗衣子は、ここで一人で暮らしてるのか。

 殆ど間をおかずに、玄関が金属音を立てて開いた。


「お、おい無理すんなって!」

「あ…ゴメン大丈夫…アンタがこっち向かって来てから、少し良くなってきたから…」


 なんでだ、電波の状態が良くなったからか?

 ドアノブを支えに立つ紗衣子は、それでも想像していたよりマシな様子か。

 いや、顔が真っ赤じゃねえか。

 なんか身体も汗でべったりな感じだし、ホント無理すんなよ。

 バッグ邪魔だな…取りあえず下駄箱の上にでも置かせてもらうか。


「手貸すから掴まれ、んでとりあえず一回ベッドで横になってろ」

「ああ、うん…ありがと、入って」


 当然の様に俺を招き入れる紗衣子。

 女の一人暮らしに男を…とか考えてる場合じゃないな。

 てか本当に大丈夫か? 救急車呼んだ方がいいんじゃ…。


「そこまでしなくても大丈夫よ…。

 ただ、このまま、手、握ってていい? 触ってるの、一番、楽みたいだから…」


 いくらでもシャケでも好きに握っておけ。


(ごめんね、そんなにつまらない冗談言うほどに心配させて…)

「おう、ケンカ売ってんのかお前は。

 いやそれより、マジで能力使わない方がいいんじゃ?」

(喋るの苦しいのよ、近くに居る時はテレパシーの方が楽みたい)


 たしかに、テレパシーの方が喋りは流暢だが。

 もしかして今まで接続先探してずっと電波飛ばしてて、それで電池切れそうになった感じか?

 繋がらない相手にコールし続けてて、それが繋がったからラクになったと。

 いや今はそれはどうでもいい。


「…とりあえず、着替えて寝ろ」


 まずは、その乱れた制服のまま動こうとするな。

 いや変な目で見てる訳じゃなくてな、流石に痛々しいって言うか…見てらんないんだよ。

 あんまり心配させないで欲しい。


(うん…ちょっと汗も拭きたい…着替えとか全部あたしの部屋に有るわね)

「んじゃ案内してくれ、そんで着替えろ、俺は外に出てるから」

(…いや、あんたがやるのよ?)

「は? いやいやいや、それはダメだろ…分かってるか? 服脱がすんだぞ?」

(…あのね、テレパシーだと伝わり難いけど結構余裕ないのよ、なりふり構っていられないわけ)

「だとしても着替えは不味いだろうが、紗衣子だって俺に見られちゃ困る、乙女のナイーヴな部分持ち合わせてんだろ?」

(うん、だからあんたさ、そこにある土のう袋を頭から被ってね?)


 ね? じゃないわ。

 こいつ、さらっと酷い事をおしゃる。

 俺に、農家の納屋に置いてあるような袋を、頭からかぶれと。


「つか、何で女子高生の部屋に土のう袋が置いてあんの」

(ベランダガーデニング用よ、色々便利なのよ)


 園芸やってんのか、なるほどね。

 プチトマトでも育ててんのかな、可愛らしい趣味だな。


「じゃあ、自分の頭にかぶせる用途で買ったワケじゃないんだな?」

(なんであたしがそんなことするのよ!?)

「いや、ホラー映画で怪人が、マスク代わりに被ってるの見た事有るし」

(え、やだこわい…って、それあたしがホラー側になってるじゃないの!)


 ノリツッコミ出来る位には回復したか。


「手品とかでもたまに被るよな」

(それあたしも分かるわ、脱出とかするヤツよね)


 あれ本当は見えてんだろ?

 おっと今は無駄口を叩く暇無いし、真面目にやるか。


「なあ、目の所に穴開けたいんだけど、ハサミとか無い?」

(だから見えたら意味ないでしょ!!)


 そうだった。

 おかしいな真面目にやってるつもりなのに。


「あ、被る前に着替え出すから場所教えてくれ」

(服ははすぐそこのタンスで…下着は目隠ししてから指示するからまだよっ!)


 それはまあ、そうか、うん。

 いや、あっしは何も期待してはおりませんですぜ?


(じゃあ、なんで口調おかしくなるほど動揺してるのよ)

「だから、おぬしは地の文を勝手に読むなといっておろうが」


 やべ、精神的動揺で心を読まれ易くなってるぞ。

 まぢで落ち着け、まぢで。


(…このムッツリスケベ)


 おうっふ、ありがとうございます。

 不味いなこのままだと俺の性癖が色々はかどる。


 とりあえず、さっさと着替えだ着替え。

 ええと…ああ、このファンシーな短パンみたいなヤツかな、パジャマ? ルームウェアって呼んだ方いいか?

 …なんかこれ、メッチャ足とか腕とか…肌が出るヤツじゃね?

 マンガとかでギャルっぽいヤツが着てそうな。


「なあなあ、これで…宜しいのですか? いやその、なんと言いますか…いささか布面積が控え目かと存じあげたてまつりまして…」

(普通に喋りなさいよ。色々文法がおかしいわよ。

 えっと…季節的にそのくらいじゃないと、少し暑いでしょ?

 それにね今時の女子は、そのくらいの部屋着は普通なのよ。)


 そうなのか、まあそうか、そろそろ夏だし。

 全部、夏のせいか…なら仕方ない。


(下着は、その右に入ってるから…目隠ししてから取るのよ!?

 ああ、下だけでいいわ…上はあたし寝るとき付けないし)


 下だけ?

 え、パンツだけで宜しいのですか?


(…しょうがないでしょ、ブラ付けたままだと寝るとき痛いのよ)


 あ、これ完っ全に読まれ始めてんな。

 やっばい、大丈夫か俺。

 しかし、俺の人生にノーブラ女子が確定してるのか。

 約束されたノーブラ女子か。


(あんた…今日は勘弁してあげるけど、そのセクハラ紛い発言のつけ・・は、きっちり取ってもらうからね)


 ああ、お客様!! 申し訳ございませんっ!!

 SNSに拡散だけは!! なにとぞっ!!


(いいから、早く袋被ってよ)

「あ、ハイ」


 いそいそと袋を被る俺。

 これ、外から見たら相当シュールだろうな…。


(呼吸とか大丈夫?)

「まあ首の所は下開けておくし…うん、大丈夫そうだ」


 会話だけ見れば紗衣子には余裕ありそうだが、実際目の前でベッドに横たわる彼女からは、荒い息遣いしか聞こえてこない。

 早いとこ済ませて、休ませてやらないとな。

 …ん?


「おい、これ被ったけど薄っすら見えるぞ」

(…え? ま、マジ?)


 まあ、かなり解像度は下がってるが。

 少しシルエットが分かる程度? 見えないと言えば見えないな。

 つか、よく考えたら最初から長めの布でも目隠しにした方がよかったんじゃね?


「やっぱさ、マジックのアレは見えてんだな」

(余計な知識を身に付けたわね…。でも、それくらい見えてるだけなら逆に丁度いいかも。

 あたしも、細かく指示する手間が省けるし)

「いやまあ、たしかにそうだけど…俺の話し、すんなり信じるの? もっと透け透けに見えてるかもしれないぞ?」

(今に限れば、審が嘘ついてるのか分かるもの)


 そっか、俺の思考が透け透けでしたね。


 …よし、さっさと終わらせよう。

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