第4話

 昼休み、何か女子連中がうるさいなーと思ってたら、どうも紗衣子と委員長がもめてるらしい。


 騒ぎを盗み聞きすると、紗衣子が飲んでた水筒に興味を持った委員長の伸ばした手を、強めに払いのけたのが発端。

 紗衣子の常用する少しゴツい水筒には、今は”紗衣子由来の水”が詰まってるからな、恥ずかしくて思わず手が動いちゃった感じだろう。

 委員長も、アレがまさか飲んでるのではなく吐き出してるとは思うまい…分かってたら配慮しただろうに。


「ーー委員長…あたし、そんなつもりじゃなくて…」

「ううん…これだけじゃなくて…今までの事もそう。

 紗衣子さん…お話してくれないけど、何か隠してるわよね」

「それは…違うのーー」


 なるほど…、暫く様子をうかがった感じで委員長の言い分を纏めると、”最近紗衣子は付き合いが悪いし隠し事が多い”て事か。

 そりゃそうだ、放課後は俺と一緒に超常…いや微妙現象研究会してるし。

 説明できんし口ごもるしかないな。

 いや、紗衣子は入学以来ずっと超能力の事を隠しながら生活してたし、その不自然さが委員長には不信感として、ちょっとずつ溜まって来てたんだろうな。

 それが爆発したと。


 …これ俺にも責任あるかな?

 あ、委員長が立ち上がった。


「…分かったわ、紗衣子さん。

 私が悪いのよ、そうよ。

 勝手に友達だって思って、馴れ馴れしくし過ぎたのね。

 言い過ぎたわね…ごめんなさい。少し頭を冷やしてくるから」


 …何で教育物のドラマみたいになっちゃってんの?

 というか、紗衣子の様子ちゃんと見てれば、嫌ってないのは分かるだろうが…。


 委員長が教室から出て行った。

 ああ、頭を冷やしてくるって言ってたっけ。

 他の生徒は見てるだけ、まあ相手があの二人じゃ…動けんかな。

 ただまあ、ああいうのは放っておいてもどうせ後から仲直りするだろうしなー。

 うん、ほっとこう。


 唇を噛み締めて、俯いたまま肩を小さく震わせてる紗衣子が視界に引っ掛かった。

 はぁ…。

 無理かー。



 座っていた席から急いで立ち上がったら、椅子が倒れるほどの勢いになってしまった、慌て過ぎたか。

 教室にいた連中の注目が俺に集まってる、やりたくねえ…いややるけど。


「…え? ま、眞木君どこに――」

「まあ、ちょっとな」


 潤み始めた瞳のまま驚く紗衣子。泣いてる。

 まあ何とかしてみるよ、だから泣くな。

 紗衣子の友人? 名前しらんけど女子Aとか周りにいるヤツが少しざわついてるか?

 まあ、どうでもいいや。クラスの女子からの評価とか、あんまり興味ないし。

 終わってから何か聞かれそうなら、俺は黙ってて言い訳は紗衣子にやらせばいいし。


 それより、泣いてる女の子を二人・・も放っておけない。

 関わっちゃったのは俺だしな、出来る範囲で付き合うよ。


 大丈夫だ、俺だってもう高校生だ。ちゃんと上手くやる。

 前みたいにはならないさ。



 ◇



 委員長にはワリとすぐ追い付いた。

 なんかとぼとぼ歩いてたから。

 あんた、もうちょっと大人な性格だと思ってたんだが。

 まあ、普段優等生な分、色々あるのかもな。それに、女子はたまに感情優先で行動するからな。


「委員長、ちょっと来てくれない?」

「…貴方は、眞木君?」


 なんでコイツが? って顔してんの丸わかりだ。


「えっと、紗衣…伊東さんの事で、ちょっと話があるんだ、いいかな?」


 泣きっ面のままハテナマーク全開の委員長を促しつつ、階段踊り場の下という学校の僅かな死角に向かう。


「眞木君、いきなりこんな場所に連れてきて、何を考えてるのかしら?」


 面と向かって話すの初めてだが、こいつも結構怖え。

 あと警戒心ぱねぇな? 一定以上距離詰めさせないし。

 ただの天然系キャラじゃねえのか、まあ委員長やるくらいだし当然か。


 しかしまあ、うちのクラスは眼光の破壊力高い女子ばっかなの?

 泣いてるのに恐い…って又余計な方向に考えがそれた。


「委員長も、友達にあんな感情的になるんだな」


 知らんけど。

 何回でも言うが、女子ってワリと感情で行動する。委員長も、本来はそういう性格なのかもな。

 それはともかく、こう言ってておけば大体優等生って、こっちのイメージに合わせた反応を返してくれるもんだ。

 ついでに、紗衣子を敢えて『友達』と言う事で、あなた方は本来仲いいですよね?と自覚させる。

 優等生ってのは、大体他人から見た良い評価は守ろうとするし。


「ええ…そうね、御免なさい。

 みんな静かにお昼を過ごしていたのに、騒がせてしまったわね」


 静かだったか? 俺はスマホでライトノベル読んでたから分からん。

 ちな、今日読んでたのは【異世界闇医者 「やぶ」】。

 普通の高校生が異世界に転移して、うろおぼな医学知識でおれつえー無双するやべー話だ。

 面白いかって? 知るか。


「所で、何故眞木君が私の所に来たのか…とても疑問なのだけれども、説明して貰えるのかしら?」


 当然の質問だよな。


 そしてな諸君…この先どうするか、実はノープランなんだ、ハハハ。


 この俺が、ここに来るまでの短時間でグッドなアイデア閃くわけないんだよなー。

 今の方針は、とりあえず時間稼ぎ。そのうち何か思いつくだろ、多分。


 だが、だからといっていいかげんな事は言えない。

 俺は頭悪いが、この委員長はかなり頭が良いハズ。

 そして女子ってのは嘘にすげー敏感。

 情報源はうちの母さん。


 まあ、ぶっちゃけある程度は話さないといけないだろう。

 ただし超能力とかは隠すがな、一番肝心なのはそこだし。

 まあ、なるようになるさ。


「…多分だけど、今回のケンカというか…伊東さんの様子がおかしい原因、少しだけど知ってるんだ」

「…それは、どういう事なの眞木君?」

「先週、本当に偶然だったんだけど…伊東さんの悩みって言うのかな…それを知ってしまって」

「先週というと、丁度彼女の様子がおかしくなった時期と重なるわね」


 その頃から丁度、超能力の制御が大変になったんだろうな。

 あの日は迷ったけど、公園まで追いかけておいて良かったかもな。


「それで眞木君、その…紗衣子さんの悩みと言うのは何なのかしら」

「…ごめん、俺の口からは言えない…約束したから」

「そう…それじゃ無理には聞けないわね」


 委員長は真面目だから、俺がこう言えば無理には聞き出さない。

 ぶっちゃけ、良心にうったえる的なかんじ。


「それにさ…俺も全部は知らないんだよ、彼女の悩みを全部聞いた訳じゃないんだ。

 ただ、断片からある程度は察しがついてるってだけで」

「…そうなのね」

「そもそも、俺が知ったのだって本当に偶然なんだよ。

 それまで、彼女とはクラスでもあんまり接点なかったし。

 伊東さんだって、多分誰にも話すつもりはなかったんだと思うよ?」

「うん…分かったわ」

「それにさ、俺みたいに親しくないからこそ話せるって事もあるし」


 よし、俺は友人ってほど仲良くはないですよー、そんなに親しい訳じゃないですよーアピールは成功したな。

 ここまでは大丈夫、嘘は言ってないし。 


「俺から言える事は…伊東さんは絶対に、委員長の事嫌いになんてならないって事だけなんだ。

 これだけは自信をもって言えるよ」

「そうなの…紗衣子さん…」


 知らんけど。

 まあでも、紗衣子なら友達は大切にするんじゃないかな?


 よし、とりあえずそれっぽい事は吹き込んだし、あとは委員長に自己解決してもらえばいいのだー、はは…やっぱり無理?

 いや、分るよ? 穴だらけだって。

 でもしょうがないじゃん、ほかに思いつかんし。


 ああもう、なるようになってくれ。


「いいか、委員長ほど聡明な人物なら、俺の言いたい事が分かるはずなんだ。

 よく考えて欲しい…とは言っても、俺から言えることは少ないのが申し訳ないと思う。

 でもさ、これは委員長が自分で答えを出すべきだと思うんだ」


 このまま煙に巻いてしまえー。


「…そうね、眞木君の言う通りだわ。

 最近の紗衣子さんは、そう…様子が違った。

 私とした事が迂闊だったわね、彼女が…何の理由もなく友人に、あんな素気無い態度をとる訳が無いし。

 きっと、やむを得ない事情が有るのよ…」

「うんそうだよ」


 よし、取りあえず同意しとけ。

 後はもう自分に都合よく解釈して、自己完結してくれれば助かる。


「最初彼女は、よく水分を取る様になっててわ。それで私は、彼女に泌尿器科を受診する様にすすめたのよ。

 でも彼女、それを言ったら不機嫌になってしまったの」

「あっちゃー」


 自業自得じゃねえか、ほっときゃよかった。


「でも、よく考えたら腎臓内科の方が良かったと気が付いたのよ」

「そういう問題じゃ…いや、それは関係無いんじゃないかなぁ?」


 余計な事に気が付きやがって。

 それも言ってないよな?


「でも、思い返してみれば紗衣子さんの態度は…羞恥心や照れから来ている様にも見て取れたわね。

 え、そんな…まさか。でも、そうだとしたら辻褄が合う…」


 委員長がなんか勝手に理解しかけてるが、ちょっと不安になってきたな…大丈夫か?


「つまり、紗衣子さんは私に、淡い恋心を抱いている、と言う事なのね…」

「…っ!? そっそうだなっ?」


 はぁぁぁ!? 何故そうなったーーー!?!?

 あぁぁぁ!! やっべ思わず同意しちったあああああアハハハ!!!


「思えば彼女の反応は、怒ってるというよりは恥じらいから来る照れ隠しだった気がするのよね。

 ここ最近は放課後一緒に帰ろうとしても、静電気が酷いとか妙な理由で断られたり、話しかけようとしてもすぐにトイレに駆け込んだり、避けられてるのかと思えば翌日は普通に接してきたり、少し挙動不審だと思っていたのだけれど、そういうことだったのね…」

「え? うん…? デリケートな、問題だし。

 お、俺としても、自分の口から…それを委員長に言うのは…ちょっとな…??」


 そういうことだったのか!!

 んなわけあるかアホ!!


 あ、これ適当に同意しちゃったけど、どうすんだマジぇ。

 いいや面倒だし…もうこのままいっちゃうか。


「と、とにかく、こういった事は結構繊細な問題だし、俺としてもあの場で声を荒げるのは…な?」

「ええ、皆まで言わなくても分かっているわ…。

 眞木君には本当に感謝してる。

 でも、私はこれから紗衣子さんに、どう接すればいいのかしら…」


 知らねえよ。


 あれ、今気が付いたんだけど…委員長って結構天然? アホなの?


「それは、委員長の胸の内に聞いてみなよ」

「私の、気持ち…?」


 実際な、聞かれても知らんから答えられん。


「…そう、判ったわ。

 自分では案外、気が付かないものね…。

 私も紗衣子さんの事が…好きだったのよ」


 両想いだったーーー!!

 二人は幸せなキスをして終ーー了ーーー!!

 なんで? あ゛ぁ゛!? そうなんの!? あれ、委員長まさかバカなの!?


「そうよね、私だって彼女の事を気になってたから…あんな事で、あそこまで苛立ってしまった。

 でも、女の子同士でなんて…良いのかしら。

 眞木君、貴方の意見を聞きたいわ…どう思う?」

「え、ああ、いいんじゃない? かな?

 マンガやラノベとかじゃよくあるし?

 恋愛は自由だと思うよ?」


 お前のせいで、ちょっと情報量が増えすぎて処理しきれないから話しかけるな。


「ありがとう眞木君…私も決意が固まったわ。

 これからすぐに、紗衣子さんに私の想いを伝えてくる」

「え、いやまって落ち着いて委員長…まて、オイ、こら」


 少し素が出てしまった。

 イヤイヤイヤほんと落ち着こう、な?

 何か火が付いてしまった委員長は、プルプル猛りながら教室に突進しようとしてる、流石にマズい。


「聞いて! 俺の話し…聞け!! お前!! お、俺が思うに、伊東さん自身が、まだ、自分の気持ちに、気がついてないと、思うんだ」

「あ…御免なさい私としたことが、少し冷静では無かったわね」


 かなりの興奮状態だよ。


「彼女の性格なら…好きな相手が出来たら、もっと一直線にアピールしてきてもおかしくないものね?」


 まあ、ぐいぐい来そうではあるかな?

 おっと今はそんな事考えてる場合じゃねえや。


「さ、最初に言ったけど! 俺も断片的な情報から判断しただけだから、間違えてる可能性もあると思うんだよ!

 そう、例えば…意識し始めたばかりで、まだ自覚してないとか!

 今は、紗衣子もそういうナイーブな時期なわけ!

 だから最終的にどう落ち着くかは分からないんだし、もう少し慎重にいった方がいいと思うって!!

 今の二人は良い友人関係なんだし、それを無理して壊すような事はしてほしくないの!!

 それにさ、クラスの友人達にわだかまりが出来て、ギクシャクする所なんて俺は見たく無いし、な!?」


 あー、長いセリフ疲れる。

 なんとか、これで納得しやがれ。


「…そうよね、眞木君の言うとおりね。

 眞木君は、あまり女子とは話さないし…正直言うとね、何考えてるかよく分からない男子だと思って、警戒してたのよ。

 でも、そこまで真剣にクラスの事を考えてくれてたなんて…私ったら今まで誤解してたわ、ありがとう眞木君」


 あ、ぎりぎりセーフ?


 ぶっちゃけ、俺が真面目な顔して考えてるのは、大体すけべな事ですけどねへっへっへ。

 いや、ちゃんと真面目してる時もあるよ? うん。


「とにかく助かったわ、貴方のお陰で大切なこいび…友人を失わずにすんだもの」

「お、おう、いや気にしなくていいよ」


 いま恋人って言いかけたな?

 いいの? 委員長もう百合ルート確定?

 つか、俺のせい? あー俺のせいかー。


 え、これ紗衣子になんて説明しようか…。


「ねえ、眞木君」

「…なに? 委員長」

「眞木君は、女の子に優しいわね」

「…え? あぁ、そう?」


 …俺の場合、そういうのとはちょっと違うんだがな。

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