03
「戻ったぞ」
「戻ってくんなよ。俺が今ほしいのは、中央に立つ女だけだ」
「それもすぐ来る。そこで会ったからな」
「そうか」
涅槃。できあがっている。
「できたぞ。できた。華を敷き詰めようとしたのが、間違いだったんだ」
「空白と余白か」
「そう。すべて存在してはいない。だが、そこに確かに存在する。それが俺の見たものだ」
「まあ、分からなくはないな」
嵩奏。作品の広さを理解しているらしく、扉を開けただけで中には入ってこない。携帯端末を取り出して、写角の確認をしている。
「記憶。戻ったんだろ?」
「なぜ、わかる」
「わかるさ。目の色が違う」
「ああ。戻った。戻った上で、もう一度閉じこめてるよ、今は」
今は。
「まだ、そういう状態になるわけにはいかない」
気を抜くと。すべての夢と幻想が、頭からすべりおちてしまいそうな気がする。
「夢から醒めると、夢の記憶は抜け落ちる。それはたしかにそうだ」
「だから、あんまり俺の過去についてふれないでくれ。今だけは」
「だが、この涅槃を表現することが、本当に幸せなことなのか?」
「なにをいってる」
「俺は、現実世界に、不死鳥がいた。夢と幻想は、現実に存在していた」
「さっきの女が、おまえの不死鳥か」
「だが、おまえは違う。涅槃は、死と生の狭間にしかない。それを見るには、常に死と隣り合わせの状態を再現し続けるしかないぞ。やめたほうがいい。いずれ身体を傷つけて、死ぬことを求めるようになる」
「わかっている」
「なら」
「でも。俺には。これしかない。記憶のない俺には。記憶があったとしても。俺には、これしか。これしかないんだ」
胸が苦しくなったので、少し、その場に座った。
「見れるといいな。おまえの、夢と幻想が」
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