02

彼の記憶。まだ、戻っていない。


「お、涅槃のところの」


「あっ」


カメラマンさん、と、知らない女性。手を繋いでいる。


「どうも」


軽く会釈。


「今から戻りですか」


「はい」


食料と着替えを調達した帰り。後で、トラックから積み荷の形で運ばれてくる。だから、今は何も手に持っていなかった。


「ちょうどよかった。俺は戻るけど、かんどりはどうする?」


「わたしも一緒に行きます」


「あの、そのかたは?」


「はじめまして。かんどりといいます。かさがなさんの、運命の相手です」


「不死鳥です。こいつが」


「えっ」


カメラマンが追っていた不死鳥。ひとだったのか。


「いやあ、俺も全然わからなくて。曖昧ですね、夢と幻想は」


「そうですね。でもおふたりは」


「はい。わたしの方が覚えてました」


「あら。うちもです」


「うちも?」


かんどりさん。不思議そうな顔。首をかしげる仕草が、たしかに鳥っぽいかもしれない。


「さっきアトリエで会ったあいつはな、記憶がないんだ。事故で」


「事故」


「はい。火災で」


共同アトリエで、運のわるいことに起こった火災だった。火の燃え広がらなかった代わりに顔料が燃えて一酸化炭素がたくさん発生して。自分だけが取り残されて、逃げられなくなっていたところを、彼が助けてくれた。


そして、数日間ふたりで生死の境をさまよって。私は無事に起き、彼は記憶を失った。


「あいつは、そのとき見たあの世とこの世の境目を表現しようとしてるんだ。失った記憶の代わりにな」


カメラマン。やさしいので、私のことについては微妙に伏せてくれている。


「で、彼女はその助手の華さん。涅槃のことが好きなんだけど、あいつは記憶を失っているからそれを知らない」


違った。このカメラマンいま全部しゃべった。ぜんぜんやさしくない。


「そうなんですか」


かんどりさん。何か、分かったようなそぶり。


「かさがなさん。先に行っててください。すぐ追いつきますので」


「おう」


繋がれていた手が放れて。手を振るふたり。カメラマンさんが見えなくなってすぐ。素早く駆け寄ってくるかんどりさん。


「夢と幻想。覚えてるんですよね?」


いきなり訊かれる。

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