涅槃の華 (夢と幻想 連作Ⅱ)
春嵐
01
夢でいつも見る、幻想的な景色。
一面の、華。
そして、美しい姿。
それだけを、ひたすらに想いながら。
華を紡ぐ。
「入るぞ」
「入るな。帰れ」
アトリエ2階。扉を開けて、入ってくる。
「まだ出来上がってない。カメラマンは邪魔なだけだ」
「いや。そうでもないぞ」
カメラの、シャッター音。気の抜けたような、携帯端末備え付けの音。
「撮るなよ」
「残念なことに、今回の雑誌はこれが掲載だ」
「ふざけるな」
もっと。
あの涅槃の華に。
近付けられるのに。
「まあ、しかたないな。納期は絶対だ。これを逃すと印刷所が他の同人誌印刷で忙しくなる」
「だからといって、まだ完成してないものを」
「じゃあ、適当な華をひとつくれ」
余りそうな華を、ひとつ投げた。
「かんどり」
「はあい」
もうひとり。入ってきた。
「うわあ。きれい」
こちらを見て、びっくりしている。
「こっちに」
かんどりと呼ばれた小柄な女性。嵩奏に手をひかれて、華を持って窓辺に立つ。
気の抜けたような、携帯端末のシャッター音。2回。
「よし。これなら充分だろう」
「おい。ふざけるな」
「涅槃の華までの繋ぎさ。これで我慢しな」
「被写体を変えろ」
「かんどりが一番だろうが」
華は。
もっと合う人間がいる。
周りを見渡した。
「あれ。いねえな」
「そんなに涅槃の華にかかりきりだと、愛想をつかされるぞ」
「うるせえ」
「じゃ、戻ってきたら連絡をくれ。俺は先に、チーフにこれを届けてくる。仮写としてな」
嵩奏。女性と手を繋いで、出ていく。
「あいつの、女か」
小柄で、印象が薄い感じだった。顔も、もう思い出せない。
それよりも。
目の前の、華を。
それに、集中した。
むかし。
何でなのかは、忘れたけど。死にかけた。命が消えそうな、わずかな瞬間に。華を見た。一面の、華を。そのなかで立つ、美しい誰かを。
それを、どうしても、表現したくて、ここにいる。
アトリエ全体を使って表現する、涅槃の華。
「華」
呼んだ。
「あ、そうか」
まだ帰ってきていないんだった。
あとすこし。
あとすこしで、一面の華はできあがる。
残すは、美しい、誰か、のみ。
顔の良さなど分からなかったので、とりあえず、アシスタントを立たせる予定だった。アシスタントの名前も、運良く、華という。
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