誕生日試験では消されない筆記用具を使いましょう

ちびまるフォイ

実年齢は誰にもわからない

誕生日なんてぜんぜん嬉しくない。


誕生日になると「誕生日試験会場」に行かなくちゃいけないし。

そのうえテストをすることになる。


「はぁ……今年も合格できるかな」


試験は自分にまつわるものとはいえ、昨日の朝食すら思い出すのが危うい。

試験会場のホールに入ると机が並べられていて、他の試験者たちも集まっている。


年齢も子供から大人、はては高齢者までさまざまだ。


「それでは試験をはじめてください!」


机に置いてあった用紙をひっくり返す。


ーーーーーーーーーーーー

問1 子供の頃、公園の遊具から落ちてできたケガはどれ?


問2 小学2年生のときの初恋の相手は?


問3 最初に目指した順に将来の夢を並び替えよ

ーーーーーーーーーーーー


「なんだったっけ……」


悩みながらペンを走らせた。

試験が終わると、すぐに誕生日試験結果が掲示された。

私は思わず目をうたがった。


「ふ……不合格……!?」


自分自身のことなのに、他人が作った試験で落とされるなんて。

試験官のもとへつめよった。


「ちょっと、私が不合格なんて何かのまちがいですよね!?」


「いえ、採点はただしいです。あなたは合格ラインを満たしていません」


「それじゃ私はどうなるんですか!」


「誕生日を突破できなかったので、年齢は変わりません」


「それは……んん?」


よく考えてみて、それは悪いことだろうか。

一定の年齢を超すと若く見られたくなるもの。


誕生日試験を落ちまくれば30年生きていても、20歳のままになれる。


「次の試験はがんばりますね!」


と、私は心にもないことを宣言した。

次の試験も、次々の試験も疑われないようにそこそこ回答しながら合格ライン以下の成績をとりまくった。


ある日のこと、友達に誘われて20代限定の合コンへと参加した。


「かんぱーーい」

「いやぁ、みんなかわいいね」

「やっぱ同年代で飲むのは楽しいね」


お酒が回って盛り上がっていたが、いまいち私だけはノリきれなかった。


「あの〇〇の曲サイコーだよね」

「えっと……ごめん、知らないや」


「××見た? めっちゃエモいよね!」

「エモ……なに?」


誕生日試験に落ちたから見た目と年齢が22歳でも

これまで過ごした時間や知識はどうしても実年齢に沿ってしまう。


避けることのできないジェネレーションギャップに耐えられなくなって、私は居酒屋を飛び出した。

かけこんだトイレで鏡に映る自分をたしかめる。


「私……若いよね……?」


鏡に映るのはたしかに若い自分だった。

いくら誕生日試験に落ちても、実年齢はごまかせない。


他人の目に私はどう映っているのか。

中身がババアの痛い人に見えているんじゃないか。


「今度こそちゃんと誕生日試験に合格しよう……」


私は自分の年齢にちゃんと向き合う覚悟を決めた。

しっかりと自分の過去を学んで準備をしてから誕生日試験会場へ向かった。


試験に始まる前にも卒業アルバムを開いて自分のことを思い出す。


「あら、若い方がお隣なんですねぇ」


ふと顔を上げるとおばあちゃんが隣の席にいた。

軽く会釈するとうれしくなったように話し始めた。


「あなた若いわねぇ。何歳なの?」

「えっと、22歳で……30歳の試験を受けに来ました」


「あら。それじゃ頑張らないとねぇ」

「はぁ……」


「この歳になると自分のことが思い出せなくてねぇ」

「そうですか……」


「あなたのような若いときの良い思い出ばかり思い出すのよ」

「……」


いいから黙って勉強させてほしいと雰囲気で伝えても効果はなかった。

病院の待合室で世間話をするように、この誕生日試験会場もひとつの憩いの場となっているんだろう。

こっちはガチで試験受けに来ているのに。


「それでは試験をはじめてください!」


試験官の号令とともにペンを走らせる。

事前にしっかり勉強したかいあって、問題を見ただけで答えがうかぶ。


(これはいける!)


すべての問題が終わってもまだ試験時間は半分以上残っていた。

見直しをしても時間が余るのでぼーっとするしかなかった。


やっと試験ものこり10分に差しかかったころ。


「……ちょっと」


声のほうに顔を向けると、おばあちゃんが床を指差していた。


「足元に鉛筆落としちゃったの、拾ってくれる?」

「ああ、はい」


もういい加減に絡まないでくれと思った。

さっさとかがんで鉛筆をひろって渡した。


「ありがとう。最後に名前を書き忘れちゃって。

 慌てて書こうとしたら鉛筆落としちゃったのよ」


「はいはい。そうですか」


試験中にも黙れないのか、といいたくなったのをこらえた。

試験は残り1分。


「あ」


おばあちゃんの言葉で気づいたが、自分も名前を記入し忘れていた。

問題に集中するあまり肝心な部分を見落としていた。


「試験終了です。筆記用具を置いてください!」


なんとか残り時間内で名前を書けてホッとした。


試験会場を出て合格掲示板へと向かった。

今度はたしかな手応えを感じていた。


隣にいたおばあちゃんはまだ結果も出ていないのに嬉しそうだった。

まだ私へ話しかけてくる。


「誕生日試験に合格するといいわねぇ」

「……そうですね」


「合格すると、誕生日に沿った年齢の体へ戻してくれるのよ」


「そんなの当たり前でしょう。

 体は30歳で年齢が22歳なんておかしいですから」


ついに掲示板に合格者が表示された。

私の名前も、おばあちゃんの名前もそこに掲示されていた。


「やった! やった合格できたーー!!」


私が喜んでいるとおばあちゃんも嬉しそうにしていた。


「ありがとう、ありがとうねぇ……」


「ありがとうだなんて。私は話し相手になっていただけでしょう。

 おばあちゃんが試験に合格できたのは自分の努力ですよ」


「そうじゃないのよ」


おばあちゃんはニコリと笑った。

その顔からはみるみるシワが取れて、みるみる30代の体に若返ってゆく。


「え……?」


私の体はどんどん重く、関節がいたくなり、腰がまがってゆく。


「これでまた若い人生を楽しめるわ」


30歳のおばあちゃんはなにか喋ったが、もう私の耳は遠くなって聞こえない。

82歳の体になった私は次の誕生日試験を待つことにした。




「足元に鉛筆落としちゃったの、拾ってくれる?」


そして、かつてやられたのと同じよう隣の人の解答用紙をすり替えた。

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