架空ラノベレビュー『らのし尊し軽述べ草子』

畳縁(タタミベリ)

『らのし尊し軽述べ草子』ギース・オースティン延平著

 ジリリリ(手振り)、交換機の彼方からこんにちは~。

 あたしは“一声もしも”。フヒヒ、知らないよね。


 ディープウェブの向こう側、サイト階層の底の底。キツネもタヌキも化けて演じる、非公開Vtuberの世界へようこそ。ここでは人間さんがマイノリティだ。

 いつもは電話機の歴史なんかを語っているんだけど、たまには本を読んでいる所も見せておこうと思ってね。海底ケーブルの盗聴ばっかりやっていると、リスナーに思われているみたいだし。


 紹介するのはこれ。

 JKレスバ文庫、『らのし尊し軽述べ草子』ギース・オースティン延平著。

 これ読んだ。なんか「うましうるわし奈良」って感じの題名だよね。

 現代のラノベと言えば挙がってくる、ラブコメや無双ファンタジーとはちょっとズレていて、若干古くさい印象を受けたんだけど、最後まで読めたから紹介するわ。


 Vtuberの中に本山らのちゃんって子がいるでしょ。あの子のファンノベル的な内容なんだよね。らのちゃん、大学生だって言ってるけど、あたし達の間じゃ真偽は半々ってとこだよ・・・・・・。まあ信じる信じないはお任せするか。

 さて、表紙の紹介文から。


 囲われた竹林、藪不知やぶしらずから出てきたきつね巫女、本山らの。急かされて彼女の前に積み上げた物語は、早くも灰色な音祇宗司おとぎそうじの人生に訪れた、一時の慰め。宗司を責めない、それだけの役割の筈だった・・・・・・。優しげな声がいま、物語の力を明らかにする。


 主人公の中学生、宗司くんの近所には藪不知っていう四角く囲われた竹林があってね、歩いて入れないような藪の中には小さな祠が祀られているんだ。そう遠くない所にある本山神社の分社なんだけどね。


 藪不知は元々は広大だったんだけど、今じゃ公園の一角を占めるだけになっている。宗司は、竹林に背を向けたベンチに座って、買ったばかりの本を開くわけ。

 それは『ラクーンヘッド』って題名の小説で、途中の巻なんだけど。動物の頭に変えられた騎士が、とうとう結ばれなかった姫君への想いを抱きながら魔王軍と戦う、これだけ書くと月並みなんだけど、このお話の中ではベストセラーで、これを読む。


 過集中気味の彼の背中に、気配が迫るんだ。

 背中の竹藪が見ているんだよ。

 後ろを気にしながら、彼はそれでも読むんだね。

 半年ぐらい待ち続けた新作だから。

 やがて、背もたれにひとつ、ふたつ。

 白い手が伸びて・・・・・・。


「ふむふむ、それで、この続きはどうなるんですか?」

 耳の生えた長髪の巫女さんが、宗司くんの横から首を出して読んでいるわけ。これがきつね巫女、本山らのと宗司くんの最初の接近遭遇なんだ。

 取って喰われると思った宗司くんをらのちゃんがからかったりするんだけど、まあそのうち会話が通じることが分かって、安心すると。


 彼女が求めているのは、物語なんだよね。

 おとぎ話とか、昔話とかは食傷気味で。

 しばしば現代が舞台で、巻末に向けて疾走感があって、バトルがあって、空を飛んで、愛のやりとりがあって、みたいな。要するにライトノベルがそれなんだ。

 宗司くんの部屋のラノベを求められて、彼は翌日、学生鞄に本を詰めて公園に立ち寄るんだけど。


 らのちゃんの読書ペースがなかなか半端じゃなくて、度々運んでゆくことになるのを幼なじみの香取隼絵かとりはやえに見られて呆れられたりするわけ。

 らのちゃんの事も、すぐにバレる。

 そうそう、隼絵ちゃんは藪不知の中にある祠の大本、本山神社の家系にあたる子だから、色々詳しいんだ。


 本山神社の祭神は誉武羅乃部神よむらのべのかみ、朝廷に逆らって討たれた武神だとか、そんな話を祖父母から聞かされているんだよね。じゃあらのちゃんは本山神社の何なのかって所だけど、それは後の話になる。


 宗司くんの話に戻るとね、彼は自分を解放してくれる空想の世界を除いては、灰色に取り巻かれているんだ。

 学校じゃひな壇芸人のバラエティ番組みたいな人間関係を強いられていて、学校の先生もそんな構造の方がやりやすいから口を出さないし、そんな中じゃ上手いことが言えないと空気になっちゃう。


 彼、馴染めてないんだな。

 なんだろね、こっちに来りゃいいのに。

 フヒヒ・・・・・・、非公開Vtuberの世界にはルールも階級も無いからさ。もう人間なんか辞めちゃおうよ。

 続き? 低評価押すぞ? はいはい分かりました。

 的を射る、当を得るとはどういうことか、宗司くんは突き詰めてゆくんだ。


 あと、男子中学生のいっぱいあるコンプレックスのひとつに、遠くの繁華街があって。入表参道っていう、遠くにある、蜃気楼みたいな街に彼は憧れていて。

 すごいお洒落をしていないと、そこには行けないと思っていて、だけど現時点でダサい自分がとても嫌で。みんな自意識の成せる業なんだけど、彼にとっては幻想じゃなくて、いま苦しんでいる現実なんだな、それが。


 そんな入表参道のカフェがね、宗司くんの住む里見市に来るっていうんだな。

 支店を開くってわけ。

 蜃気楼の街の一部が自分からやってくるんだから。

 男子中学生的にその衝撃たるや。

 宗司くんは、大学生に化けたらのちゃんと隼絵ちゃんを連れて開店日にカフェを訪れるんだけど・・・・・・そこで異様な光景を目にするんだ。


 憧れが、ずたずたに引き裂かれた跡。

 開店直前のお店が、無茶苦茶に破壊されている。怪我人だって出ている。

 皆、口々に言った。

 甲冑を来た武者に襲われた、って。

 残っていたのは、刀傷だよ。


 嫌な事件が喉元を過ぎて、宗司くんはらのちゃんに推されて入表参道に行くんだ。 里見市のお店が無くなっちゃったから、本店のカフェに行くのさ。

 宗司くんは拒否したけど、大学生に化けたらのちゃんが手を引いて、お金は隼絵ちゃん経由で、本山神社のお賽銭からも援助が出て。


 彼は中学生レベルのささやかな夢を叶える。

 蜃気楼の街は、はじめから拒絶なんてしていなかった。

 街の本屋にも寄って、らのちゃんが欲しがるようなラノベの新刊を見て回るんだ。色んなタイトルがあるんだけど、大体は実在するラノベの変名なんだよね。

 『ひげを剃る。かつおぶしを削る。』とか、そのネーミングはどうよ・・・・・・という物ばかりなんだけど。


 売れ筋の棚は自己啓発書『ベストをしゃぶりつくす』とか、健康関係の『筋トレで解決する諸問題』とか、歴史書『統一國紀』とか、こっちも変なのばかり。らのちゃんは結局さっきのかつおぶしラノベを買うんだけどね。

 見た目大学生女子と男子中学生のデート描写というか。なんというか、これ、おねショタ構図なんだけど。


 そうこうしていると、事件だ。

 突然、二人が居るビルの窓ガラスが破られる。

 石造りの、現代アートのオブジェみたいな、三本足の鳳凰が飛び込んできたんだ。もちろん、そいつは生きているみたいに動く。そして、言葉も喋る。

「本山の巫女神よ。主の命により、誉武羅乃部よむらのべの神格を頂きに参った」


 らのちゃんはもちろん、お断りする。

 宗司くんは何が何だか分からない。

「ならばその身、えぐり出して奪うまで」

 しゃらん、と石の鳳凰の尾が長く、落ちる。鳳凰の武器は鋭利で自在に動く尾だ。

 で、宗司くんはらのちゃんと逃げるんだけど、追い詰められてしまうんだな。


 ここで、らのちゃんは奥の手を出す。

 らのちゃん、きつね巫女だったでしょ。

 化けるには、そう、葉っぱだ。

 らのちゃんは他者の“物語力”を具現化することができるんだ。ここでその“物語力”を提供するのは、もちろん宗司くんだよ。方法は、葉伝いの口移し。


 葉っぱを咥えたらのちゃんが、「はやふ(早く)」と急がせるものの、宗司くんは逡巡する。間接キスだし。石の鳳凰は尾を巡らせて、二人の隠れた場所を今にも探り当てようとしている。

 よくある切迫したシーンだけど、やっぱり焦るよね。

 らのちゃんが壁ドンで無理矢理やってみせて、物述ものべーしょん! と“物語力”を顕現させるんだけど、出てきたのが。かつおぶし。


「こ、これで」

 と宗司くんにかつおぶしを押し付けるらのちゃん。

 駄目だ! ってなるんだけど、この世で最も硬い食材とも言われているんだよね。

 そこへ石の鳳凰の尾が飛んできて。


 不思議と、腕で庇ったつもりが、その尾はかつおぶしに刺さるんだ。鳳凰は石の身体。石の目。肉眼を持っていないんだよね。らのちゃんの霊力を感知して攻撃を仕掛けているつもりだけど、かつおぶしの方が霊力が高いので、暗視スコープに射し込んだ発光物みたいに、どうしてもかつおぶしが目くらましになるという。


 ここで閃く。

 幼なじみの隼絵ちゃんから教わった神社無駄知識が、役に立つんだ。一から何かを産み出すには“物語力”を借りなければいけないけれど、顕現した物体は連想で加工することができる・・・・・・宗司くんは石の鳳凰が破った窓に、尾が刺さったままのかつおぶしを投げ捨てる・・・・・・そして、らのちゃんが念じる。


 かつおぶしは、鰹木に変わるんだ。

 それも、超重量の。

 抜けない尾に引っ張られる形で、落下する鰹木に巻き込まれた石の鳳凰は、ビルの床に爪を立てて抵抗する。


「覚えておれ、主はお前をかならず。神格は頂くぞ」

 逃れられずに一緒に落下して、砕けてしまう。

 こうして勝利するわけ・・・・・・どういう戦いだ。


 らのちゃんは、宗司くんを取り巻く灰色に、こうして応えてゆく。いくつかのエピソードがあって、さらに得体の知れない“主”が差し向けたしもべとの戦闘がある。

 その際に壊れた物は、位の高い事勿神ことなかれのかみという存在が都合良く現実をねじ曲げてしまうので、問題が起こらなかったりする。


 だけど、油断が命取り。

 ある時、らのちゃんは足下の影に取り憑いていた猿に、背中を黒曜の石剣で突かれて、その身から神格を奪われてしまうんだ。一歩遅かった。


 そして、ついに表れた甲冑の武者、“主”の名は「統一國紀」。入表参道の本屋で見かけた、全国で売られている偏り気味の内容の歴史書。それは人の妄念が作り上げた“正史”、ひとつの強力な物語なんだね。


 統一國紀はらのちゃんから奪った神格を取り込むと、スカスカの間違いだらけの甲冑から受肉して美男子に変わるんだ。美形でも悪い奴なんだけど。奴はこうして誉武羅乃部神に成り代わった。神話を取り込んだんだ。

 一人称も「我」から「俺」に変わる。


 統一國紀は事勿神の如く、現実をねじ曲げようとしている。地を覆い尽くすその力が、あらゆる出版物を検閲する。彼の内にある“正史”に検閲・修正された、妄念を孕む数々の本が発売される月初めが翌日。今夜中に倒さなければ、本を手に取る人々の心が書き換えられる。

 人が物語の奴隷になる、ということだよ。


 昔々、人生と物語とは一体だった。事勿神のような、人の認識する世界と物語がひとつだった太古の世界に通じる、事象を書き換える力をいずれの神々も持っている。らのちゃんの“述べる力”もそうしたものだね。


 横たわるきつね巫女、本山らの。

 一度目は彼女から無理矢理、壁ドンで奪われた葉っぱの味。二度目は自分から顔を近づけた。三度目をする時だ。

 宗司は、葉っぱをらのに差し込んで、眠る彼女に口を近づけてゆく・・・・・・。

 流し込むのは、彼が一番、信じている物語だ。

 神話を失った彼女に、物語を。

 命が、新たに結ばれる瞬間さ。いいねえ。


 それから、宗司は隼絵と里見の山を登るんだ。

 登った先の、風切神社という社を目指して。

 社の御神体が、全ての決め手なんだ。

 ここで統一國紀のしもべ、狼と影の猿に襲われるんだけど、らのちゃん抜きで撃退しなきゃならないんだ。一番ハラハラする所だったなあ。

 というか、無理だと思った。

 なんとかなるんだけど、著者はここで悩んで詰まったと思うんだよね・・・・・・。


 そして、場面は月が映る里見の浜。

 統一國紀は歌を好んだ誉武羅乃部にちなんで、何故かラップをしているんだけど、ここはシュールだった。


 今こそ“正史”によって国を変えよう。

 不敵に微笑む統一國紀。地の文さえ、彼を称えるようで。

 そこへ・・・・・・振り向けば、本山の巫女神が立っているんだ。今までほわっほわだったらのちゃんが、ここですごく凜としている。


 そして、言うんだ。

「あなたは老人の欲望そのものですね」

 統一國紀は眉を顰める。

「終わりに近付いた者が、これから始まり、続いてゆく者を操ろうとする。あたかも、その老いた命の続きであるかのように」


 言葉は続く。

「誰よりも、新しきを始めたつもりでしょう。けれど、他を排する、ありがたくて永久に輝いた物語なんて、大昔から試されてきたこと。末期はかならず、みじめなものになります」

「は、見てきたように言うではないか」

「いのちを失った物語ゆえに」

「では、物語の命とはなんだ」

「転じて、終わりがあること。終わりへと向かうこと。誰も、物語を永久には紡げないからです。結びを打てぬ物語は、循環を失った桶のように、濁って停滞してゆく。あなたの独占は、きっと失敗する。その前に、私が綺麗に終わらせます」


 それで、どうする。神格を失った、残りカスのお前が。

 どんな下らない物語を俺に見せてくれるのだ?


 彼が信じた物語の力。

 蜃気楼の街に踏み出す後押しをしてくれたもの。

 これからを生きる、糧となるもの。

 それは、もう決まっているだろう。

 受け取った“物語力”で、らのは変身する。

 それは、宗司くんの『ラクーンヘッド』だよ。

 ドレスアーマーに転じた、高潔なる騎士の姿だ。


 統一國紀の顔から笑いが消えて、奴は静かに刀を抜く。

 もう耐えられなかったんだ。

「黙れ、黙れ! 我が“正史”は万世続く!」


 そして白刃のぶつかり合い、魔法の衝突。

「俺はこの国の神話を背負っているのだぞ!」

「それが、どうかしましたか・・・・・・ラクーンヘッドはぁ、このラノベが物凄いにランクイン! 沢山の生きた読者が、続きを待っています!」


 でもね、この地の神の名を借りたことが、統一國紀に災いする。神話の終わりは神が討たれること。二人が剣を交わす間に、宗司と隼絵が駆け付けたんだ。風切神社の御神体、誉武羅乃部神よむらのべのかみを射った弓矢を持って。


 里見の浜で、誉武羅乃部神よむらのべのかみは左胸を矢で射られた・・・・・・それを再現するように。

 統一國紀は左胸を射られて、滅びる。

 宗司は神話通りに的を射ったんだ。もう、つまらないポジションにしばられる必要なんて無い。本当に大事な時が迫ったときでも、彼はやれる。


 統一國紀の本体は、始めの白紙ページに著者のサインが織り込まれた霊符が書かれ、血判が押された初版本。げに恐ろしきは人の妄念・・・・・・。

 騎士の姿を解くと、らのは元の巫女ファッションに戻る。

 幽かに、馬の駆けてゆく音が遠のいていった。騎士ラクーンは王都へ向かう途上、いっとき力を貸していただけなのだから。


 統一國紀の初版本を懐に収め、らのは神格を取り戻すんだけど、男神の誉武羅乃部神よむらのべのかみの神格を内に取り込んでいた巫女神の本山らのって、いったいどういう関係だったのかと考えると、かなりエッチな事実が思い浮かぶ気が。

 あたしはこれ以上言及できない。


 まあまあ切り替えてね。

「物語られる私も、そろそろおしまいです。本山の神は、既に祈る者を失っていましたから。最後に、良き結びを得ることができました。宗司くんに感謝ですね」

 そう言って、きつね巫女はあっけなく消えてしまうんだ。


 それから数年後。

 宗司くんが大学進学する頃に、Web動画で妙な物を目にするんだな。彼の記憶にあるような、耳の生えた巫女のキャラクター。物語を・・・・・・特に、空を飛んだり恋愛したりするライトノベルを紹介していたんだ。


 物語は、あたしらのようなモノにとれば、命だ。

 物語が、物語られる存在を永らえさせる。

 そして、人はいつでも、物語を求めている。

「こんばんらのー。本山らのです・・・・・・」


 と、こんな小説だった。結局あらすじ大体語っちゃったわ、感想のつもりが長くなってごめんなあ。明日の配信はいつもの電話機ソムリエに戻るつもりだから、登録していない人はチャンネル登録よろしくね。


 では、さよならもし~。

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