31.冬眠する雛鳥たち


 月彦つきひこと私は昼夜を問わず、寄り添っておりました。


 私の心臓は月彦の中に、月彦の心臓は私の中に。

 寄り添いけて、一躰ひとつになります。

 共依存。


 もはや欠けては生きていけない心のピースを求め合い、埋めるが如く、私たちは昼間から敷きっ放しの巣の中で愛し合いました。


 それは、二十六歳を迎えた成鳥おとな同士の愛の確認ではないでしょう。

 同じ寝床に並び、心落ち着く音楽を超絶低音量で聴きながら、やはり超絶低ボリュームの声でささやき交わすのみ。


 コンソール・ルームでチェルシー先輩が録音してくださった『エリーゼのために』を、エンドレスで流しています。

 まったくもってつたないピアノの独奏でしたが、拙いぐらいが丁度好ちょうどいいのです。

 今の私たちを象徴しているかのようで丁度好いのです。


 面倒な他者とのつながりを完全に断ち切って、ふたりだけの愛の巣にこもろうとする冬。これは、私たちに必要な冬眠です。


 眠って眠って眠り続けたい。

 もう目醒めたくない。

 もう誰にも会いたくない。

 誰にも話し掛けられたくない。




櫻井さくらい先輩、接客お願いします」

「お客様が、お待ちです。レジ応援お願いします」

「店員さん、私の話、もう聞いてくれないの?」


 言葉が私を雁字搦がんじがらめにします。


「はい、かしこまりました」

「申し訳ございません。少々お待ちくださいませ」


 レジを回さなければ。お客様の話も聞かなくては。


「いつまで待たせる気? もういいわよ」

「コンソメ味が欲しいのに、並んでいないじゃない」


 減ってきた店頭のお菓子の補充もしなければ。

 お客様の相談に傾聴しなければ。

 発注時間は確保できるかしら。

 あれもこれもしなければ。

 立派に間違いなく果たさなければいけないことが多過ぎて、私の神経は疲れ果てていました。


「現場の責任だ。何処に目を付けていた?」

「申し訳ございません。注意力が足りませんでした」


 勤務時間に、店内の商品を万引きされようものなら、店長から執拗に責められました。


「この機能性ストッキング、最初から破れていたわよ。交換してよ」

「……かしこまりました」


 返品交換には自腹で対応。働けど働けど、お給金は店舗に還元されて、私の懐は常に寒く、未来への不安がつのるばかりです。ブラック・アルバイトもどきに見切りを付けようとする後輩を引き止めるため、罪を被ることも辞さず、それは一度や二度ではありませんでした。


 私は身を滅ぼし過ぎたのです。

 尊い自己犠牲精神を誰か褒めてください。


「櫻井先輩が居なくなったら、守ってくれる人が居なくなったんで辞めちゃいました。短いあいだでしたが、お世話になりました。櫻井先輩も辞めたほうがいいですよ。じゃあ」


 完全なる休職中、賢明な後輩からのメッセージが届きました。

 私も彼女のように、あっさりと辞職できたらラクでしょうね。


「櫻井さんが居なくなって、キミの働きが偉大だったと気付いた。櫻井さんを切ることは絶対にない。快癒かいゆの日を待っているよ」


 反面、店長から届く「待っているよ」の言葉に、社会とつながっている自分を確認して、鬱陶うっとうしいながらも安心するのです。


 ♪ミレミレミシレドラ♪

 月彦が、日芽子わたしのために歌います。


 ♪ドミラシ・ミソシド♪

 続きを、月彦あなたのために歌います。


 ♪ミレミレミシレドラ♪

 ♪ドミラシ・レドシラ♪

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