第15話講壇上の神話談義

何かを選ぶということは何かを選ばないということだ。

論壇に上がった彼は得意げにそう前置きすると意気揚々と語り始めた。

ざわついていた会場は不思議と静まりかえり、彼の言葉を受け止めるべく準備を整えた。

その様子を見て満足げに顔をほころばせた彼はますます意気込んで論説に熱を込めていく…


梓は自分の異能が行き過ぎた事態を起こしているかと思ったが、そうではないらしい。

梓の異能は精神干渉系能力の中でもより危険視されることが多い、「人の日常意識を変容させることができる」というものだ。無論普段はリミッターが何重にも掛けられており一般人と変わらない生活を強制されるほどだ。

大規模な煽動や暴動を意のままに起こせる事も可能にするこの力を持つ彼女を「処分」するべきという声は内外でよく巻き起こるが、その度にかばってくれる友人と同じチームの仲間には感謝してもしきれない。

それが梓の健全な意識を保っている重要な鍵でもあった。

それゆえに彼女の異能の封印が解かれる時は余程の異常事態なのだが、今回はそうでもない空気が流れていて少々困惑気味だ。何でもこの前博士号を取ったばかりの准教授の公演会の熱を気持ち上げてほしい、だったか。

まるで前座芸人のやる前説を振られたようで梓はだいぶ妙に思ったのだが、いつものごとく処理してくれとの指示だったので従っているまでだ。


それにしてもこの場はまるで賢者の石を練成する儀式場のごとき極めて異質な空気が漂っている…それなのに誰もそれを感じていないどころかその「成果物」を望んでいるかのような熱気が先ほどから収まらない。さすがに沈静化させたほうがいいかと梓は思いたってアクションに移ろうとして、視界の端に違和感を覚える。


自分と変わらないぐらいの女の子がひとり、この場の空気に乗せられずに論壇上の彼に視線を突き刺している。

「いかにも任務でここにいます」と主張しているその様子は一際目だって見えた。

そして彼女はひとり面白くなさそうに顔をしかめると踵を返してこの場を立ち去った…

梓はその様子を黙って見ている事をあえて選んでいた。

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